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巨匠に学ぶ人生学①|料理人人生50年 ピエール・ガニェール氏が今思うこと

人として生きることは、喜びもあるが悩みもつきない。一つのことを極めた人の人生観や言葉には、生きるためのキーワードがあふれている。料理人人生50余年。料理界の歴史に名を刻み、つねに先頭で牽引してきた巨匠・ピエール・ガニェールにインタビュー。料理人として半世紀走り続けてきた世界の巨匠が語る”人生の軌跡”と”今思うこと”とは。

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―料理人になって50余年。振り返ってみて、18歳のときに今の自分の姿は想像できたでしょうか?

 それは難しいですね。誰も将来の自分を想像することはできないですよね。でも振り返ってみて、毎日健康でいられることにただひたすら感謝しています。それから素晴らしい家族、仲間がいること、一緒に仕事をしてくれるパートナーがいることに心から感謝をしています。

 毎日メニューを考えたりすることなど、この職業は集中する必要があります。そこに対して少しフラストレーションを感じることもあるけれど、それは職業の宿命として受け止めている。50年やっても、そう思いますね。

―1981年にサン=テティエンヌでレストラン【ピエール・ガニェール】をオープンした後、5年後の86年に2つ星、93年に3つ星を獲得。ご自身のキャリアの中で、どんどん評価があがってきたときにどう感じられましたか?

 2つ星がつく少し前に日本に初めて行ったことを覚えています。

 ミシュランの星の獲得については特にそれについて考えることはなく、とにかく目の前の仕事をするのみでした。評価は自分でするものではなく、他者の評価で初めて成り立つもの。自己満足でもいけない。自虐的でもいけない。そのバランスを保ちながら自信を持ち続けることが必要です。よく言われるけれど、人生というのは常に新しいスタートの連続だととらえています。毎日自分自身をこうするんだという自分への説得、あるいは、他の人を説得し続けることも必要。よりよい仕事を保つことのエネルギーが必要。その連続なのです。

    厨房で料理を盛り付けるピエール・ガニェールシェフ。日本の【ピエール・ガニェール】赤坂洋介シェフがサポート

―とはいえ、いろんな声が入ってしまうから、バランスを保つことは難しいと思います。どうやってブレないような状態にされているのでしょうか?

 謙虚であること。人の話を聞くこと。集中しつづけること。流行にとらわれすぎないこと。今という時代は情報が溢れていて、毎日のように“また新たな天才が生まれた”というようなニュースに触れるわけですが、周りで起こっていることに注意を払いつつ、決してそれに振り回されることなく自分の芯となる部分は保つことが大切です。

 自分をよい状態にするには、ある程度のストレスも大事だと思っています。でも、ストレスがありすぎるのはダメです。また、私自身は“ナンバーワンシェフではない”ということを受け入れているつもりです。確かに名前が知られているかもしれませんが、常に批判もある。それにいちいち振り回されていては気が狂ってしまいます。批判はありつつも動じない。どこででもナンバーワンと認められるわけではない、それを認める、ということです。

―ガニェールさんのお料理は前衛的でアーティスティックな料理という印象があります。一番最初にご自身のお店に立たれたときから、明確な料理のイメージはあったのでしょうか?

 自分の名前の店をやるときというよりもさらに前、父親の店を継いだ後、1977年に自分のために料理をしようと思ったんです。

 そう思ったとき、今までとは違うやり方で料理をしないといけないと感じました。さらに先を追及したい、違う組み立て方をしないといけないと思った。しばらくしてから初めて日本を訪れて日本料理を食べたときに、5-6年前から探していたのはこれだったんだ!と大きな発見がありました。料理に限らず絵画、陶芸、花・・・・・・。ほかの様々な芸術のように、料理を通して自分の感情を表現したいと気づいたのです。

    この日即興でガニェール氏がつくった一皿。インタビューしたのは4月末。春の生き生きとした食材がにぎやかに皿を彩る

―その体験は、ガニェールさんに影響を与えた、ということでしょうか?

