更新日:2019.08.16グルメラボ
日本の食文化を世界に! 世界の首脳を唸らせた、G20夕食会のメニューの裏側とは?
2019年6月28日29日の2日間、日本が初めて議長国を務めたG20サミットが、大阪で開催された。G20メンバー国に加えて、8つの招待国、9つの国際機関の代表が参加し、国内で開催した史上最大規模の首脳会議となった。その主要国のリーダーたちの晩餐会の料理を担当したのは、【日本料理 龍吟】山本征治氏と、【NARISAWA】の成澤由浩氏。その一切のプロデュースをゆだねられたのは辻芳樹氏率いる辻調理師専門学校。世界を動かす食卓で、どのように日本を表現したのか。辻芳樹氏と栄えある2人の料理人に話を聞いた。
多様性に対応する7通りのメニューを
ベースとした世界基準の日本料理
6月28日:G20 夕食会メニュー~夏の到来~
焼きトウモロコシのフラン
甲殻類のジュレ 紫蘇の葉
~はしり~
鱧と泉州水茄子のお椀
~手毬~
自然薯とれんこんの餅と色鮮やかな根菜
蔵囲い熟成利尻昆布と野菜のお出汁のお椀
~風土~
鮟鱇の香煎揚げ 温野菜 生野菜の胡麻だれ
~夏祭り~
賀茂茄子の夏祭り仕立て 味噌と紫蘇の香り
~森の風景~
但馬牛の竹炭包み 若笹の香り
二色の麹発酵ソース 太閤ごぼう
十六穀米と舞茸の炊き込みご飯 花山椒の香り
~森の風景~
ビーツの炭火焼き 閤ごぼう舞茸の炊き込みご飯
~日本の夏の贈り物~
白桃
茶菓子
首脳夕食会の料理テーマは「サスティナビリティーとガストロノミーの融合」
テーブルコーディネーターの木村ふみ氏による、凜としたテーブルセッティング
――G20夕食会のプロデュースを依頼されて、どのような思いでしたか?
辻芳樹さん:(以下辻、敬称略) G20と言っても、実際は招待国や関係国際機関の代表を含め、40以上の国の首脳が来日される。これほど多くの国の首脳陣が一時期に来日されるのは、日本の歴史の中でも初めてのことと聞き、身の引き締まる思いでした。早速、多様な価値観、宗教をお持ちの方々にくまなくお楽しみいただくためにはどのような食を提供すべきなのか、検討を始めました。しかしながら、2000年の九州沖縄サミットも経験ずみでしたし、国際的な社交の場での食のありかたについては、常日ごろから考えていましたので、テーマはすぐに決まりました。
――そのテーマとは?
辻:「サステナビリティとガストロノミーの融合」です。日本の豊かな自然の中で育まれた食材、食文化を、現代的な調理技術を加えることで、異文化の中でも受容できるように変換し、“世界基準の日本料理”を提供することです。同時に多様な宗教、哲学、信条をお持ちの方をもてなすために、ハラール、ベジタリアン、ビーガン、グルテンフリーなど8つのグループに分けてメニューを組み立てるほか、個々に嗜好やアレルギーを問う事前アンケートを実施しました。そうした状況のもとで料理を提供するために、常日頃から食で日本を表現することに心血を注いでいる【NARISAWA】成澤由浩氏と、【日本料理 龍吟】山本征治氏に依頼しました。
首相陣も写真を撮影した場所で、当日調理を担当したチームで記念撮影
――無事終えられての感想は。
辻:これほど料理を楽しめた夕食会はないと各国首脳から言葉をいただけたことは、幸いでした。ただ、材料の調達という面では「G-GAP(*)」、「MSC(**)」といった国際規格を100%満たすことはできませんでした。可能な限りトレーサビリティに配慮しましたが、日本が環境問題の意識において遅れをとっているという現実にも直面しました。その点は今後の課題になってくると思います。
*G-GAP(Global Good Agricultural Practice:適正農業規範) 農業性差案における様々ね面での持続性に向けた取り組み。ヨーロッパ発の世界認証。
**MSC(Marine Stewardship Council:海洋管理協議会)この認証を取得して漁業で獲られた水産物。
「日本というものを、日本料理の枠にとらわれることなく感じてもらいたいと考え、メニューを組み立てました」
【NARISAWA】シェフ 成澤由浩氏-
日本の里山にある豊かな食文化と先人たちの知恵を探求し、料理で表現するイノベーティヴ里山キュイジーヌ"という【NARISAWA】独自のジャンルを確立。2013年英国SRA持続可能なレストラン調査機関 The Sustainable Restaurant Awardを世界最高得点で受賞。 "世界のベストレストラン50" に10年間連続で選出。2018年「国際ガストロノミー学会」の最高位Gran Prix de l’Art de la Cuisineを受賞。森をテーマにした【BEES BAR by NARISAWA】を2018年4月にオープン。
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――辻芳樹さんから声がかかったときにはどんなお気持ちでしたか?
