料理、日本酒、酒器。すべて“理”に満ちた【良理】大森
東京・大森に注目すべき新店が2021年6月にオープンした。有名和食店で培った独創的な料理と、店主が心からおいしいと思う日本酒を、作家が魂を込めた酒器で楽しむ。10品前後の料理に合わせた日本酒までいただいて、1万円ぽっきりというなんとも魅力的な【良理】に行ってきた。
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おいしさ、心地よさのための「理」とは
シンプルながらも伊東氏の哲学が生きた料理
東京・大森の地で日本酒だけで勝負する
おいしさ、心地よさのための「理」とは
「理」…“ことわり”を辞書で引くと、「物事の筋道」あるいは「もっともな事」という意味とある。
大森駅を降りてしばらく商店街を横目に歩き、環七を越えた住宅街の一角にある、ここ【良理】には、おいしさの心地よさのための「理」に満ちているのだ。
凛とした空間でありながら、肩肘張らずに過ごせる空間でもあるのが不思議
開店したのは2021年6月。しかし「居抜きでの内装があまり気に入らなくて、できればお客さんには来てもらいたくなかったんですよね」と店主・伊東良馬氏(34歳)は笑う。改装により割烹らしい一枚板のカウンターをあしらえた今は、「いつでも来てください!」と胸を張るほど落ち着きのある空間に。しかし「理」は内装だけではない。
シンプルながらも伊東氏の哲学が生きた料理
その分、すっぽんを江戸甘味噌を使ってシチューのように仕上げたり、豚肉もただ焼くのではなく天ぷらにして相性の良いサツマイモのピュレを添えたり、「味付けや付け合わせなどに工夫を凝らし、シンプルではあるけれどいろんなエッセンスを入れるようにしています」。
『自家製豆腐』はお気に入りの山梨県の「ソイワールド」の豆乳を、大島の「海の精にがり」を使って自家製の豆腐に。同じメーカーの「海の精ほししお」をひとつまみ乗せても美味
それに添えるお酒にも、もちろん伊東氏の哲学が生きる。お客さんに「ビールにされますか? 日本酒を飲まれますか?」と尋ねるように、置いてあるのはビールと日本酒だけ。また伊東氏は勉強のためにソムリエの資格まで取得したという。ビールは申しわけ程度だが、「有名なお酒ならあえてウチで扱わなくてもいいかなと。知られていないけど、おいしいお酒をできるだけ紹介したいんです」と銘酒居酒屋で培った経験を生かし、日本酒は試飲と自身の料理との相性を考えて仕入れたもののみ。
『五目豆のテリーヌ』は見た目は華やかだが、素材の味わいが生きた上品な味わい
大豆、ごぼう、にんじん、いんげん、干し椎茸、近江こんにゃくなどを醤油で風味を付けた出汁でゼリー寄せにした『五目豆のテリーヌ』。添えられた黄身酢には刻んだガリが加えられており、穏やかな味わいのテリーヌへの心地よいアクセントになっている。合わせているのは「文佳人 純米酒 秋あがり」。軽やかな熟成感とコクがあり、野菜の苦味、渋み、出汁の旨みと相性が抜群だ。
『すっぽんシチュー』はアク抜きをあえてしっかり行わないことで、すっぽんの味わいを活かす
こちらはシチューというネーミングだが、味付けには江戸甘味噌を使用。コクと風味がありつつもスッキリした味わいの味噌にすっぽんの旨みがにじみ、クセになるおいしさだ。合わせるのは、亀繋がりで「龜龜覇 純米吟醸」や「楽の世 生酒 滓絡み」といった数年寝かせて熟成した日本酒をぬる燗で。旨みあふれるすっぽんと日本酒の旨みが絡みあい、それでいて日本酒の酸味が口の中をリセットしてくれる絶妙の組み合わせである。
『豚の天ぷら』は、豚のヒレとバラを天ぷらに
豚肉の下には、豚肉と相性の良いバラ肉を下茹でしたスープで煮た、サツマイモのピュレ。そして同じくスープでのばした八丁味噌を添える。赤いものは近江こんにゃく。豚、芋、味噌と旨みたっぷりのひと皿だが、散らした粒胡椒の塩漬けがさっぱりとするアクセントに。合わせるのは八丁味噌と同じ愛知県の「義侠」。冷たくても温めてもおいしく、お好みの温度でどうぞ。
東京・大森の地で日本酒だけで勝負する
日本酒のラインナップは旨みのしっかりしたものを中心に、飲み切りのものを含め約20種。こちらも伊東氏の料理に合わせた順で提供される。ただし、「あまりペアリングは意識していません。お客様の郷里のお酒があればそれを出すし、食材と同じ地方のお酒があればそれを勧めたりと、会話の糸口になるようなものを軽く合わせるくらいです」。そこには「ややこしい説明でお金を取りたくないんです」というこだわりも。
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芳醇な香りのあるタイプでキリッと冷やして味わいたい。左から「風の森」「酔右衛門(よえもん)」「王録(おうろく)」。こちらは伊東氏お気に入りの3銘柄で、常時おいてある。
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しっかりした造りの日本酒たちは旨みにあふれ、燗や常温でもおいしい。しっかりした味わいの料理やコースの終盤に。左から「十字旭日 純米吟醸生原酒」「楽の世 生酒 滓絡み」「龜龜覇 純米吟醸」「竹鶴 生酛 純米原酒」。
【良理】では日本酒のメニューは用意していない。なぜなら伊東氏は酒屋との関係が深く、フレッシュな状態の日本酒を出し続ける事が可能であるから。またメニューがあることで、どうしても同じお酒を頼みがちになってしまうが、お客さんに新しい日本酒との出会いを提供したいという思いが強くあるのだそう。
カウンターから覗く棚には伊東氏がこだわって収集した数々の酒器が
織部、瀬戸、備前、志野、唐津など、日本酒を楽しむ酒器も、お気に入りの作家のもので揃える。徳利やお猪口は、樋口雅之氏(志野焼)、木俣 薫さん(唐津焼)、岩永 浩氏(有田焼)といった伊東氏のお気に入りの作家のもの。既製品もあるが、特別に注文しているものも。「江戸切子は『わぁキレイ』と喜んでもらえるのもいいんですよね」
江戸切子のグラスは、かつて大田区にあったメーカーのもの。遠回しになるが「地元企業を応援したくて」という気持ちもあり、冷酒はこちらで提供
それらが一体となったカウンターでは、料理の美しさや味わいにため息を漏らし、お酒を合わせた際の絶妙な味の絡み具合にムフフと笑みを浮かべ、ちょいとひと休みした時に器の渋さにほぅと関心。さらに時折参加する伊東氏の軽妙な会話に心が和む。そんな客たちに混じって、すぐに自身も同じように楽しんでいることに気がつくはずだ。お酒(約10種)と料理(約10種)を合わせて1万円。カジュアルだけれど上質な時間。これは安いです。
店主の伊東良馬氏。「でも、燗酒にも力を入れたいし、デザートにも凝りたい……。やりたいことはまだまだあるんです」
思い描く理想の店のための“理”に満ちているが、まだまだ完成形にあらず。さらに変化を目指すその志の高さも心地いい。ちなみに、伊東氏の奥様は理子さん。店名は自身の名の「“良”馬」と奥様の「“理”子」からとったという、そのさりげない愛情もいいなぁ。
大森の【良理】。近隣だけでなく、遠来する客も少なくないというのも納得だ。通いがいのある名店の予感しかない。
撮影/今井 裕治 取材・文/武内 しんじ(フリーライター)
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