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2016.10.24グルメラボ 連載

江戸の蕎麦めぐり。名店の味を手探る from「ヒトサラSpecial」

新蕎麦の季節がやってきました。蕎麦前で一献愉しんでから〆に蕎麦を頂き、さっと席を立つ。そんな粋な頂き方をしませんか? 明治創業の老舗からニューウェーブまで、江戸蕎麦の粋と自慢の味に出会える名店をご紹介します。

2種盛りの『きき蕎麦』で、蕎麦の無限の可能性を追求【手打そば 菊谷】

    『きき蕎麦』。この日せいろで登場したのが新潟県長岡市の三島地区の二八蕎麦。一方、ざるに盛られて供されたのは、栃木県益子産常陸秋そばの十割蕎麦。味だけでなく、その色味にも歴然の差が現れる

 一般的に蕎麦屋というと、毎日打つ蕎麦にぶれが出ないよう気を配るものだ。産地違いの蕎麦粉をブレンドする店が多いのも、季節や気候によって味や香りに差が出ぬよう努めた結果である。ただ、ここ【菊谷】の店主・菊谷修氏の見解は異なる。「蕎麦は嗜好品だから、いろんな蕎麦があっていい」と話し、あえて理想とする蕎麦をひとつに設定しないのだ。理由はそれだけはない。例えば、蕎麦の産地。全国には数え切れないほどの産地があるが、【菊谷】でも10種以上の産地を使い分ける。さらにいえば、同じ産地でも農家が違えば蕎麦の特徴は異なり、同じ農家でも採れる畑の場所によって味が変わるのが蕎麦である。

 
「産地はもちろん、挽き方やブレンド、つなぎの割合を変えたり、時には熟成させたり。そのひとつひとつの違いで蕎麦は異なる表情を見せる。組み合わせはまさに無限大。自分はその可能性を楽しんでいるんです」

 
 異なる2種類の蕎麦が供される名物の『きき蕎麦』は、そんな菊谷氏のスタイルが投影されたメニューといっていい。その日に登場する蕎麦がどんなものかは菊谷氏の気分次第だが、それぞれの特徴がしっかりと楽しめるよう打たれた蕎麦の“違い”を純粋に楽しんでほしい。


 「こんなにも味が違うのか!」。そう感じた蕎麦は、無限の可能性のごく一部にしか過ぎないのである。

  • 栃木県益子産、茨城県金砂郷産、埼玉県秩父産など、密な信頼関係を築いた全国の農家から玄蕎麦を仕入れる

  • 会津坂下から仕入れる馬のモモ肉を使った『会津の馬刺し』。赤身肉の旨みに特製のニンニク味噌がよく合う

  • 日本酒は燗向きタイプと生酒を中心に、約20種をラインナップ。季節の日本酒も豊富に揃っている

  • 店主の菊谷氏は、蕎麦屋の未来を考え、生産者との密な関係を築き蕎麦農家を支えることにも注力する

 

11台の石臼を使い分け手挽き在来種で打つ衝撃の十割蕎麦【蕎亭 大黒屋】

    品質の劣化を防ぐため、石抜き、磨き、粒揃えなどをして低温保存した玄蕎麦を、香りを損なわぬようゆっくりと手挽きしていく。粒の大きさなどにより、目立ての異なる石臼を使い分けて蕎麦の旨さを追求する

 「今からおよそ3年前のことですかね。初めて食べた時の衝撃は今でも忘れません」
 

 これまで40年以上にわたり蕎麦を打ち続けてきた【大黒屋】の店主・菅野成雄氏をそう言わしめたもの。それが、新潟県は妙高高原の僻地で栽培される在来種の蕎麦だ。ふくよかな香り、迫り来る甘み、そしてややもっちりとした食感。そのすべてがこれまで食べてきた蕎麦とは次元が違っていたという。
 

 その出会いは、菅野氏の蕎麦への取り組み方をも変えた。蕎麦前がもてはやされる昨今、本来主役であるべき蕎麦とどう向き合うかを自問し、在来種の野趣溢れる味わいをいかに引き出すかを念頭に置くように。そして、導き出した答えが、自ら目立てした11台の石臼を使い分けること。その日の蕎麦の状態、湿度などを見極め、その蕎麦が現状で持ちうる美味しさを最大限に引き出すために、じっくりと手挽きをしていくのである。石抜き、磨きといった蕎麦の管理、そして自家製粉は当然のこと。「その先にある美味しさを追求したい。40年蕎麦を打っていてもまだまだ発見ばかりです」と菅野氏は事も無げに話す。
 

 鼻孔をくすぐる豊かな香り、噛むほどに溢れ出す力強い蕎麦の旨み。自慢の『おせいろ』を手繰れば、かつての菅野氏同様、こみ上げる衝撃的な感情は禁じ得ない。

  • 香り、甘み、風味が高次元で融合する『おせいろ』。在来種ならではの蕎麦の旨さを堪能できる

  • 蕎麦以上にもっちりとした食感と力強い味わいが楽しめる『そばがき』。自家製の出汁醤油でどうぞ

  • 蕎麦は新潟県の妙高在来と長野県の乗鞍在来の2種を主に使用。妙高在来は特に小粒なのが分かる

  • 店は店主と女将で切り盛り。最高の状態で蕎麦を味わってほしいと、夜のみの完全予約制で営業する

 

この記事を作った人

ヒトサラ編集部