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更新日:2022.01.22グルメラボ

名シェフを輩出し続ける伝説の名店【シェフス】王三和さんが選ぶ日本酒5選|SAKENOMY

全国1300軒を超える酒蔵や数万を超える日本酒情報をお届けしている、日本酒ソムリエアプリ「SAKENOMY」。日本酒をよりおいしく、楽しんで欲しいと、飲食店のプロが日本酒と料理の合わせ方のコツを提案。今回は【シェフス】の王三和さんが登場。上海料理と日本酒をペアリングしてくださいました。

名シェフを輩出し続ける伝説の名店【シェフス】王三和さんが選ぶ日本酒5選|SAKENOMY

【シェフス】の王三和さん発・「日本酒×上海料理のペアリング」

【シェフス】

【シェフス】が新宿御苑、花園小学校側にオープンしたのは30年前のこと。創業者の故・王恵仁氏は、1930年代の上海フランス租界、一流コックが常駐する裕福な政治家の家庭の出身。幼少の頃から西洋と東洋の食文化に親しみ、料理に大変な興味を持っていたという。

風雲児的な性格の持ち主でもあり、10代前半で哲学に興味を持って中国の寺に入門。仏教の教え、哲学に加え、精進料理も学んだ。その後家族と共に国を出て東京へ移住し、インターナショナルスクールに通い、大学はカルフォルニアへ。帰国後は京都で食べ歩きをするなど食の探求に勤しみ美食を極めていたそうだ。

卒業後、台湾の領事館やホテルのマネージメントを経て伊豆で飲食店のオーナーシェフとなり、料理人としてのスタートを切った。豊かな知識、経験、好奇心を元に生み出す料理は、当時の日本では他では味わえないと評判を呼び、名声を極めて東京へ移転。【シェフス】の誕生となった。

上海料理とはいえ、ラードではなくオリーブオイルを使ったり、黒酢だけでなく日本の米酢を使ったり、隠し味にワインや日本酒、日本の醤油を使うなど、日本人の口に馴染む優しい味わい。素材の味をシンプルに引き立てるための丁寧な下ごしらえによる軽やかな食後感は【シェフス】ならでは。高級食材を並べ立てるのではなく、食の本質を突き詰め、品格や洗練、粋を追求するスタイルが心を打つ。

【ミモザ】(表参道)、【レンゲ エキュリオシティ】(銀座)、【小熊飯店】(北参道)、など今をときめく上海料理の名料理人を輩出してきた【シェフス】で現在腕を振るっているのが、恵仁氏の長女、三和氏。

三和氏もまた語るべきストーリーのある人物。実は中学生までは伊豆で父の仕事を手伝うために厨房に入っていたのだ。しかし、どうしても勉強に専念したく、知人のつてを頼って高校からアメリカへ。大学では建築、コミュニケーションデザインを学びサンフランシスコで仕事をしていた。

2001年の9.11同時多発テロ以降の不景気の波に翻弄され、転職を余儀なくされる中で、料理学校に通ったり、フレンチやベジタリアンのレストランで働いたりするうち、アメリカ初の日本酒専門店で働く機会に恵まれた。そして、料理やお酒のサービスの世界へと引き込まれていくことに。

2015年に帰国し、【シェフス】を手伝いながら、2019年にはアメリカ人のパートナーと共に、八王子で日本酒カフェを開いた(コロナの影響もあって現在閉店中)。また、而今や竹林の蔵元たちと会った折、自分たちが育てた米で酒を作りたいと話していた言葉が心に残り、「私も自分で育てた野菜で料理をしてみたい」と、自ら無農薬栽培の野菜作りにも挑戦し始めたという。

日本で新たな人生をスタートさせた三和氏が本格的に引き継ぐ【シェフス】のこれからが楽しみだ。今回は、上海料理と日本酒をどのようにペアリングしていくのか、三和氏の考えを伺った。

