江戸前の粋と意気を持ち合わせた割烹|【西麻布 清水】
西麻布の交差点から小路を入った地下。2022年8月、「隠れ家」と呼ぶにふさわしいこの場所へ、移転オープンしたのが【西麻布 清水】です。2017年に神楽坂で構えた【創彩割烹 清水】は一時「離れ」として2号店も広げるなど人気店として展開していましたが、新天地を選んだ理由は「女将と二人できちんと目が行き届くカウンター席」がきっかけだったと、店主・清水拓耶さんはいいます。
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江戸前鮨の長男が選んだ割烹の道
季節の移ろいが感じられる“おまかせ”とは
割烹の料理人は“出汁の魔術師”
江戸前寿司店の長男が選んだ、割烹の道
以前の店はテーブル席と個室で構成されていたものの、「修行時代もカウンターメインのお店で、やはりお客さまの反応がダイレクトに伝わってくるカウンターに馴染みがあるんです」と語る清水さん。
それもそのはず、清水さんは浅草で40年以上続く【すし処 清司】の長男として生まれ、高校時代からアルバイトとして実家の厨房に入っていたということもあり、カウンターでの料理人としての哲学が受け継がれている。
父の背中を追いかけつつも、「親元だと甘えてしまう、このまま一筋縄で寿司職人にはなりたくない」。そんな意地と反骨心から、和食の道を極めていった。
寿司と和食の仕込みは似ているようで、実は異なることばかり。包丁の入れ方から食材の知識、盛り付けに至るまで、料理の基礎を1から学び直すため、荒木町の割烹で修行を重ね、14席ほどのお店は、親方との2名体制にも関わらずミシュランの星を獲得。
清水拓耶さん。1987年、浅草で【すし処 清司】を営む清水家の長男に生まれる。大学で経済学を学び、コンサルティング会社での社会人経験を経て、料理人の道へ。31歳で【神楽坂 創彩割烹 清水】を開店し、2022年8月、港区西麻布に【西麻布 清水】へ移転オープン。
「本格的に料理人を目指したのが遅かった分、がむしゃらに勉強するのはもちろん、味に関してもこの食材とこの食材を足したらこういう味になるとか、口当たりはこう変わるとか、修行時代は休日や営業時間外に見よう見まねで研究するのが日課でした。作っては食べ、また勉強して、改良してまた作ってを繰り返し、そこに食材の変化も入ってくる。季節により種類が変わり、日ごとで状態まで変わってくるので、和食を極める以上、探究心が尽きることはないですね」
季節の移ろいが感じられる“おまかせ”とは
なかでも季節感を映し出す“彩り”に関しては、「学んで得られるものではない」と話す清水さん。感性とバランス感、器との兼ね合いも含め、割烹における『八寸』はまさにそれを体現している。
柿と菊名の白和えと、無花果、金時草のおひたし、塩茹でした落花生など、秋の味覚で構成された『八寸』。丹波の黒豆は枝豆の状態で、粒感も新鮮な味わい。『秋のお任せコース』17,600円(税込・ サ別)の一品。
「もちろん寿司にも季節感はあるのですが、『八寸』はやはり割烹の強み」と清水さんがいうように、パッとひと目で季節を感じ、「またこのお店に帰ってきた」と温かみを感じる瞬間だ。
四季でメニューがガラリと変わるのではなく、日ごとに数種の食材や調理法が変わっていくことで、季節の移ろいが少しずつ表現されていく。
例えば北海道余市産のあん肝は、初秋であれば、蒸した後に炊き上げ、ポン酢で提供したり、肌寒くなるにつれ、クリーミーで濃厚な脂をまとっていくあん肝を、少しの生姜と一緒に炊いて甘塩っぱく仕上げたり。
