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更新日:2018.07.20食トレンド グルメラボ 連載

太平洋クロマグロのこと/~食の明日のために~Vol.5

日本人がみんな大好きな魚、本マグロ(クロマグロ)。残念ながら現在は激減し、“黒いダイヤ”とも言われる高値の魚です。ところがなぜか毎年、夏のこの時期に、スーパーや量販店で特売品があふれます。絶滅危惧種に指定された希少な魚に、なぜそんなことが起こるのでしょうか。複雑なマグロの現状を、今回は少しひも解いてみたいと思います。

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世界の二つのクロマグロ

 本マグロは、まさしくマグロの王様ですよね。この「本マグロ」には、じつは二種類が混在しています。ひとつはアメリカ東岸から地中海、黒海までを大きく回遊し、地中海付近で産卵する「大西洋クロマグロ」。もうひとつは日本近海からアメリカ西岸にかけての太平洋を回遊し、日本の領海内で産卵する「太平洋クロマグロ」です。この二つは亜種にあたり、味わいもわずかに違いますが、ともに寿命は30年ほど、成魚は400㎏近くにもなる美しい魚です。

 そのおいしさのために、この二つのマグロは世界中で乱獲がすすみ(その多くを日本が輸入・消費しています)、大西洋クロマグロは2011年、太平洋クロマグロは2014年に、絶滅危惧種IBとして国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストに掲載されました。

    清水港に水揚げされた巨大な大西洋クロマグロとメバチマグロ。長いロープに餌のついた針が何本も下がったはえ縄で漁獲され、一尾ずつ丁寧に処理されたのち、マイナス60度で急速冷凍される

 クロマグロは多くの国の海をまたいで泳ぎます。そこで、資源を守るために世界を3つのブロックに分けた国際的な枠組みが作られ、各国に漁獲枠が配分されてきました。2007年、大西洋のマグロを管理する国際機関(ICCAT)は一気に厳しい漁獲量制限に踏み切ります。さらに幼魚を原則完全禁漁にしたり、産卵場を含む地中海での操業期間を大幅に短くしたりなどして、厳しく管理したのです。そうすると、2000年代半ばに30万トン程度だった大西洋クロマグロの親魚の数は、2015年に50万トン近くにまで回復しました。

 一方で太平洋西側のクロマグロは、日本が中心的な役割を果たしている国際機関(WCPFC)によって管理されています。残念ながらWCPFCはこれまで目に見えた成果を出せておらず、2014年現在、太平洋クロマグロの親魚は初期資源量比でなんと2.6%。1万7000トンしか残っていません。

太平洋クロマグロの今

    血抜きをしないため身に血栓が残り、また打ち身も多い。状態の悪さがすぐにわかる本マグロの身

 産卵できる大きさに成長した親魚が減り、水揚げも激減するなか、6月~7月のこの時期だけはなぜか、スーパーや量販店の鮮魚コーナーにあふれるほど並ぶ天然生本マグロの謎。それは毎年この時期、卵を産むため主に鳥取県(境港)沖の産卵場に集まる太平洋クロマグロを、日本の水産企業による大中巻き網漁船が大量に獲っているために起こります。

 巻き網漁とは、1隻もしくは2隻の船で引いた大きな網でぐるりと魚の群れを取り囲み、一気に網を絞り込んで持ち上げ漁獲する漁法のこと。効率がいい一方、何十トンという魚を一度に漁獲できるため、使い方を誤ればすぐに乱獲につながる難しい漁法です。

 高速で泳ぐクロマグロは、網を広げている間に逃げられるので通常巻き網で獲るのは難しい。ですが産卵期には密集してゆっくりと泳ぐため、その時期を狙って一気に捕らえるのです。母マグロのお腹に残った大量の卵は廃棄処分や養殖の餌にされるのですが、さらに悲しいことに、大量に獲れるマグロ自体もセリで売れ残ることが多く、そんなマグロはたたき売りに近い値でスーパーなどに引き取られていきます。

