富山に惚れた男【レヴォ】谷口シェフがつくる ここにしかない「富山ガストロノミー」fromおいしいニッポン物語(第7回)
日本の豊かな食文化の魅力を伝える「おいしいニッポン物語」。第7回は富山を代表するフレンチ【レヴォ】をご紹介。テーブル、カトラリー、食材、すべてに富山のものを用いるレストラン【レヴォ】のこだわりに迫ります。
富山の魅力に惚れ込んだ人々が、その一つ一つを新しい形で融合させてつくりだす“富山ガストロノミー”が今注目されている。ここにしかない美味をもとめて、地産地消だけでは表現しきれない、シェフのあふれる愛情を注いだ旬の富山フレンチ【レヴォ】に密着取材した。
器から料理まで。富山という土地から貰うインスピレーション
店名の【レヴォ】はレヴォリューション(革命)のレヴォ。目のさめるように美しい、革新的な料理が次々に供されるコースは、まさにその言葉がぴたりとあてはまる。富山・神通川のほとりに佇む【リバーリトリート雅樂倶】のメインダイニングであるその店は、谷口英司という富山に惚れ込んだ男が、新しい発想でつくり上げたレストランだ。
“革命”という言葉の中には、単に料理が前衛的というだけではなく、 “富山の魅力を包括的に発信する”という、これまでにない試みという意味での革新性も含まれる。谷口英司シェフは、実は、富山には縁もゆかりもない兵庫県の出身。にもかかわらず、なぜこれほどまでに富山に惚れ込み、惹きつけられたのか、その理由を紐解くことで、レヴォの料理の真価と、富山という土地のパワーが見えてくる。
5種のアミューズ。左から下尾デザインのプレート×白えびとじゃがいものビシソワーズ、タイニーワークショップのボックス×ゲンゲの山椒フリット。島谷昇龍工房の皿×さばのリエットを挟んだ「高野」のごま最中。能作と下尾デザインのコラボした丸皿×ビーツのメレンゲ。レース状の釋永 維の器×山羊のフレッシュチーズを詰めたグジェール
精巧な細工が施された器に盛られた、目を見張る愛らしい料理の数々。散らされた落ち葉に晩秋の自然を感じる。これらは席につくとまず供される、【レヴォ】の5皿のアミューズだ。どの品も、驚きの中に、素材の持つ力や美味しさの本質が閉じ込められている。見て美しく、何だろうと興味をそそられ、口に入れるとダイレクトに富山の素材の味が広がり、 飲み込んだあとには幸せな余韻がいつまでも残る。また、これらの器はほぼすべて、富山の工芸作家の作品である。つまり、料理だけでなく、プレゼンテーションが丸ごと、メイドイン富山なのだ。
谷口氏のキャリアは20年ほど前に、神戸市内のホテルを振り出しにスタートする。総料理長に目をかけられ、フランスの今は亡き鬼才の系譜を受け継ぐ【ベルナール・ロワゾー・オガニザッション】にも修業に出ている。それが今から8年前に、【リバーリトリート雅樂倶】のメインダイニングが【ベルナール・ロワゾー】としてオープンしたときに、シェフに抜擢されたことで大きく運命が変わった。3年の契約期間を終えて、神戸の系列店のシェフというポジションが用意されていたにもかかわらず、「富山に残りたいんです」と、谷口氏は誰もが予想しない言葉を口にしたのだ。
オープン1か月前に【下尾デザイン】にオーダーしたテーブル。カトラリーがおさまる引き出しをつけたこのデザインは作家泣かせだった。知恵を絞って完成したのがこの形だ
「生まれて初めて、この土地で料理をしたい、することに意義がある、そう思えました。神戸のホテルでは、食材は業者から納品されるものでした。ところが富山では、すべての生産者との距離がすごく近い。顔がみえ、育てている様子を知り、その命を料理に変えていくことができました。それがたまらなく魅力的で、ロワゾー時代の3年間でその醍醐味にすっかりはまってしまったのです。」
