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2016.08.04食トレンド 旅グルメ

フェスを楽しみながらミシュランの味を堪能。2日間限りの野外プレミアムレストラン【Reborn-Art DINING】

【L'Effervescence】の生江史伸シェフや【Sincére】の石井真介シェフなど、全国から世界を知るトップシェフ達が集結し、石巻で腕を振るいました。そんな2日間限りの幻のレストラン【Reborn-Art DINING】の全貌はいかに。

フェス×宮城県のいきなり美味しいもの

 2016年7月29~31日の3日間、宮城県石巻市雲雀野地区では、Mr.Childrenやスガ シカオ、WANIMAやクリープハイプなど豪華アーティストが集結し、「Reborn-Art Festival」が開催されました。
 照りつける太陽の下、宮城県ならではの「牛タンの串焼き」や「焼きガキ」など、いきなり美味しいものとビールを片手に音楽を満喫してしている光景は、“フェスに来た”という気持ちをより一層盛り上げます。(※いきなり:方言で「とても」という意味)
 そんな音楽好きが集結するフェス会場の中で、コンサートステージ張りの存在感がある野外レストラン【Reborn-Art DINING】のディナーに参戦してきました。

Reborn-Art DINING -Dinner-

 海と共に生きる街をコンセプトにした白く大きいテント型のレストラン会場。ディナーがスタートする18時に合わせて、チケットを持った300名のお客様がどっと押し寄せます。1つのコースで名シェフ7人の味が楽しめるというだけあってかなりの人気ぶりが伺えました。
 コースは、ミシュラン2つ星獲得、2016年度「アジアのベストレストラン 50」16位にランクインするなど、輝かしい経歴を持つ【L'Effervescence】の生江史伸シェフの前菜からスタート。コースのはじまりである前菜を担当する姿は、シェフの中でも頼れる兄貴といった雰囲気でした。
 メインの肉料理は、【nacrée】の緒方 稔シェフが担当。日頃から宮城県で腕を振るっているシェフにメインを任せたいという想いと、スタッフやお店のファンからの信頼と期待が感じられました。
 シェフ同士が互いの性格や長所を把握し、最大限にそのシェフの腕が活かされるように担当料理を選定している姿からは、シェフ達の親交関係が垣間見えました。

  • 【L'Effervescence】生江 史伸シェフより「銀王のマリネ-ムール貝のスモークと仙台味噌のエミルションを添えて-」

  • 【METZGEREI KUSUDA】楠田 裕彦シェフより「テリーヌR.A.D牡鹿」

  • 【villa AiDA】小林 寛司シェフより「石巻で獲れた穴子のフレーゴラ」とパン職人 岩永 歩さんより、ミシュラン常連のレストランにもパンを提供している【LE SUCRÉ-COEUR】のパン

  • 【オテル・ド・ヨシノ】手島 純也シェフより「牡鹿半島で獲れたホタテのムースとスズキのパイ包み ハーブの香りと白ワインのソース」

  • 【nacrée】緒方 稔シェフより「石巻産仙台牛とブラータ」

  • 【Sincére】石井 真介シェフより「時を経て生まれ変わった“ずんだ”」

“食”という名の舞台

「環境も設備もいつもとは全く違います。人員も専門職種もバラバラ。つまり練度が異なる状態で、ハイクオリティな料理を出さなければなりませんでした。もし、このメンバーの料理で出てくる料理がしょぼかったら?お客様の落胆は計り知れないでしょう。けれど、対応人数や設備はお客様にとってみれば関係ない話です。」と手島シェフ。

「普段自分の構える店で肉料理を提供する際は、何度も何度も温度や時間を変えてじっくりと焼き上げていますが、一度に百単位の人数分ともなるとそういう訳には行きません。いつもの100倍くらいの負荷をかけて、ぎゅっと旨味を閉じ込めました。常温の状態で、塩気のあるものを美味しいと思わせる力なんかはかなり勉強になりました」と緒方シェフ。

 そんなシェフたちの奮励が滲むメニューはどれも抜群に美味しく、2時間があっという間に過ぎました。石巻の海風を感じ、アーティストの生演奏を聴きながらこんな質の高いコース料理をいただける環境は他では類を見ないのではないのでしょうか。
 音楽好きが集うフェス会場の中で、本格的なレストランを開くという初の試み。シェフ達の熱い眼差しと、妥協のない後姿を見ていると、寝る間も惜しんでこのイベントを成功に導いてくれたのだろうとひしひしと感じました。
 一流のシェフ達が一同に集い、サービスをしている様子はまるで舞台を観ているかのよう。【Reborn-Art DINING】は、全国各地から駆けつけたシェフやサービスの方々が、宮城県をテーマに絶品料理を振る舞う“幻のレストラン”でした。

取材協力

この記事を作った人

遠藤麻矢 ヒトサラ編集部