    網で持ち上げてつぶれたからか、冷蔵庫で苦しさに暴れたからか、傷だらけになったクロマグロ。セリで買い手がつかず、スーパー等に引き取られることが多い

 理由は3つ。まず何より、産卵期のマグロがそもそもおいしくないこと。このサイトをチェックしてくださっているフーディーズならお分かりだと思いますが、産卵期は卵に栄養が渡っているため脂がのらず身は痩せています。生物学的においしい時期である訳がありませんよね。

 2番目に、巻き網で何十トンものマグロを引き上げると、お互いの重みで押しつぶされること。打ち身だらけで繊維がつぶれたひどい有様では、とてもおいしい刺身にはなりません。

 3番目に、ていねいな手当てがなされていないこと。熟練のマグロ漁師さんが一本釣りやはえ縄でマグロを釣ると、瞬時にエラを切り、完全に血抜きをし、内臓を出し、人によれば神経締めまで行って数分後には氷で身の芯まで念入りに冷やします。じつは、クロマグロは体温が40℃もある恒温の魚。だから手当てをせずにおくと業界用語で「身焼け」、つまり身に熱が入り一気に味が落ちるのです。巻き網で大量に獲ると一尾ずつの手当てなど追いつかないため中卸が買えるものが少ない=築地で売れ残るという訳です。きちんと手当てされた一本釣りの太平洋クロマグロはキロあたり20000円を超えますが、産卵期の巻き網漁で獲られるマグロは、キロあたり200円代まで落ちることもあります。

江戸前のマグロ鮨は、将来も食べられる?

    おいしいマグロの鮨も、いつまで食べられるか……

 2018年5月、太平洋クロマグロの成魚についての漁獲上限が、突然水産庁より発表されました。その配分は、全約5000トンのうち、沖合漁業者(大中巻き網漁業者)と沿岸漁業者(一本釣りやはえ縄、定置網漁業者など)の割合が約7:3。明らかに不公平な配分で、漁業人口の8割を占める沿岸漁業者のマグロ漁師は生活できず、多くの廃業が出るだろうとささやかれています。

 大間と並ぶ一本釣りマグロの産地として有名な壱岐・勝本漁協の「壱岐市マグロ資源を考える会」会長、中村稔さんは寝耳に水だったと言います。
「小規模沿岸漁業者の多くは漁獲制限に賛成です。でも、これまでの議論に私たちの代表が誰も参加していないなか、不公平な枠の配分をされていることが問題なんです」

 食べ手として問題なのは、今後手に入るマグロの中心が産卵期に集中した質の悪い魚になること、このままマグロ漁師が多数廃業してしまうと、日本が誇る品質の高いマグロが将来手に入らなくなることです。貴重なマグロが産卵期に集中して獲られるシステムになっていて、クロマグロのポテンシャルを失った魚ばかりが大量に流通するのはやるせない思いがするのですが、どうでしょうか。行政には、より良い施策を望みます。

    回遊魚のマグロ

 昨年春、壱岐を訪れる機会がありました。近年、海からマグロの姿が消え、勝本漁協の総漁獲量は2005年以降10年で16分の1に激減。それでも当時、漁師さんたちは産卵期の漁を自主的に止めていました。「…考える会」の尾形一成さんの言葉が心に残ります。

「マグロがこれだけ減ったなか、大事な母マグロにはなんとか卵を産ませてやりたいんです。だから俺らは禁漁にする。なのに結局獲られて、手当てもされず、築地の場外に転がっている姿を見るのがつらいんです。マグロがかわいそうで、本当に悲しゅうなるんです」

この記事を作った人

佐々木ひろこ

日本で国際関係論を、アメリカで調理学とジャーナリズムを、香港で文化人類学を学び、現在フードライター、エディター、翻訳家。多くの雑誌や書籍、ウェブサイトに寄稿中。料理人を中心としたサステナブルシーフード勉強会“Chefs for the Blue”の世話人。

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