 ”影響”、ではなく、”共鳴”と言うのでしょうか。多くの欧米の料理人がおかしてしまった過ちは日本の文化をコピーをすること。例えば洗練されたプレゼンテーションをまねする、というようなことは危険だと思います。私自身はそういう風に影響を受けたというつもりはありません。それより、日本の文化に触れたことによって、哲学的な親近感を感じた、ということです。

―振り返ったときに日本に最初に来たときの体験は、やはりすごく印象的な出来事だったんですね。

 若いころは何かをつくり上げて、それが何を意味するかというのに気が付くことはできない。けれど、それをもとにだんだん人生が積み上がり、それが人のヒストリーとなっていく。この経験がその時期最も重要だったかはわからないけれど、強く記憶に残っているのは確かです。

    遠くに見える山、そしてビル群が東京らしい景色。【ピエール・ガニェール】の窓際は絶景を望める

―日本の魅力はなんですか?

 少し矛盾している国だというところ。1つの側面は素晴らしく洗練されたものを持っていて、美しくて、純粋で、ピュア。建築の中にも見えますし、寿司店のカウンターの木のクォリティの良さ一つとってもそうです。洋服もそうです。しかし、その一方で猥雑な面も持っていると思います。日本の洗練された部分は年を重ねるごとにどんどん理解できるようになった。けれどゲームや漫画、という我々と異なる文化、それから男女関係などは私には不思議に映るところがある。そこが面白いです。

―男女関係ですか??

僕は専門家ではないので、そこは詳しくは語りませんが(笑)

    シックで落ち着いた店内

―50年という年月を通じて、料理に対する変化というのはあったのでしょうか?

 ありますね。長いこと、料理は私にとって一種のセラピーのようなものでした。料理を通して精神を表しているような。料理を通して自分の人生を写しているような感覚です。ただ、現在は料理自体が私の人生そのものであることに変わりはないのですが、そこに対する恐怖感というのは減ったように感じます。

 また初めてロンドンに海外展開をしたときから変わったことがありました。以前はすべて自分でメニューを考えて書いたら、自分で料理をしていました。けれど今は私がメニューを考えて各国のシェフたちがさらに私の考えを翻訳して料理をつくっています。それで良くなるときもあれば、そうでないときもある。そこも変化した部分ですね。

―日本では赤坂洋介シェフが翻訳をしているということですね。

 赤坂シェフは昔、料理の仕方がとても日本的だった。けれど彼も年齢を重ねて自分自身のスタイルというのが少しずつ出てきて、日本人的なやり方とフランス文化のうまい感じの組み合わせになってきた。前よりもずっとシンプルな料理になってきていますし、味覚もより繊細になってきている。私は本当にそう思っていなければ言いませんが、赤坂シェフは才能があると思います。

    赤坂シェフがつくる春の一皿

―料理人に必要な才能はなんだと思いますか?

勇気を持つこと。精神的に強いこと。人が好きなこと。 
最後のほんのわずかな部分が、生まれつきの感覚なのだと思います。

―今、ご自身が興味を持っている国や食材、調理法などがありましたら教えてください。

 いろんなものに興味はありますが、特にこれ、というものはありません。

 例えば私の兄弟は他人のことを良く観察しているな、と思いますが、私自身は人のことを観察しません。それは私の欠点かもしれませんが、私は私の考えをもとに料理をつくる。確かに少しは何かの影響をうけることもありますが、人のことは人のこと。ほかからなにか情報を得る、影響を受けるということに時間を割いているつもりはありません。私は私自身の個人的な感情を料理にしている。そこに加えて、ここ数年は自分を取り囲む人に応じながら料理をつくっているという感じです。

    インタビューのときに、心の奥底から言葉をひとつひとつ救い上げるように答えてくれたピエール・ガニェール氏。来日時には店内のスタッフ、一人一人への気遣いも忘れない

―最後にこれからチャレンジしたいことはなんですか?

 特にないですね。ひとつあるとすれば、毎日の暮らしのなかで素晴らしい瞬間をつくるということ。毎日を面白いものにしていくこと、だと思っています。

―シェフの毎日は、すでに素晴らしいことに出会う環境にいらっしゃると思ってしまいます。

 でも、自分でそれは仕向けていく必要がありますよ。

 たとえば今この瞬間もそうですけれど、色々な出会いに対して、きちんきちんとその瞬間に向かい合うということだと思います。きちんと話を聞いてくれる人には耳を傾け、誠意をもって対応する。

 意識をしなければそういう面白い瞬間をつくれないと思います。


この記事を作った人

撮影/岡本裕介 取材・文/山路美佐(ヒトサラ副編集長)

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