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世界に通じるピノ・ノワールを追い求めて~ 高山村のブドウ栽培家佐藤明夫の情熱fromおいしいニッポン物語(第6回)

ヒトサラの新コンテンツ「おいしいニッポン物語」から秋にぴったりの旅の記事をご紹介。第6回は長野県・高山村への旅。知られざるワインの魅力に触れる旅へ出かけよう

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数々のワインコンクールを総嘗めにした、高山村が誇るブドウ農家のカリスマ

 ここまで、高山村のワインへの取り組みを象徴するような、個性的なワイナリーを二つ紹介してきた。
 最後にご紹介するのはワイン用ブドウ栽培のスペシャリスト、佐藤明夫氏だ。日本のワイン業界において彼の名前を知らない人はいないだろう。大手ワインメーカーであるシャトー・メルシャンの契約農家として、また入手が困難なことで知られる小布施ワイナリーや栃木県のココ・ファーム・ワイナリーに対し、高品質なブドウを供給している。

    左から、「シャトー・メルシャン 長野シャルドネ キュベ・アキオ2016」「シャトー・メルシャン 長野ピノ・ノワール キュベ・アキオ2015」

 佐藤さんは、日本ワインコンクールで多くの受賞歴を重ねる「北信シャルドネ」や「長野シャルドネ」のブドウ栽培者。また、シャルドネとともにピノ・ノワールで「キュヴェ・アキオ」という自らの名をつけたワインを世に送り出している。特筆すべきは「北信シャルドネ」がG7伊勢志摩サミット2016にてワーキングランチ/総理夫人主催夕食会で提供されたことだろう。醸造所を持たずしても彼の名前は高山村のブドウと共にもはや全国区の実力を誇る。
 佐藤氏のブドウ畑のいくつかは標高約830メートルの地と600メートルの地の二か所にある。これは同じ種類のブドウでも標高によって味わいが変わることを意識しているものだ。
 高山村の中心地から山田温泉を目指してゆるやかな上り坂を上がっていった先はまさに山の中だ。更に進むと福井原という小さな集落があり、そのなかにピノ・ノワールとソーヴィニオン・ブランの圃場が一気に視界のなかに登場する。その姿はどうやって表現したらいいか悩むほどだ。フランスはブルゴーニュ地方のコートドールの丘を切り抜いたように、なだらかにカーブする丘陵地帯に立ち並ぶブドウの樹。きちっと揃えられた葉が緩やかに曲線を描き、それを見たものは思わず感嘆の声が出る。

    「ワイン畑は美しくないといけないんです。そのために僕たち栽培者は毎日こつこつと葉や雑草を刈っていくんです。だってこんなにいい形をした丘はここにしかないんですから。」

賞賛されるワインの秘密は、『健康なブドウをつくる』努力にあり

 高山村の隣にある中野市でブドウ農家に生まれ、高山村に移住してきたのはその畑の持つポテンシャルに気づいたからに他ならない。特に住居を構える福井原はブドウづくりの限界点ともいわれる標高800mをわずかに超えるところに位置する。北向きの斜面ではあるが、風通しがよく、乾燥しており、そして何といっても寒暖の差が非常に大きく、良質なブドウづくりの要素がすべてそろっている理想の地だ。

    ピノ・ノワールの畑にて

 ブドウ農家として、さまざまな栄誉に輝く佐藤さん。ほかの農家と違う秘密はなにかとたずねてみたら、「とにかく、いいブドウをつくること。それにはいい環境をブドウに与えることに心を砕く。こまめに世話をし、健康なブドウを醸造家にお届けする、それだけです」と笑う。
 その日々の積み重ねにも、よそにはない工夫や努力や秘密があるはずでしょう? とさらに聞くと、
 「僕たちの仕事はほとんどが草刈りです。地面に生える雑草も微生物を途絶えさせないために農薬で除草したりせずに伸びてきた分を刈り取っていくんですよ。夏の間はたいへんですね。ブドウの葉を切り、下の雑草を刈りとり、その連続です」と答えてくれた。

