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更新日:2018.01.19食トレンド 連載

甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」/【オルトレヴィーノ】イタリアンVol.2

ゆったりとした独特の時間が流れる鎌倉。その街に暮らす作家・甘糟りり子さんが友人や家族と一緒に行きたいと思う、とっておきのお店のことをエッセイでつづります。【オルトレヴィーノ】は鎌倉散策にかかせない由比ヶ浜通りにひっそりと店を構えるエノガストロノミア。甘糟さんが惚れ込んだ、店主の美意識あふれるイタリア料理店でのランチはちょっと特別な時間になりそうです。

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店主の世界観が特別な空気を作る、知る人ぞ知るイタリアン

 先日、友人夫婦が鎌倉の我が家に遊びに来ました。表参道【レフェルベソンス】や西麻布【サイタブリア】などを経営する石田聡さんと弘子さんです。家に来る前にランチをしようということになりました。相手は飲食のプロですからね。どこに連れて行こうか、あれやこれやと頭を悩ませました。こういう悩みって楽しい!

 東京からの友人には、なるべく私の理想とする「鎌倉」を味わってもらいたいと思います。落ち着いているのだけれど風通しが良く、押し付けがましくない個性がきちんとあって、非日常ではなく暮らしに溶け込んでいる、大切な友人はそういう空間に連れていきたいのです。

 由比ヶ浜通りの【オルトレヴィーノ】に伺いました。イタリアンのエノガストロノミアという形態です。エノはエノテカのこと。ここではワインだけではなく、チーズやオリーブオイルなどの食材、惣菜などが買えて、奥はイートインのスペースになっている。いろんな使い方ができるのです。原稿が立て込む時期に惣菜やパスタソースをまとめ買いしたり、中途半端な時間に一人でランチを取ったり(アイドルタイムがないのです)、お世話になった方への差し入れを贈ったり、本当に便利に使い込んでいます。こんなふうに書くと、何やら賑やかすぎる店を想像されるかもしれませんが、ここには私が鎌倉らしいと感じるゆるやかな時間が流れています。

 イートインの注文は、カウンターのショーケースに並べられた現物や手書きのメニューを見て選びます。その日の朝に打つという生パスタもここの売り。いろんな形のパスタを見ると、自ずとテンションが上がります。なんですが、私の大好きなカラスミを選ぶとパスタは乾麺になります。いっつも、己の中で生パスタとカラスミが戦い、最後はカラスミが勝ってしまうことが多い。この日も、弘子ちゃんに、「ここに来たら、絶対生パスタでしょ」とかなんとかいいながら、自分はカラスミを注文しました。

 ソースがクリーミィなんです。それも独特のクリーミィさ加減。クリーミィなのに、軽やかといったらいいでしょうか。なんでもこれ、熱を加えずにカラスミとオリーブオイルだけを和えているそう。マヨネーズを作る要領とのこと。だから、パスタによく絡むんですね。さらに、カラスミを削ってダブル・カラスミなのです。

 軽くランチのつもりが、ワインの酔いも手伝って話も弾み、すっかりくつろいでしまいました。

「近所にこういうお店があっていいなあ。私なら、週に何度も来ちゃうかも」
 
 弘子ちゃんがいいました。ここを選んで良かった。
 友達をここに案内すると半ば強制的に注文させるのは、ローズマリーのブリュレ。私は、甘いものはあまり食べないし、それほどハーブ好きでもありません(むしろなんでもかんでもハーブは苦手)。なんですが、この一品にはハマりました。わざとらしくなく、でもハーブが主役であるべきデザートなのです。

 こうしたそれぞれのメニューも、壁にかけられたアートも、空間のアクセントになっている大きな棚も、ハーフ・オープンキッチンも、すべてが同じ方向を向いています。これ、意外とむずかしいことだと思います。

【オルトレヴィーノ】は鎌倉出身のシェフと三浦出身のマダムのご夫婦で営まれています。私はマダムのセンスが大好きです。ここに来るのは、彼女のセンスを味わいたいから、といってもいいかもしれない。それは「こだわり」によく似ているようで、ちょっと非なるものなんですよね。生活をおびやかしても貫くのがこだわりであるとするなら(これはこれで価値のあるものですが)、彼女のセンスはあくまでも生活そのものを磨き上げるためにある、そんなふうに思います。

 化粧室はお店のセンスがこぼれ出るものですが、ここではペーパータオルが生成り色のカンバスのような箱に収められています。各テーブルに飾られている草木や花はマダムがご自宅の庭でとってくるもの。ここには日常の生活があるんですよね。だからくつろげる。

 先ほどガストロノミアと書きましたが、ここで買えるのは飲み物や食べ物だけではありません。食器やカラトリー、椅子やテーブルといった家具も売っています。ほとんどが1700〜800年代のアンティークです。アンティークの器というとフランスやイギリスのものをイメージしがちですが、イタリアの古い器の良さをここで知りました。色合いに独特の温もりがあります。私の家は和食器が多く、洋食器を選ぶ時はかなり慎重になるのですが、こちらの器は古伊万里なんかともよく合いそうです。

 以前こちらで見つけた厚手の緑色のグラスが気に入って、一週間悩んで「買います!」という電話を入れたら、もう売れてしまっていたことがありました。アンティークのものの一期一会を痛感。ピンときた時に買っておかなかったことを後悔しました。年に何度かトスカーナに買い付けにいらっしゃるマダムに、同じものを見つけたら絶対に買ってきてくださいね、としつこくお願いしています。

 食事をしていたら、私たちの使っているテーブルがもう売約済みのものだと聞いて驚いたこともあります。木製のしっかりしたテーブルです。数ヶ月後が納品予定で、こうして預かっているのだとか。行儀の悪い私は、売れちゃったものに赤ワインとかコーヒーをこぼしてしまったらどうしようと思いましたが、すでにいろいろな傷やシミもあって、それがいい風合いになっている。使い込むことの良さを改めて感じました。時間の経過は技術では出せないですからね。

 店に入ってすぐのところには、大理石製の大きなワインクーラーがあります。こうして書くといやらしい印象を持たれるかもしれませんが、これも時間の経過というアクセサリーをまとい、静かな存在感を携えた逸品です。もちろん、お値段もすばらしい。そのうち、このワインクーラーに見合う印税が入ったら、購入したいと思っているのですが・・・・・・。いつになることやら。

 私は、好みの空間を表すのに「着込んだダンガリーシャツのような」と時々書くのですが、【オルトレヴィーノ】はさながら「洗いの効いたシルクのシャツ」でしょうか。それを着こなせるような大人になりたいと思います。こちらも、いつになることやら。

【OLTREVINO(オルトレヴィーノ)】

  • 住所:神奈川県鎌倉市長谷2-5-40
    電話:0467-33-4872(要予約)
    営業:12:00~18:30(LO)
    定休:水曜
    平均予算:ランチ3000円、ディナー6000円

著者プロフィール

  • 甘糟りり子
    作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』(ともに講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本も好評。読書会「ヨモウカフェ」主宰。

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