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2016.06.13食トレンド 連載

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ヒトサラ編集長の「編集後記」第1回~【noma】、あるいは豊饒なる周縁より

この連載では、編集後記的に「レストランのある風景」をスケッチしていけたらと思っています。
連載第1回めは、映画が公開中の【noma】をとりあげました。

 【noma】の映画(邦題『ノーマ、世界を変える料理』)を観てきました。(注1)
 【noma】とは、nordisk(北欧)+mad(食べ物)を出すレストランという意味で、権威ある「世界のベストレストラン50」(注2)で4回も世界一に選ばれています。
世界一という表現には違和感がありますが、レネ・レゼピという天才的なシェフがいまのレストランに与えた影響には、計り知れないものがあるようです。世界を変えたというのはオーバーにしても、彼の出現によりレストランの風景は大いに変わったような気がします。どこか風通しのいいお店が増えたように思えるのです。
 レネはかつて、『Time』誌で世界で最も影響力のある100人にも選ばれてもいます。デンマークはコペンハーゲンにある小さなレストランのシェフが、世界で最も影響力があるなんて、小気味いい話です。

    『ノーマ、世界を変える料理』より

 私は、このレストランに行ったことはありません。先日、友人から、キャンセルが出たから来週コペンハーゲンに来ないか、と誘われましたが、そこまでゆとりのある人間でもないのでお断りしました。でも席は一瞬で埋まったようです。すごいことですね。ただ、【noma】が東京にやってきたとき、マンダリン・オリエンタル東京で開かれた【noma】(Noma at Mandarin Oriental Tokyo)には行くことができました。場所は37階のレストラン【シグネチャー】(注3)です。この高層階のレストランが【noma】になりました。
 そこで、多くの人が衝撃を受けた、蟻の料理もいただきました。業界のみならず、マスコミでも様々に取り上げられた「高級レストランで蟻を食べるのか?」を体験させてもらいました。
 生き物の命をいただく意味を考える、というメッセージだという人もいましたが、私には詩を解釈するのに近い行為に思えました。どうとらえるのかで、その人の感性がわかるよ、とレネが問いかけているように感じました。

    東京で出された蟻のメニュー『長野の森の香りのボタンエビ』

 続く料理も、まさに神が細部に宿るがごとくの緻密さと権威をものともしない大胆さとで圧倒されました。自由な美味しさに満ちていたと思います。全体のトーンとして感じられたのは、あの北欧、いや長野か東北のブナかもしれないけど、森の色と香りでした。思いっきり深呼吸したくなるような感じです。それを都会のど真ん中のレストランで味わう贅沢。コペンハーゲンの一角とは雰囲気はぜんぜん違うのでしょうが、これは私には一大交響詩とでもいう趣でした。

  • 『青首鴨のロースト』。麹ときのこのソースが塗ってある

  • 『発酵マッシュルームのキャンディ』は森というより盆栽のよう

 森が奏でる交響詩で、思い出しましたが、レネは北欧の自然、なかんずくグリーンランドの大自然にインスパイアされています。北欧北極圏には私もなんどか訪れましたが、彼はこの絶対的な美しさに感動して、厳しいけど限りなく美しい自然を、そのまま料理にしたのだということです。
かくて、食材の乏しい北欧ゆえの、蟻や花や苔を使ったユニークな料理の登場となりました。
 ただ、レネ自身はもともと北欧の人ではなく、マケドニアからの移民の子で、バルカンの犬と差別されて育ったと言います。つまりヨーロッパの辺境から出てきた人です。

 既存の料理概念を覆す彼の考え方の根本には、確立された料理(権威)に対し自由な反逆を行いやすいヨーロッパの周縁から来た人という事情が見え隠れします。しかし、そのおかげで北欧料理は新たな権威となり、レネはデンマーク経済にも大いに貢献をしました。【noma】を戦略の勝利と片づける人もいますが、そんな単純な話ではないでしょう。
「テーブルクロスはいらないし、蝶ネクタイはいらない」
「僕の田舎では、鶏は手で食べていた」
 映画のなかで彼は中指を立て、フォーレターワードを交えながらそう語ります。
 【noma】は、私には、遊牧民的な「nomad(ノマド)」に映りました。
 実際、彼らは、東京に続いてオーストラリアでも【noma】をオープンしました。レストランがそのまま移動するという、まさに遊牧民的な自由さ。
 そして今年末には現在の店をクローズし、2017年からはヒッピーの自治区で自家農園付のレストランとして再オープンするそうです。
 こういう自由な感じ、これがまさに戦略なのでしょうが、実に“いま”っぽい風景のひとつに映るのです。

    『ノーマ、世界を変える料理』より

この記事を作った人

小西克博(ヒトサラ編集長)