成澤由浩さん:(以下成澤 敬称略) 光栄なことに、このプロジェクトは成澤さんが受けてくれなければ始まらない、とまでおっしゃっていただけて、大変うれしく思いました。その理由が「【NARISAWA】で、日々食を通して、日本の魅力を発信しようとしているから」と。60数か国の首脳へ向けて料理を作るということは、まさに、日頃の思いそのままですので、ありがたくお受けしました。そしてもう一つ、山本さんと一つのチームとして仕事ができるということもとても喜ばしく思いました。それは何より、うちの若い子たちにとってどれだけ、勉強になるかと思ったからです。スタッフは皆、その日を心待ちにしていました。
――何か辻さんからのオファーはありましたか?
成澤:まったくなかったです。自由に表現してください、とのことでした。外務省からも、料理について、私たちが言えることはありませんと(笑)
「~手毬~ 自然薯とれんこんの餅と色鮮やかな根菜 蔵囲い熟成利尻昆布と野菜のお出汁のお椀」 色とりどりの根菜で繊細な手毬の姿を表現
――では、どのようにしてメニューを決められたのでしょうか?
成澤:もちろん、今回は食が主役ではなく、外交を目的とした会合ですから、食べることに集中できるわけではありません。時間も1時間20分と大変に短い。けれど、食事を通じて場が和まなければいけない。そうした制約の中で、日本というものをわかりやすく、しかも従来の日本料理の枠にとらわれることなく、感じていただきたいということを一番に考え、メニューを組みました。
――具体的な料理の意図を教えてください。
成澤:まず、手毬椀。ベジタリアンや魚が食べられない方など、半数近くの方が、こちらを召し上がられました。真薯のかわりに自然薯とれんこんでもちを造り、色鮮やかな根菜をまとわせ、日本古来の手毬を表現しました。だしも野菜、椎茸、トマトのだしを合わせ、さらにオリーブ油やこしょうをきかせることで、世界中の人の味覚の記憶にある味を引き出し、親しみやすさを演出しました。
「~夏祭り~ 賀茂茄子の夏祭り仕立て 味噌と紫蘇の香り」 山車に見立てた賀茂茄子のミルフィーユに華やかな花のシートをかぶせて
――メインディッシュはどうでしょう。
成澤:メインディッシュでは、今回のテーマである、ガストロノミーとサステナビリティの融合そのままに、皿の中に「森の風景」を描きました。笹の葉に包んでオーブンで焼き上げた牛肉、その奥にある木の幹のようなものは、太閤ごぼうという直径6cmほどのごぼう。滋賀県で1年かけて育て、その後、室で追熟します。それを甘辛く炊いてくり抜き、16種の炊いた雑穀を詰め、花山椒をあしらいました。緑と黒のこけは、おからでできています。さらに発酵させた米麹に赤じそと梅干、木の芽と白味噌でそれぞれ風味をつけたソースを添えました。日本の食文化、森の風景を一皿に詰め込みました。皿もこの日のために、僕がデザインして多治見で焼かせました。皿も焼きたてです(笑)
――材料の調達はどのようにされたのでしょうか?
成澤:今回使った材料はすべて、普段からNARISAWAで使っている食材です。例えば神戸ビーフも、素晴らしい環境でパーフェクトな育て方をしている、勢戸さんという一人の生産者ヵら60人分70kgを仕入れました。丁寧に健康的に育てた牛肉というのはなんといっても赤身が美味しいので、ランプを使用しました。今回、G20のお話しを受けた中には、日ごろからお世話になっている生産者の素材を晴れの舞台にのせたいという気持ちもありました。
「~森の風景~ 但馬牛の竹炭包み 若笹の香り 二色の麹発酵ソース 太閤ごぼう 十六穀米と舞茸の炊き込みご飯 花山椒の香り」 日本の原風景を盛り込んだ一皿
「日本料理の豊かな心と精緻な技術を同時に伝えられる食材を選び、椀や揚げ物に仕立てました」
【龍吟】山本征治氏-
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先人から学び、かつ探求を続けた技術や知識で季節の食材の“旨さの力”を最大限に生かす料理をつくり続ける。2004年頃より、世界の料理学会に積極的に参加。世界のベスト レストラン50においては、最高位20位に選出。フランスの食専門誌『LE CHEF』による「世界のシェフ100人」において、5年連続トップ10入りを果たす。ミシュランガイド東京にて8年連続三ツ星を獲得。2012年香港に「天空龍吟」を、2014年台湾に「祥雲龍吟」をオープン。
――辻芳樹さんから、G20のお話しを聞いたときはどんなお気持ちでしたか?
