冷たいだしが決めての蕎麦『冷やかけ』/月島【由庵 矢もり】森脇慶子の今月の気になるヒトサラVol.7
こう暑い日が続くと食べたくなるのが、冷たい蕎麦。森脇さんのイチオシは月島の裏路地にひっそりと店を構える【由庵 矢もり】の『冷やかけ』です。蕎麦懐石のひと品として登場するこの冷たいお蕎麦は、ほんのりと酸味がきいた、さっぱりとしたおだしがポイント。暑気払に、ぜひ。
独自の配合でつくる、”だし”がうまい!『冷やかけ』
ゆで加減は、蕎麦の色で見極める。「透き通った感じになればOK」とは矢守さん
『冷やかけ』…………。
近頃では、夏の蕎麦だねとしてすっかりおなじみになったこの一品を、初めて口にしたのは確か伊豆修善寺の【朴念仁】だったと記憶している。
今を去ること19年前、現在は、群馬富岡で蕎麦を打つ石井仁さんが、東京から修善寺に移り住んで始めた、蕎麦通にはつとに知られた名店でのことだ。やがて、そのレシピは石井さんがプロデュースした銀座【流石】に受け継がれ、薬味意外は具も何もない文字通りの冷たいかけ蕎麦は、次第にブレイク。ここ数年は、各店各様、様々な冷かけバージョンがお目見えし、夏の涼を運んでいる。
『冷やかけ』用にとっただしと、かえしをあわせて冷蔵庫で冷やしたものを、ゆでて氷水で締めたそばにかける
とはいえ、この『冷やかけ』、かけ蕎麦をただ冷やせばいいといった単純な代物だと思ったら大間違い。「温かい時と冷たい時では、舌に感じる感覚が変わってくるので、当然、かけ蕎麦と冷やかけでは、だしもかえしも変わってきます」きっぱりとこう言い切るのは、矢守昭久さん。月島の路地裏にひっそりと店を構える蕎麦の名店【由庵 やもり】のご主人だ。
おまかせのみの同店では、この『冷やかけ』が夏の蕎麦懐石の2~3品目に登場。夏バージョンの前菜としてコースを飾っている。
『鯵の炙り酢じめとモロヘイヤ、ミョウガの冷やかけ』。おだしが美味
小ぶりなガラスの器で登場する同店の『冷やかけ』は、ひんやりとしただしの中を泳ぐようにして蕎麦がたゆたふ。そして、蕎麦の上には、酢じめにして軽く炙った鯵にモロヘイヤ、ミョウガや白瓜の雷干しが品良く盛り付けられ、 見るからに涼しげだ。まずは一口、冷涼なだしを啜る。凛とした味わいの中、 淡く深い出汁の旨味が静やかに舌に染み渡るようだ。
微(かす)かに感じる酸味が清涼感をより募らせる中、続けざまに蕎麦を啜り込めば、やや細打ちにした蕎麦は喉越しも涼やか。モロヘイヤのとろみの力を借りた冷たいだしが、蕎麦に絡みつく塩梅も精妙だ。
『冷かけ』のだしの材料。手前左から時計回りに真昆布、宗田節、鯖節、本格節
この冷たいかけ汁、実は結構手が込んでいる。矢守さん曰く「温かいかけ蕎麦のかえしが、白醤油と薄口醤油、みりんの3種に対し、冷かけの方は、薄口醤油とみりんに梅干、そしてほんの少々の酢を入れています」
もちろん、だしも別立て。真昆布、鯖節、宗田節、本枯節と材料は、温かいかけ蕎麦と同じながら、配合を変えているそうで、冷かけは全て同割り。対して、温かいかけ蕎麦は、本枯節、宗田節、鯖節の比率を3:1:1にしているそう。かけ蕎麦よりも冷やかけの方が宗田節と鯖節が多くなるのは、だしのコクをより深めるため。冷たいと旨味を感じる微妙な舌のセンサーが鈍くなりがちだからだ。そして隠し味に加えていたであろう梅干のキリリとした酸味、これもポイントの一つ。僅かに酸味が加えわることで味全体が引き締まり、と同時に食欲も刺激!思わず大盛りで食べたくなるのは、私だけではないはずだ。
本日の『冷かけ』の蕎麦は、北海道摩周のキタワセ
加えて矢守さんの蕎麦に対する思い入れの深さも見逃せない。蕎麦は、全て手挽きが基本だが、江戸蕎麦をこよなく愛する矢守さんのこと、電動の石臼で挽いた蕎麦粉をつなぎ代わりに2割ほど加え、江戸蕎麦ならではのなめらかな喉越しを表現している。
しかも、手挽き用の石臼も4台を駆使。それぞれ材質の違う石でできているため、当然、挽き加減も異なってくるわけで、いわばそれが妙味。冷かけにはやや微粉気味に挽いた蕎麦粉を用いているそうだ。
『冷やかけ』は、だしと蕎麦のマリアージュ。
バランスの妙を味わう逸品でもある。
カウンター席の1階、2階に4名掛けの個室。冷かけは、7800円~のコースに登場。具は時々で変わる
店主・矢守昭久さんからひと言
春はぶっかけ、夏は冷やかけ、秋は温く蕎麦、冬は釜揚げと季節で変えています。『冷やかけ』は冷たいだしがいかにも夏の蕎麦という感じで、季節感を打ち出せるところが魅力ですね。
【由庵 矢もり】
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住所: 東京都中央区月島3-9-7
電話: 03-6225-0633
営業時間:18:00~22:00(完全予約制)
※冷やかけ希望の場合は念のため予約時に確認を。
定休:日曜・祝日
料理:コースのみ 6,800円~
撮影/岡本裕介 -
この記事をつくった人
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森脇慶子
「dancyu」や女性誌などで活躍するフードライター。綿密な取材と豊富な経験に基づく記事は、読者のみならずシェフたちからも絶大な信頼を得ている。日々おいしいものを探求すべく新旧問わず様々な店を訪問。選者を務める「東京最高のレストラン」(ぴあ)も好評発売中。
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