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更新日:2017.02.27グルメラボ

和歌から名付けられた、優雅なネーミングの食べ物たち

日本独自の文芸である和歌は、平安時代の貴族達によって最盛期を迎え、江戸時代には百人一首カルタが庶民の遊びとしてブレイクします。そうした文化の中で、和歌に由来して名付けられた食べ物をいくつかご紹介します。

『小倉あん』の由来は、百人一首にも歌われた紅葉の名所小倉山

 小倉百人一首に登場するような有名な和歌は、しばしば和菓子などのモチーフに使われたりするほか、和歌に由来して名付けられた食べ物も少なくありません。
そもそも「小倉百人一首」の「小倉」という地名からして、『小倉あん』の名前の由来となっているのです。


小倉山 峰のもみぢ葉 心あらば 今ひとたびの 御幸(みゆき)待たなむ   藤原忠平(ふじわらのただひら)


 「あまりに美しい小倉山の紅葉よ。もし人の心が分かるなら、もう一度帝(みかど)がおいでになるまで、その美しさを失わないでおくれ」と、小倉山の紅葉のすばらしい美しさを詠んだ歌です。

 小倉あんとはつぶあんの事。小豆の粒が、鹿の毛の鹿の子模様に似ている事から、鹿といえば紅葉、紅葉といえば小倉山と言う連想で、小倉あんと名付けられたのだそうです。

『竜田揚げ』は、六歌仙の一人、在原業平の有名な和歌が名前の由来

 皆様おなじみの庶民の食べ物、『竜田揚げ』の由来と言われる和歌をご紹介しましょう。
 

千早(ちはや)ぶる 神代(かみよ)もきかず 龍田川(たつたがは)からくれなゐに 水くくるとは   在原業平(ありわらのなりひら)


 「さまざまな不思議なことが起こっていたという神代の昔でさえも、こんなことは聞いたことがない。龍田川が(一面に紅葉が浮いて)真っ赤な紅色に、水をしぼり染めにしているとは」と歌われた、小倉百人一首にも登場する非常に有名な歌で、「ちはやぶる」という落語のモチーフになっている事もご存知の方は多いと思います。

 『竜田揚げ』は身の部分が赤褐色に揚がり、外側の衣の部分に所々片栗粉が白く浮かぶ様子を、紅葉の流れる竜田川になぞらえて名付けられました。

文学好きの創業者が名付けた『言問い団子』も業平の和歌から

 在原業平といえば、六歌仙に数えられる程の和歌の名人です。百人一首に選ばれた前述の歌の他にも、こんな歌が有名なお菓子の名の由来になっています。


名にしおはば いざ言問(ことと)はむ みやこ鳥 我が思ふ人は ありやなしやと  在原業平(ありわらのなりひら)


 「そのような名を持っているのならば、さあ聞いてみようか、都鳥よ、私が思う人は元気かどうかと」という、地方にいて都を思う歌です。この時業平は、現在の東京の隅田川のほとりで京の都を想っていたのでした。

 隅田川の花見に欠かせない『言問い団子』は、江戸時代にこの和歌にちなんで名付けられました。創業者の外山佐吉という人物は文学に造詣が深く、数多くの文人と交流があったそうです。

 奈良時代以前から詠まれていた和歌は、平安期の貴族文化の熟成の中で技巧を凝らした歌が数多く詠まれるようになり、最盛期を迎えます。その後、江戸時代に小倉百人一首のカルタのブームが起き、それは今日に至るまで続いています。
 
 有名な和歌がこうして様々な食べ物の名の由来になっている事を見ても、百人一首に登場する歌を始めとするポピュラーな和歌が、当時の庶民にとって大変馴染みの深いものだった事が伺えます。

この記事を作った人

斎藤 健(フリーライター)

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