山本征治さん:(以下山本 敬称略) 大変に光栄なことであるのはもちろん、成澤さんとできるなら受けたいと、素直に思いました。というのも成澤さんも私と同じく、日本の食文化をすごく大事にされていますし、また、コラボをほとんどやらない。だからこそ、意味があると思いました。打診のあとに本決まりになった報せをいただいたときには、電話を切ってすぐに料理のイメージがわいていました。
――どんなイメージでしょう?
山本:大阪城で行われると聞いて、ふぐと鱧をやりたいと思ったんですね。なぜなら、ふぐは豊臣秀吉が290年間禁食にし、それを時の総理伊藤博文が山口県で解禁にしたから。ホストである安倍首相の出身県でもあり、ストーリーがあるでしょう。また、ふぐは人の命を料理人が預かるという、世界にも類を見ない日本の技なのです。また鱧も、本来は食べられない食材を、骨切りという技術によって、主役を張れる食材にしたという、日本料理の技術を世界のトップに知らしめることができると思ったからです。
「~夏の到来~ 焼きトウモロコシのフラン 甲殻類のジュレ 紫蘇の葉」焼いたトウモロコシをすり流しにして玉子と合わせてフラン状にし、シマ海老などの旨みをたっぷり添えて
――鱧とふぐを海外の方にご紹介できる、またとない機会ですね。
山本:ところが開催2カ月をきった時点で、やはりふぐは、多くの方に楽しんでもらうには難しい食材であるという決定がなされ、NGになりました。そこで、代案として、さまざまな魚を試しましたが、最終的にはくせがなく、身質が似ているあんこうを使用しました。鱧は夏の龍吟の定番である、なすと組み合わせた椀にしました。普段は賀茂茄子を使うのですが、大阪開催ですので、なにわ伝統野菜の第一号に認定された泉州水茄子を用いました。
実は、鱧の使用にも、ひと悶着あったのですが、外務省の方々に召し上がっていただく試食会をうちで開いたところ、全員のお墨付をいただきました。魚においてはまだまだハードルが高いなかで、日本にしかない魚の味わいを発信できたことはとても価値があったと思います。
「~はしり~ 鱧と泉州水茄子のお椀」丁寧に骨切りした鱧の中に、揚げた水茄子を包み込んだ、ぼたん鱧の仕立て。青柚子の香りと共に
――器などはどうされたのでしょうか?
山本:日本を表現するためには、当然、器も日本の工芸の技術の粋を尽くしたものが必要になってきます。そこで、お椀から敷き皿、箸や匙にいたるまで、すべて私が特注しました。工房の皆さんも力を入れてくださいました。歴史上の公式な食事会で漆の椀が出たことは初めてのことだと聞き、私がやらせていただいた意味があったと、大変に嬉しく思いました。前菜としてお出しした焼きとうもろこしのフランも、毎晩店で出しているものですし、特別の場ではあっても、普段から自分が店で出している料理を供することができたのは何よりでした。
それはとりもなおさず、普段から日本の食文化の豊かさを世界に伝えることに、全力を尽くしていることが認められたことに他ならないからです。
「~風土~ 鮟鱇の香煎揚げ 温野菜 生野菜の胡麻だれ」青森産の鮟鱇をサクサクの衣揚げにし、柑橘を効かせた香り野菜たっぷりのタレを絡ませる。ネギやオレンジの皮を散らし、どんこ椎茸や様々な夏野菜に龍吟オリジナルの胡麻だれを流して
首脳晩餐会 参加国
【メンバー国】
アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、フランス、ドイツ、インド、インドネシア、イタリア、日本、メキシコ、韓国、南アフリカ共和国、ロシア、サウジアラビア、トルコ、英国、米国、欧州連合(EU)
【招待国・国際機関】
オランダ、シンガポール、スペイン、ベトナム、ASEAN議長国(タイ)、AU議長国(エジプト)、チリ(APEC議長国)、セネガル(NEPAD議長国)、国連(UN)、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、世界貿易機関(WTO)、国際労働機関(ILO)、金融安定理事会(FSB)、経済協力開発機構(OECD)、アジア開発銀行(ADB)、世界保健機関(WHO)
取材・文/小松宏子
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