富山の地層を表している様々な色の岩盤をあしらった壁面が印象的な店内
そうして、レストラン【レヴォ】が生まれ変わると決まったときに、自分が惚れた富山という土地をどう表現するのかという谷口シェフの挑戦が始まった。
せっかく富山から料理を発信するなら、料理をのせる皿、テーブル、ランチョンマット、合わせるワインや日本酒まで、すべて富山のものにしてはどうだろうかと開店前の1年を準備に費やした。「そう考えられたのは、3年間の間に多くの素晴らしい生産者や蔵元、工芸家たちとの出会いがあったからにほかなりません。いくつも工房やものづくりの現場に案内してもらい、その一つ一つに感銘を受けました。彼らの器にのせて発信することで、料理そのものもよりグレードアップできる、そう確信したのです」。
なかでもゆったりとした白木のテーブルは大きな投資だったが、地層を思わせる店内のインテリアによく映え、どこにもない、富山発信をダイレクトにイメージづけることができた。
富山でしかできない、富山でしか味わえない料理を求めて
繊細なアミューズを一つ一つ、的確に盛り付けていく谷口英司シェフ
レヴォとして新たに出発して3年半―。
この地で自分なりに料理や環境と向き合ってきた年月を経て、谷口シェフ自身の変化や進化について聞いてみた。
「3年前は富山の素材がほぼ60%だったのに対し、今では95%が富山産と言えるようになりました。知れば知るほど、素材の持つ力に魅せられ、今では素材そのものを最大限に引き出すために、最小限の手をかけるだけになっています。また、こんな野菜が欲しいとリクエストすると、生産者もそれに触発されてもっといい野菜をつくってくれる。
そんな双方向の付き合いで、野菜がどんどんよくなっている。それこそ、都会ではかなわない、醍醐味です」と谷口シェフは言う。
例えば、写真の5色の人参もそう。これは近隣の農家【土遊野】で作られているもので、驚くほどしっかりと味が濃い。右側の平たい赤かぶは、日本在来種の原種。奥飛騨から伝わったもので、今では交配がないように利賀村の山の上で少量のみつくられている。こうした野菜を使えるのは、富山にいてこそ。「魚に関してもこの3年で進化しました。以前は魚屋にその日に揚がったものを持ってきてもらっていましたが、今年に入り、富山湾の中央に位置する四方の漁港に毎日通い、直接漁師の顔を見て購入し、持ち帰ってから厨房で神経じめをします」。これも海の近い立地だからできることで、都心のレストランの魚のレベルをはるかにしのいでいる。
器から料理まで。富山という土地から貰うインスピレーション
メインの「レヴォ鶏」。生後45日のひな鶏に丹精を込めて。もも肉を半分に切ると、満寿泉の”酒米のおこげ”が顔を出す
生産者との交流で生まれた料理もある。看板料理の一つと言える「レヴォ鶏」は、谷口シェフが養鶏場へ足を運んだ際に、生後45日くらいの、親鶏の半分ほどのサイズのひな鳥を見てひらめいた料理だ。どうしてもその生育段階の肉を焼いてみたいと強く思ったのだそう。
この料理は、やわらかくてジューシーなもも肉を開き、富山の誇る名酒「満寿泉・大吟醸」を造る際に、酒米を蒸す工程で釜の底にできるおこげを詰める。近隣の利賀村の自家用のどぶろくを塗って、熾火でゆっくりと香りをつけて焼き上げる逸品。手で持ってかぶりつけば、鶏の旨みを吸った酒米と瑞々しい肉汁が口にあふれ、得も言われぬ美味が広がる。また、酒米を使うにも理由がある。吟醸酒用に精米しているため、タンパク質が削られ、米としての甘みが強過ぎず、鶏のフォンがベースのソースの味がぐっと生きてくる。まさに富山のここでしかできない料理なのである。
写真/伊藤 信 取材・文/小松 宏子
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