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更新日:2017.12.22食トレンド デート・会食 連載

甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」/【イチリンハナレ】中華料理 Vol.1

海があり山があり、ゆったりとした独特の時間が流れる町・鎌倉。その町に暮らす作家・甘糟りり子さんが友人や家族と一緒に行きたいと思う、とっておきのお店のことをエッセイでつづります。今回ご紹介するのは瀟洒な日本家屋でヌーベルシノワを食すレストラン。都心からほんの1時間で行ける食の旅へ出かけませんか?

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鎌倉のお屋敷街に佇む日本家屋の中華レストラン

 気取ったフレンチに予約の取れない和食店、パンケーキが人気のカフェから流行りの南インド料理まで、鎌倉界隈にはあらゆる種類の店があります。都心に負けないバリエーションですが、中華だけはオーソドックスな店がほとんどでした。円卓を囲む法事向けか、もしくはおじいちゃんが鍋を振るうラーメン餃子の店か。もちろんそういうのも好きなのですが、今っぽい中華があったらなあと思っておりました。
 すると、今年の春、イチリンハナレが開業したのです。フュージョン中華とかヌーベルシノワと括られるのでしょうか、東京で独自に進化したドレッシーな中華のジャンルです。
 イチリンハナレのある扇ケ谷は北鎌倉と並ぶお屋敷街。お店はひっそりとしたなだらかな坂道の中腹に建つ瀟酒な日本家屋で、暖簾の横の灯りに店名が小さく入っています。初めて行く方は見逃してしまうかもしれません。

 広々とした玄関で靴を脱ぎ、手入れの行き届いた廊下を通って、メイン・ダイニングに入ると全長10メートル近くはあろうかというグレーの幅広い大理石か何かのカウンターが目に入ってきます。クール&モダンなこのカウンターが、不思議と華奢な日本建築と溶け合っているのです。しかし、どうやってこの大きなカウンターを日本家屋に搬入したのだろうか。たずねてみたところ、部屋の中に材料を運び、3ヶ月かけて、ここで作ったという答えが返ってきて驚きました。一見大理石かと思ったのですが、コンクリートに石を混ぜたもので、ジン研ぎという技法を用いられています。昔のモダン建築でよく使われたけれど、今ではこれが出来る左官職人も少ない。
 鎌倉には日本家屋を改装してカフェやレストランにしている店は多い。個性はそれぞれだけれど、こんなに現代的な仕上がりが成功している空間は見たことがありません。

 料理はコースのみ、季節のものを取り入れた内容で、月代わり。前菜は特に攻めています。例えば「雲丹のおこげ」。北海道産の雲丹がそのまま&雲丹のムースが竹炭のおこげに載せられています。「雲丹とアオリイカ」とか「雲丹のプリン」なんていうのもありました。実は私、一番好きな食材が雲丹です。それだけに、いたずらに雲丹を使い雲丹本来の個性を殺してしまうメニューは許せないのですが、こちらの品々は雲丹党党員の私でも気持ちよく納得できます。前菜で生ハムが出てきたこともありましたが、その際は何も細工なくそのままでした。そして、その生ハムがただただおいしかった。中華だからと変に手を加えてしまうともったいですからね。
 コース唯一の固定メニューは「よだれ鶏」とそのたれにつけて食べる「餃子」。こちらは直球の四川中華です。中国のさる文筆家が「思い出すだけでよだれが出る」と書いたことからその名がついたよだれ鶏は、茹でた鶏肉をスライスして、調味料や薬味を混ぜたソースをかけたもの。イチリンハナレでは、ラー油2種、黒酢、醤油に中国のお醤油、しょうがやにんにくなど50種類もの調味料で作られています。シェフの斎藤さんによれば、味が決まるまで半年かかったそう。味のグラデーションが楽しいです。せっかくのタレを鶏だけではもったいないと、餃子にも活用することを思いついたんだとか。

 私は保守的な思考回路なので、中華に限らず、フュージョンとかハイブリットなどと称されるお店はとりあえず疑ってかかります(創作○○なんてもってのほか、なタイプです)。そんな私がこちらのコースで感じたのは、トータルで「中華」を食べた記憶が残ることが大切だということ。美味しいものは強引にジャンルに寄せたりせず、要所要所でそのジャンルの醍醐味を経験できればいいのです。
 おもしろいのが紹興酒のデギュスタション。細長いグラスで3種類か5種類の紹興酒が楽しめます。お酒の体験はかなり幅広い方だと自負しておりますが、牛乳から作られた紹興酒は初めてでした。見た目は白ワインで味わいはクリーミィー。忘れられない一杯です。

 レストランは、味覚や空腹を満たすために「食べる」場所ではなく、料理やその構成、器や空間、接客などを総合的に「体験」するものだと思います。
 この日本家屋、元々はフランスの外交官夫妻の所有でした。別荘ではなく、ここに暮らしていたそうです。フランス人の外交官が70歳(!)で日本人女性と再婚され、95歳で亡くなられた後も、彼女が一人で住んでいました。その女性も亡くなり、遺言でお手伝いさんに相続されました。お手伝いさんは近所に自分の家がありそこで生活をしながら、ずっとご夫婦が住んでいらした時のように掃除をし、手入れをされていた。けれど、高齢になったので手放すことになり、イチリンハナレの経営元が買ったのでした。
 メイン・ダイニングの場所は三部屋をぶち抜いたそうです。別々の部屋だった空間が、あのカウンターで一つにまとまっているわけです。今のところ一部を除き客席は片側だけで、シェフズ・テーブル的に使われておりますが、いつかこのカウンターを貸し切って26名で食事会を開催してみたいですね。
 すみません、なにしろバブル世代なもので。

店舗データ

イチリンハナレ
住所:神奈川県鎌倉市扇ガ谷2-17-6
電話: 0467-84-7530
営業:11:30-15:00(LO 13:00)、17:30-22:30(LO20:00)
月曜定休(年末年始は12月27日まで営業、1月6日より営業開始)
要予約
平均予算:ランチ5,000円、ディナ—15,000円

著者プロフィール

  • 甘糟りり子
    作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』(ともに講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本も好評。読書会「ヨモウカフェ」主宰。

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