「私は、アメリカで日本酒を勉強することで、今まで知らなかった日本に触れることができ、今までの人生の中で一番楽しい学びになったと感じました。蔵元のお話も心に響くものが多く、お酒にある背景も含めて、お客様の思いとマッチングしていきたいと考えています。酸味、甘みなど味に対して好みは人それぞれです。店側の美味しいを通すだけではなく、お客様がどう味わいたいのかを探りつつ、お料理やお酒を提供したいと思っています。1つのお酒を形違いの酒杯で、あるいは温度帯を変えて提供するなど『面白い』『楽しい』と感じて好きになるチャンスを広げることが私の仕事。そして、お客様には食べて、飲んで幸せになって欲しいと願っています。というのも、【シェフス】という店名は、“幸せを創る人”という気持ちを込めて“喜福司”という字を当てたもの。その父の思いを受け継ぎながら、父が作っていた料理でまだ紹介していないもの、一緒に味わって欲しい日本酒もお出ししていきたい。また、時代に合わせて父の料理に私の見解も加えていきたい。父が好んで作っていた味が、日本酒に合うということを喜びと感じて、今も元気に店を盛り立ててくれる母と共に日本酒の魅力を伝えられる新たな店づくりにも挑戦していきたいと思っています。」

1.『前菜3種(赤ピーマンのマリネ、小鯵の素揚げアニスソース、くらげ大根)』 × 「永寶屋 辛口純米 無濾過生原酒」

レモン果汁、白ワイン、蜂蜜、オリーブオイルで赤ピーマンをマリネした『赤ピーマンのマリネ』は上海料理ではないのですが、父が大好きでお出ししているうちに、【シェフス】の看板メニューになった前菜です。小鯵や鮎など小魚の素揚げを醤油ベースのタレにマリネした一品は、隠し味も紹興酒ではなく日本酒を使っています。父は、シンプルな料理には日本酒の旨みが素材に優しく寄り添いエレガントな味にしてくれると言っていました。ですから【シェフス】の料理は日本酒とも相性がいいのです。

酸味、甘み、醤油味、油の感触など色々な味や食感の前菜料理に合わせてお出ししたいのは、「会津中将」「ゆり」で知られる鶴乃江酒造が、江戸時代に造っていた銘柄を復活させた「永寶屋」です。商品名には辛口と書いてあり、香りは抑え目ですが、ボディには厚みがあります。そして生原酒のインパクトがありながらも飲み心地は穏やかに身体にスーッと染み込んでくのです。1日の疲れを癒してくれるようなホッとする味わいかつ、どこを向いても柔軟に合わせてくれる静かな包容力があるので、前菜何品かをつまみつつの最初の一杯に最適だと思います。

2.『マコモダケと豆苗の炒め物』 × 「秀鳳 純米吟醸 +7 生原酒」

マコモダケは、見た目や味、食感など筍に似ていますが、マコモというイネ科の植物の根元の部分が肥大化した茎のことで、中国料理ではよく使われる食材です。クセがなく、柔らかいけれどシャキシャキとした食感、油との相性が良く、炒めると甘みも増します。豆苗と合わせ、塩味でさっぱりとした味付けに。父が「よくある食材を使ってシンプルに仕上げても美味しくできるのが技術。技術とはセンスだ」と言っていたことを思い出すメニューです。

塩味は、日本酒の旨み、甘みを引き立ててくれます。どんなお酒でも受け止めますが、父の「技術とはセンス」という言葉と重なる蔵のお酒を選びました。秀鳳の蔵人さんたちは皆さんとても腰が低く、「僕たちは技を磨きたくていろんなお米で試しているのです」とおっしゃいますが、何を飲んでも美味しくて、「センスがいい」と感心してしまうのです。今回選んだのは山田穂で仕込まれた熟成生原酒。2020年秋に700本限定で販売されたものです。炒め物の油をすっきり流してくれる爽快感がありつつ、つるんとして角のない丸い飲み心地。熟すちょっと手前の食べ頃のタイミングでフルーツを食べた時のようなちょうどいい酸味と甘みのバランスも見事で忘れられない味になっています。再販売されたら是非飲んで欲しいです。今は入手できないと思うので、代わりに少し辛口になりますが、「秀鳳 純米吟醸 八反」もおすすめです。

3.『車海老の香り蒸し』 × 「開運 純米 ひやおろし」

車海老の中でも大ぶりの明海老(ミンシャ)の背中に包丁を入れてみじん切りのネギとすりおろしたニンニクを詰めます。そして時間をかけてとった自慢の上湯スープと少量の日本酒共に大量の蒸気で蒸し上げ、仕上げに熱々の油を白髪ねぎの上にかけてお出ししています。海老のやわらかく“ふわっ”とした食感を燗酒の“ほわっ”とした飲み心地と共に体験していただけたらと思い、温めておいしいお酒「開運 純米 ひやおろし」を選びました。

