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更新日:2018.05.18デート・会食 旅グルメ 連載

甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.6/【マンナ】

由比ヶ浜通りから少し入ったところに、ひっそりと店を構える【マンナ】。料理をつくること、おいしいといって食べてくれるお客様を喜ばせることが大好きな女性シェフのレストランです。甘糟りり子さんが愛してやまない「シンプルだけれど、抜群においしい」料理の数々は、食いしん坊を今日も笑顔にしています。

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心地よい満足感は”最上級の普通”が運んでくれる

 少し前のこと、都内某所の話題&人気だというレストランに行きました。メニューはコース一種類のみ、店指定の時間にいっせいスタートです。毎皿毎皿、どこそこ産のなんとかが凝りに凝ったオリジナルの調理法で供されました。なんというか、シェフの実験に参加している気分。何を食べているんだか&おいしいのかそうでないのか、よくわからないまま店を後にしました。百に一つ、いや千に一つかもしれないけれど、こういうものの中から次の時代の定番が生まれると思うので、否定はしません。フォアグラのテリーヌだってピータンだって、きっと最初は「何やら訳のわからないもの」だったはず。

でも…。
やっぱり…。

 素材をストレートに味わえて、情報や知識でなく、舌と胃袋で納得してしまう、そういうのが本来の醍醐味ではないかと思います。食べるという行為の。
改めてそんなことを考えたのは、先日マンナを訪れたから。由比ヶ浜通りから少し奥まった住宅街にあるイタリア料理の店です。久しぶりだったのですが、注文したものがすべておいしかった。というより、注文したもの以外も含めてフォカッチャも水もみんなおいしく、心地よい時間だったのです。

 この店のおいしさには一貫性があります。調味料や調理法は食材を引き立てるためにしか存在しないのです。作り手の野心や自己顕示欲なんて一切ありません。ましてや、店や料理がシェフの名前をアピールするための道具では、決してない。言葉にすると当たり前のことなのですが、当たり前ではないケースをよく見かけます。

 この日注文したのは、トマトとモッツァレラのサラダ、グリル野菜、鴨のロースト。例えば、トマトとモッツァレラという、いたって普通のメニューが普通にとにかくおいしい。矛盾したいい方ですが、最上級の普通、といったらいいでしょうか。私はこうしてレストランや料理店についてあれこれと書いておりますが、本来は「おいしかった。以上」で済むのが粋な距離感なんですよね

 シェフは原優子さんという女性です。イタリア料理の褒め言葉で「男っぽい」というのをしばし耳にします。ジェンダーに関する物事や表現に意識が高まっている昨今はなおさら、大雑把にそういう形容をするのは気をつけたいですが、あえていえば、彼女の料理は、塩とオリーブオイルを思い切りよく使う男っぽさもあれば、ハーブを巧みに使う女性らしさも感じます。

 以前は同じく鎌倉で別の名前でレストランをされていましたが、2009年の9月に「マンナ」をオープン。開業1日目に腸閉塞を起こしてしまいます。痛みを堪えて最後のお客にエスプレッソを出した後、着の身着のまま病院に駆け込みました。入院中、原さんを助けようと仲間のシェフたちが食材を引き取りにきて驚いたそうです。こんなに質のいい食材ばかり使っているのか、と。もちろん、マンナでは、どこそこの何々でござい、なんていう風に出てくるわけではありませんけれど。

 野菜は主に鎌倉の農協連合販売所。毎朝行くそうです。私も時々買い出しに行くので、「農協のトマト、紀ノ国屋より高いことがありますよね」といったところ、原さん曰く「トマトって、お金をかければいくらでもおいしくできちゃうんですよ。それが家庭で必要かどうかはわかりませんけれども」とのこと。

 おいしいものは大好きです。こだわりにも敬意を払っています。しかし、こだわりが目的になるのは品がないということも忘れたくないと思いました。

 メニューは白い紙に手書きしたもののコピーです。A4サイズの紙にびっしりと並んだ膨大なメニューを見て、あれこれ目移りするのもこのお店の楽しみ方。欲張りな私は、いつも迷います。開業以来何度も訪れているのに、まだ食べたことのないメニューがある。数えてみたら、この日は全部で82種類でした。マンナは全16席、シェフは原さん一人です。満席だと、出てくるペースがどうしても遅くなりますが、待ち時間も含めてがマンナの味わいなのです。

 82種類のうち、デザートは21種類。『ゴッドファーザー』にも出てくるシシリアの代表的なデザート・カンノーリから小豆のパウンドケーキまで、多彩です。小豆のパウンドケーキがおいしくて、無理をいってワンホールお土産用に焼いてもらったこともあります。正直なところ甘いものはそんなに得意ではないのですが、マンナのデザートは甘過ぎず、素材を楽しめるので大好き。デザートでもやっぱり素材、食材の大切を実感したのでした。

 都内から打ち合わせにいらした編集者を連れていってこともありますし、友達や家族で伺うことも多いのですが、一人でオープンキッチンのカウンターに座ったりもします。彼女がこだわったカウンターなのかと思いきや、内装を手がけた建築家の方が、ご自分がカウンターで飲んだり食べたりしたくて作ったカウンターなんだとか。ある時は隣もたまたま一人でいらしていた他店のシェフで、その場で予約をお願いしたこともありました。場合によってはルール違反かもしれませんが、このお店の雰囲気が許してくれていると勝手に思っています。

 シンプルで明るくて、そこにモードなエッセンスが一滴だけ垂らされた空間も含めて、ありそうでなかなかないお店、それがマンナです。

マンナ

  • 住所:神奈川県鎌倉市長谷2-4-7
    電話:0467-23-6336
    営業:12:00~14:00(LO)、18:00~20:30(LO)
    定休日:日曜日、第1・3・5月曜日
    できれば予約を

著者プロフィール

  • 甘糟りり子
    作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』(講談社)は6刷に。そのほか『産まなくても、産めなくても』(講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本も好評発売中。読書会「ヨモウカフェ」主宰。

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