甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.5/【カフェ・ヴィヴィモン・ディモンシュ】
海に行くにも、山に行くにも気持ちがいい4月から5月にかけては鎌倉がにぎわう季節。あたたかな日差しに誘われてお散歩がてら寄りたいカフェが鎌倉にはいくつかあります。甘糟さんのお気に入りは、小町通りから少し入ったこちらのカフェ。1994年のオープンから24年たっても当初と変わらない心地よい空気が流れています。
パソコンの横にコーヒーが注がれたカップと水が入ったグラスがないと、原稿を書き始められません。いれたてのブラックコーヒーを一口か二口味わってから、キーを叩き始めます。儀式のようなものかもしれません。もしくはおまじないというか。コーヒーは私にとって大切な仕事道具であり、生活の句読点であり、健康のバロメーターでもあります。
コーヒーの豆を買うのは鎌倉駅東口近くの【カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ】。
おしゃれなおじさん二人が描かれた緑色の看板が目印です。ここは1994年4月のオープン以来、長く愛されているカフェ。平日でも行列ができていることがよくあります。
店の奥で十数種類のコーヒー豆が売られています。産地はグアテマラ、エチオピア、ホンジュラス、ニカラグア、ブラジル、ペルー、インドネシアなど。それぞれ「チョコレートのようなビター感があり焼き菓子にぴったり。ミルクにも合います」とか「一番人気のある中煎りです。メロンパンのような香り」とか、短い説明がついています。買ったことのある豆でも改めてどんな香り&味なのか興味をそそられ、いつも迷います。それから、パッケージがおしゃれ。こげ茶のパッケージに金色の文字で産地や銘柄が書かれていて、封を開けるとそのまま保存容器になります(時々、白地に黒文字もあり)。
ここで豆を買うようになって、コーヒーの醍醐味は香りだと改めて思い、家のコーヒーミルが壊れたままだったので、電動のミルに買い換えました。豆を挽きながら香りを楽しむところからが、私のコーヒータイムです。
豆だけでなく、ディモンシュのオリジナルカラーのドリップボトルやミル、豆を入れる缶やお砂糖など、コーヒー周りのものはほとんど揃います。一回使い切りのドリップコーヒーもいろいろな種類があります。お土産や差し入れにオススメです。
鎌倉きっての観光エリア・小町通りのほど近くにあるのですが、ここの賑わいは観光地的喧騒とは別。豆を買いがてら、一人でお茶を飲んだり、ランチを取ることもあります。
私が好きなメニューは「ムケッカ」。ブラジルの魚介シチューです。魚介の他にトマトやニンニク、玉ねぎなどを水を使わずに煮込むのが特徴だとか。ココナッツミルクの風味とパクチーがきいていて、辛くないタイカレーといったらいいでしょうか。薬味にはヤシの芽のピクルスやライム。ブラジルのピメンタという辛いソースも供されます。好きな味に変えながら食べるのが楽しいです。ムケッカそのものはマイルドな味わいなのですが、後を引く。ここ以外で食べたことがないせいか、メニューを見るたびに、あの味を反復したくなります。もっと知りたくなるのですね。とろとろのオムレツやお店のシンボル的メニューのワッフルと迷っては、結局ムケッカを注文してしまいます。
それから、ぜひ味わっていただきたいのはアイスコーヒー。正直なところ、コーヒーとアイスコーヒーは別の飲み物だと思っていました。アイスでは本来のコーヒーの醍醐味は味わえないとタカをくくっていたのです。でも、ディモンシュのは違う。時間をかけて水出しされたコーヒーはゆっくり味わうだけのことはあります。溶けると味が薄まることはありません。氷もアイスコーヒーで作られていますから。コーヒー豆の形をした氷というのが、おもしろい。細部まで手を抜かないってかっこいいなあと思います。
お化粧室にはそのお店の個性がこぼれている、そんなことをこの連載でもしょっちゅう書いておりますが、ディモンシュのお化粧室にはポスターやフライヤーがいっぱい。映画や本の宣伝だったりイベントの告知だったり。文化の発信の場になっているのです。いっておきますが、やたらと常連が幅をきかせている喫茶店やスナックみたいな空気は皆無ですよ。でも、ここのお店の、というか店主の堀内隆志さんのセンスが一つのきっかけになって、情報が集まってくるようです。さりげなさの定義や心地良さは人それぞれかと思いますが、私は堀内さんが作り出すさりげなさが大好きです。本当に心地よい。
少し前、ここでグアテマラのコーヒー豆を飲み比べ&グアテマラ料理のランチというイベントに参加しました。
この時、コーヒーの果実は赤いことや、グアテマラという国は常春ということを知りました。コーヒーが元は赤かったなんて! 驚きでした。
一人で参加したのですが、楽しかった。地図とスライドを見ながら解説を受け、いろいろな地方の農園のものを味わいました。中でも、インヘルトというところのコーヒーは格別でした。年代物の赤ワインみたいな味わい、といったらいいでしょうか。こんなコーヒーがあるのかと思いました。独特の風味です。ディモンシュでも買えますが、200gで5,000円とお値段も格別。パッケージは黒地で文字は銀色です。自分へのご褒美というフレーズが苦手ですが、何かの記念に買いたいと思っています。お店では一杯950円で飲めます。
ヴィヴィモン・ディモンシュという店名は、フランソワ・トリュフォーの映画から。日曜日が待ち遠しい、との意味です。
何年前かは忘れましたけれど、このしゃれた店の名前は、東京の友人から教えられたのでした。確か、開店して間もなくだったはず。おしゃれ番長的なキャラクターの友人に、鎌倉に家があるのにディモンシュを知らないなんて信じられない、とかなんとかいわれたことを覚えています。友人の圧のかかった物言いとおしゃれな店名に気後れして、長いこと足を運ばずにおりました。おいしいコーヒー豆を探している時にふと思い出し、勇気を振り絞ってここのドアを開けました。最近では、まるで開店当初から通っているような振りをしております。
新しいカフェやらレストランやら数多の飲食店ができてはなっていく鎌倉。最近、そのスピードが早まっている気がするのがこちらの年齢のせいでしょうか。せめて20年は開業していて欲しいです。でないと、街になじみませんから。
カフェ・ヴィヴィモン・ディモンシュ
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住所:神奈川県鎌倉市小町2-1-5 桜井ビル 1階
電話:0467-23-9952
営業:8:00~19:00
定休日:水曜、木曜 -
【カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ】
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電話:0467-23-9952
住所:鎌倉市小町2-1-5 桜井ビル 1F
店舗詳細はこちら >
著者プロフィール
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甘糟りり子
作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』(講談社)は6刷に。そのほか『産まなくても、産めなくても』(講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本も好評発売中。読書会「ヨモウカフェ」主宰。
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