この料理も味付けは塩のみとシンプルなので、お酒の旨み、甘みを引き立てます。さらに、純米酒の燗酒ならではのお米感、穏やかな甘みと香りが、車海老の頭から出るミソの濃厚な旨みと素晴らしい相性を発揮します。お酒の温度帯は、ぬる燗から熱燗までお好みで良いと思います。

4.『黒酢豚』 × 「渡舟 純米吟醸 五十五」

Simple is the bestを信念にしていた父は、ピーマンや人参、パイナップルが入っているような酢豚を「センスがない」と嫌っていました。父は豚肩ロース肉のみで作ることもありましたが、私はとろんとしたあんかけにシャキッとした食感の玉ねぎが入っている方が好きなので、最近は薄皮をむいた玉ねぎを加えて作っています。

酢豚は、お肉からくる旨みや黒酢、醤油などの調味料からくる酸味、甘味、旨み、塩味、そして香ばしさ、コクなどの深みもあり、味わいとしてはパーフェクトです。味のインパクトは強いので、やはりしっかりとした味わい、深みを持ったお酒をおすすめしたいです。茨城産の「短稈渡船」を使った「渡舟 純米吟醸 五十五」は、ボリューム感があり、大変味わいの深さを感じます。それでいて綺麗な酸があり、滑らかな飲み心地、キレもあるというバランスの良さで、飽きずに飲み続けることができるのです。

雄町の子どもで山田錦の親として知られる「短稈渡船」ですが、昔は茨城県で育てられていたそうです。育成の難しさから栽培する農家が途絶えていたのですが、府中誉の蔵元は、地元の酒米で作る地酒にこだわり、たまたま保存されていたたった14gの種子から3年かけて復活させたのです。このストーリーには心打たれました。お酒造りにかける思い、情熱など“気”を込めてしっかり作られた酒質には大変力があり、抜栓後も味のバランスが崩れないことに驚かされます。飲食店で扱いやすいお酒だということも伝えたいお酒です。

5.『ラム南乳ソースグリル焼き』 × 「東鶴 実のり 生酛つくり」

ラムは個性の強いお肉です。これを、お豆腐を紅麹、酒、塩、砂糖で醗酵させた南乳(腐乳ともいいます)に浸けておくと肉質が柔らかくなるだけでなく旨みも増してより美味しく食べやすくなります。個性のある肉の旨みとソースの甘みに合わせたいのが、ユニークな酸が印象的な「東鶴 実のり 生酛つくり」です。実は、素敵なラベルデザインに一目惚れしていわゆるジャケ買いをしてしまったのですが、買って正解と安堵したどころか、料理の甘みと手を繋いでくれるような酸、料理の旨みとうまくつなげる酒の旨みの出し方など、難しいところを上手に表現しているなと感服しました。

酸や甘み、旨みの要素だけでなく、ラムの香り、それをマイルドにする南乳ソースとの相性も良く、その点でも「東鶴 実のり 生酛つくり」はぴったり。料理のすべての味わいとお酒の中の味わいがみんな仲良く手を取り合っている印象です。グイグイ飲む組み合わせではなく、「この酸、何だろう?甘みと惹かれ合っているみたい」などちょっと考えながら飲む面白さもあります。全てがこのようなペアリングでは疲れますが、食事の流れの中で時に「間」を与えてくれるペアリングもひとつふたつあると「お酒って奥深い、面白い」と興味を持ってもらえるきっかけになるのではないかと思います。

カリスマ料理人だった父の背中を見て、10代半ばを厨房で一緒に仕事をしていた三和氏。家を離れ、異国の地で全く別の職業のプロフェッショナルとして活躍しながらも、なぜか料理の世界へと戻る運命だった。しかも日本酒への尽きない興味と共に……。三和氏の話を聞いて、王家は、食の神様に選ばれた家系であり、「宿命」というものを実感させられた。極めて真面目で優しい心の持ち主であると同時に、父譲りの研ぎ澄まされた感性の持ち主の三和氏。日本酒の味に対して、表層的なところだけでなく、蔵人の心にも思いを馳せ、深いところで味わっている。また、お客に対しても、その人の経験値や好みを探るところからはじまり、よりよい出会いになるようなマッチングを誠心誠意で対応。三和氏がすすめてくれるお酒は、美味しいだけでなく、心も温かくしてくれる。飲む人はもちろん、蔵人も、お酒も幸せを感じているに違いない。

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この記事を作った人

取材・文:藤田実子 撮影・写真提供:藤田実子・シェフス

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