    ピノ・ノワールのブドウ。気候や雨などで果実が割れてしまう非常に難しい品種だそう

難しい「ピノ・ノワール」栽培にかける、ワインへの深い情熱

 そんな佐藤さんがことさらに情熱をかけるブドウの品種がある。それがピノ・ノワールだ。
 前出の【信州たかやまワイナリー】の鷹野さんも、「佐藤さんのピノ・ノワールはちょっとすごいですよ」と興奮気味に話していた。
 佐藤さんとともにブドウ畑を歩いていると、一番奥にぽっかりと約1haほどの休耕地があった。センサーが立てられ気象データを取得し蓄積している。その畑に、また新たにピノ・ノワールを植えるという。実は、昨今の温暖化も考え、高山村の一番標高の高いところにわざわざ土地を購入したのも、このピノ・ノワールをつくりたいということが大きな理由だった。
 「ここで世界に通じるピノ・ノワールをつくりたいんですよ」
 彼はこれまでにない強い言葉でそう語る。ピノ・ノワールはフランスだとブルゴーニュ地方、アメリカではオレゴン州など乾燥した気候を好む品種だ。病気に弱く、育てづらい品種でもある。日本でもトライしている生産者は少なくはないが、毎年安定して良質なワインに仕上げるところはほとんどないと言っていい。
 「たまに、これは旨いというピノ・ノワールに出会うこともあります。実はかなりの確率でそれはたまたま、なんですよね。日本ではすっごい難しい。ブルゴーニュですら年によって大きな差が出るくらいだし。僕はこの畑で持続可能な最高のピノ・ノワールをつくるって決めたんですよ、それをつくるにはできる限りのどんな努力もどんだけ金もかけたっていいと思っているんです。」

    栽培しているブドウの世話は基本的に二人で行っているという佐藤さん。情熱をかけているブドウづくりについて語るときはいつも最高の笑顔だ

 日本最高のピノ・ノワールをつくる―。
 カリスマブドウ農家である佐藤明夫の夢をかなえるための情熱は、とどまることを知らない。佐藤氏の話にぐんぐんと引き込まれていきながら、仮にそのワインがどんな価格だったとしても飲んでみたいと思うのは、そこに大きなロマンを感じるからではないだろうか。

【コラム】佐藤さんがつくる、生ハムがひそかな人気に

 ワインを熱く語る佐藤氏ではあるが、栽培者とは別にもうひとつの顔がある。農閑期には生ハム工房豚家「TONYA」というブランドで原木生ハムを生産する工場を持っているのだ。実はそのハムが人気を呼んでいる。「最初に生ハム食べて、こんなうまいものがあるなら、自分でつくってみるか」と思ったのが生ハムをつくるきっかけ。秋田の生ハム工房でつくり方を学び、以来趣味が高じて、生ハム工房までつくってしまった。「青かびと白カビの割合もいい具合でしょ?」とつるされた枝肉を眺めてにっこり。スライスされた生ハムはそれはもうとろける味わい。毎年10月末には首都圏から原木生ハムオーナーと家族が200名以上も村に集まり大宴会が執り行われるという。 実は、このハム作りには佐藤さんのもうひとつの思いがある。こうした “村の名産” をつくることで、高山村に人々を呼べたらと話す。高山村には個性あふれる温泉、これから少しずつ増えていくワイナリー(醸造所)、も徐々にではあるが増えてきている。そういった「点」を「線」に変えて、観光客がラウンドホッピングする仕組みを作りたいと考えているのだ。

「小さな村に多くの人を呼び込むきっかけになりたいっすね」と話す佐藤氏の視線は
日本一のピノ・ノワールと賑わう高山村の未来という夢の両輪を見つめている。

    写真左/天井からつるされた熟成中の生ハム 右/シルキーで香り高い生ハムはワインのおともにぴったり

佐藤農園・生ハム工房 豚家「TONYA」

住所:長野県上高井郡高山村大字牧字上福井2502-7
(ワイナリーはありません)
FAX:026-285-9920

この記事を作った人

撮影/小西康夫 取材・文/嶋啓祐

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