甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.7/【バスティーズ】フランス料理
鎌倉暮らしの魅力は、すぐそばに海があること。晴の日も、曇りの日も、雨の日もそれぞれ見せてくれる表情が魅力的です。そんな海を眺めながら、上質なお料理を楽しめるレストランが今回の甘糟さんのおすすめ。大人がデートしたくなる鎌倉ならではのお店は、本当は教えたくないとっておきの一軒です。
打ち合わせや会食で、週に一、二度は都内に出かけます。クルマでも電車でも片道一時間半くらいでしょうか。景色を見ながら考えごとをするこの時間は、生活の句読点のようなものです。都内から戻り、自宅がある江ノ電の稲村ケ崎駅で降りると潮の香りに包まれ、ああ帰ってきたなあと実感します。
原稿に煮詰まったら、134号線沿いを散歩したりジョギングしたりするのが習慣です。江ノ島の向こうに沈む夕陽を眺めると、心がやわらかくなって、こんがらがっていた頭の中身もほどけていきます。
海は私の暮らしの一部です。
鎌倉界隈の海沿いには、サーフショップと同じくらいたくさんのカフェやレストランがあります。あるにはあるけれど、気軽で便利な店ばかりで、大人が夜を楽しむための空間は意外と少ないのです(というか、ほとんどありません)。
そんな中、鎌倉高校駅近くに一昨年オープンしたバスティーズは、待ち望んでいたレストラン。海に沈む夕陽を見ながらゆっくりとアペリティフを楽しみ、波音を聞きながらおいしいものを食べ、ワインの一本でも空けてから、潮の香りに包まれつつ帰路に着く、そんなことができるのです。駅から歩いて1〜2分、江ノ電の線路と海を見下ろす高台の白い一軒屋。東京から遊びに来た友人を連れていったら、「こんなところに住みたい!」とはしゃいでおりました。店名は、「南仏風の別荘、邸宅」という意味の「バスティード」から作られた造語だそう。
店内も白を基調としていて、ブルーの効いたインテリア、隅々に赤いドナセラ。そのままトレンディドラマの撮影に使いたいような空間です。テラスのテーブルにシャンパーニュのグラスが置かれたら、カルロス・トシキ&オメガトライブの『アクアマリンのままでいて』が聞こえてきそう。1988年放送『抱きしめたい!』の主題歌です。若者の憧れるライフスタイルをそのまま取り入れた初めての連続ドラマでした。
バブルに突入するまで80年代、何より「心地良さ」が優先されていました。いわゆるバブリーな物事もまだなくて、贅沢というものに対して健全な憧れと敬意が残っていたいい時代だったと思います。バスティーズのテラスで波の音を聞きながら、ついそんなことを考えてしまいました。
海が見えるテラスですっかりテンションが上がった件の友人は、食事が始まる前から「ここ、デートで来た〜い♡」を連発しておりました。相手がいるからデートをしたいのではなく、こんな店があるからデートをしたい、そう思わせるのは「いい店」の証。料理人の作品を崇めるより、恋愛の原動力になるほうが大切だと思うのは、やっぱり私がバブル世代だからでしょうか。
供される南仏料理はこのロケーション、このインテリアによく似合う品々です。軽いけれど個性があって、フォトジェニック(インスタ映えするともいう)。きっちりしたフランス料理ではなく、リゾットやパスタ、ラビオリなどもメニューに組み込まれています。
今年の初めに就任した新しいシェフは、アマルフィやピエモンテのリストランテで働いた後、青山の「リストランテ山崎」のセカンドを務めていたそう。潮の香りに包まれながらいただいた魚介はもちろん、「ヘーゼルナッツをまとった仔牛フィレ肉のロースト ピエモンテ州のツナソース」の香ばしい感触が忘れられません。コースは月替わりなので今はオン・メニューではありませんが、いつかもう一度食べたい一品です。
オーナーソムリエの選ぶワインも、海を意識したもので揃えられています。南仏やイタリアのワインが中心ですが、フランスはコニャック地方のウィスキーなども揃えてあります。
ここで一つ、「トレンディ」な提案をいたしましょう。シャンパーニュかスプマンテの際は、波の形をしたシャンパーニュグラスをリクエストしてみて下さい。これはスガハラグラスのもので、下の部分が不規則に波打っています。このグラス越しに海を見ながら金色の泡を楽しむのはいかがでしょうか。夕陽がきれいな日なら、ロゼでもいいかもしれません。ただし、このグラスはテーブルに置く際に少々不安定なので、酔っ払い過ぎないこと。
散歩やらジョギンやらサーフィンやら、海を見慣れた私でもバスティーズの店内からの景色は新鮮だし、心が踊ります。その度に、晴れた日ははなやかな、曇りの日は色っぽい、雨の日はせつない、海の新しい表情を見つけるのです。
バスティーズ
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住所:神奈川県鎌倉市腰越1-3-11
電話:0467-40-4232
営業:ランチ/11:30~14:00(L.O)
ディナー/10月~3月 17:00~20:00(L.O)
4月~9月 17:30~20:00(L.O)
定休日:水曜日 休日の場合は翌木曜日休
要予約 -
著者プロフィール
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甘糟りり子
作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』『産まなくても、産めなくても』(ともに講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本も好評。読書会「ヨモウカフェ」主宰。
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