甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.23/【ミッシェル ナカジマ】フレンチ
白を基調とした店内と、気品溢れる料理が人気の【ミッシェル ナカジマ】。過去には「ミシュランガイド湘南版」で一ツ星を獲得したこともある名店です。ここでいただけるのは、心地よい緊張感が漂う美しいフランス料理。広い窓から、四季折々で異なる表情を見せてくれる鎌倉の自然に囲まれて、丁寧な思いでつくられる料理をいただく時間は、特別な日に彩を添えてくれます。
ある秋に訪れた、異国のようなレストラン
久しぶりにミッシェル・ナカジマに行ったのは、ある秋の雨の夜。
客は私たちだけだった。鎌倉には不利な連休明けと平日の夜、そしてひどい雨という条件が揃ってしまったとはいえ、いつもはたいてい満席だからちょっと驚いた。鎌倉でフランス料理といえば、真っ先に名前があがる店である。私たちのためだけに何人もの従業員が動く。正直なところ、少し気が重くなった。こんなドレッシーなレストランで、ワインをボトルで開けるつもりもないのに。
今年でオープンから14年を迎える【ミッシェル ナカジマ】
席に着いてみると、白で統一された空間がよく見渡せた。壁も椅子もテーブルクロスもクッションも、それぞれが少しずつ違うニュアンスを含んだ白、もしくは生成り色。他に誰もいなかったからこそ、白のグラデーションを楽しめた。
中央のテーブルには大きなフラワーベースがあって、柔らかに伸びた緑の葉がたっぷりと飾られていた。スパティフィラムという室内用の植物だそうで、夏になったら白い花が咲く。
白い空間に緑が映え、私はシンガポールのラッフルズを思い出した。サマーセット・モームが「東洋の神秘」と評し、長く滞在したことでも知られるコロニアル調の代表的なホテルだ。カクテル「シンガポール・スリング」発祥の地でもある。
移転のタイミングで置き始めた「スパティフィラム」。まるでお店の成長を見守っているかのような雰囲気をもつ
グラスのシャンパーニュと生ハムが巻かれたグリッシーニでその夜が始まった。
一皿目が「フォアグラと酒粕、安南芋」。次が「帆立貝、下仁田ネギ、紫白菜」。冬野菜でこれからの寒い季節を先取りしている。
三皿目の皿は透明で、そこに深みのあるピンク色のソースが敷かれ、銀色の鱈、緑のクレソンが載せられていた。白い空間はこの色合わせを際立たせるためかと思える。それぐらい鮮やかだった。
ソムリエに白ワインを選んでもらう。ソムリエもマダムも会話や物腰に余裕と落ち着きがあって、店に入った時の気の重さはいつの間にか消え去り、私たちはすっかりくつろいでいた。
ダイニングに入って正面の奥には大きなガラスがある。暗闇にこちら側が映っているのだけれど、時折通る車のライトで瞬間的にライトアップされる。広がる森とゆるやかな坂がちらりと映し出され、モノクロのヨーロッパ映画を思い出した。ヒッチコックとかルイ・マルとか。近隣住民の反対でライトは設置できないそうだが、暗闇も悪くない。
以前、ランチに来た時は窓が額縁となって、緑と坂の景色が絵画のようだった。昼と夜でまったく違う表情が楽しめる。
大きな窓からは、季節のうつり変わりが楽しめる
メインの魚は甘鯛のソテー。香ばしさがみごとである。
肉はエゾ鹿だった。グラスにはまだ白ワインが少し残っていたけれど、鹿に合わせて赤ワインを注文した。エゾ鹿はビーツやラズべリー、カカオで仕上げられていて、森をそのまま食べているようだ。
ある日のディナーコース8000円から一品。ビーツのピューレと共に
デザートの栗のパイ包みは、秋を丸ごと閉じ込めた味わいだった。
フランス料理の技術の重みを改めて思った。私は、おいしい料理に出会うと、いきつけの店では失礼を承知でレシピやヒントを質問してしまう。そのままは無理でも、似たようなものを自分で再現してみたくなるのだが、この店では、そんな気にもならないほど隙がなかった。
秋の定番メニュー。栗の食感が感じられる風味豊かなデザート
食欲を満たすために「食らう」のも楽しいけれど、料理人の技術、そして経験とセンスを堪能することもレストランの醍醐味だ。舞台を鑑賞するような、もしくはコンサートを体験するような、と言ったらいいだろうか。私たちは料理人の「作品」を味わうために楽しさに足を運ぶ。
鎌倉では気軽で率直なイタリア料理やビストロが多く、正統派のフレンチ・レストランはとても少ない。ミッシェル・ナカジマは貴重な一軒である。
この夜の緊張感はとても心地よいものだった。
【ミッシェル ナカジマ】
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住所:神奈川県鎌倉市常盤648-4
電話:0467-32-5478
営業:ランチ 12:00~14:00 (L.O.14:00) 土・日・祝(L.O.13:30)
ディナー 18:00~20:00 (L.O.20:00)
定休日:月曜日 -
著者プロフィール
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甘糟りり子
作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』(講談社)は5刷に。そのほか『産まなくても、産めなくても』(講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本や、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』(河出書房新社)など好評発売中
毎日読み物が更新されるウェブサイト「よみタイ」でも連載中
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