「一般的に“和食は引き算の料理”と言われますが、僕の場合は引いた上に、何かと何かを掛け合わせた味わいをプラスすることもあります。どちらも邪魔にならず引き立たせ合うような調理方法を考えるのも料理の面白さです」
足を踏み入れた瞬間から、心地よい空気感に包まれる【西麻布 清水】。8月に移転後、すでに月に3度足を運んでくださる常連客もいるという。
また『八寸』には、出自へのオマージュのようにも感じられる太巻きや、旬の寿司が入るのも、【西麻布 清水】流といえる。撮影時は本マグロにべったら漬けを巻き込み、進化した“トロタク”を表現。これからの季節は、江戸前の粋を感じる『サバの棒寿司し』なども登場するそうで、「結局、板前になってから父に教わることも多かったですね」と照れくさそうに笑う清水さんが印象的だ。
北海道噴火湾のウニと、旬のいくらを主役にした土鍋ご飯。ウニはミョウバンを使用していないものを使用するのが清水さんのこだわり。冬は鱈と白子の白味噌仕立ての小鍋なども予定。
「高校時代、興味本位から父と当時の築地の仲卸をよくまわっていた」というだけあり、食材へのこだわりもひとしお。最初は実家のつながりで卸してもらっていたこともあったというが、自分で店を始めるにあたり、ゼロから豊洲の場内を点々と渡り歩き、少しずつ付き合いと信頼を構築していったそう。
「大きい店だとどうしてもコース内容を決めて仕入れする必要がありますが、ここへきて、自分と女将の二人だけでもてなす店だからこそ、その日に一番いい仕入れで作る『おまかせコース』一本に絞りました。直送で卸してもらえる生産者さんや漁師さんも増えてきて、北陸のどぐろや、これからの季節は、福井県堺市から越前蟹やせいこ蟹なども入ってきます。北海道から直送してもらう『坊主銀宝(ボウズギンポ)』は、豊洲ではなかなか新鮮なものを仕入れにくい深海に近い魚なんですが、火を入れるとふわっふわになる魚で、天ぷらにするのもおすすめです」
お酒の品揃えは、主に女将の慧美(さとみ)さんがセレクト。
「米どころである地元・福島のお酒を中心に、『新政』の6号酵母の魅力をダイレクトに表現することを目的に醸造されたライン「No.6(ナンバーシックス)」など入手困難なものも揃えています。
料理に合わせて、辛口の純米大吟醸を中心に、15~20種類ほどを常備。左から『十四代 本丸』、『純米吟醸 飛露喜』、『特別純米 飛露喜』、『澤の花』、『泉川』。
割烹の料理人は“出汁の魔術師”
また、伝統と革新を柔軟に取り入れて自身のスタイルを確立している清水さんが「割烹の醍醐味」と語るのが、出汁。
例えば前述した前菜のなかでも、金時草のおひたしに使う出汁と、白子の出汁は異なり、自家製ポン酢に合わせる出汁もまた別。清水さんによると、ポン酢には血合いが多めに入った粗めの削り節などで雑味を出して引いた出汁を合わせ、おひたしにはお椀ほどではないが、少し雑味を含ませた二番出汁を使うなど、合わせる食材や調理によって細かく使い分けられている。
長野産の松茸。旬は短いものの、シンプルに割いて焼くだけの日もあれば、お椀や天ぷら、土瓶蒸しまで、素材のその日の状態をとらえて料理する。
松茸を主役に、蓮根と伊勢海老のしんじょうを合わせたお椀。食材の旨みを掛け合わせた一品。
「もちろん出汁にこだわっている寿司屋も他の和食もあるんですが、僕らはさまざまな出汁を使い分けしていく“出汁の魔術師”でいなきゃならない。一番出汁や二番出汁、アゴを使うのか、どんこを使うのか、それをどうやって組み合わせたら素材の良さが一番に引き出されるかを絶えず考えています」
江戸前の粋と心意気を併せもち、割烹の道を切り拓いていく清水さん。
その日の素材に真摯に向き合う姿勢が、唯一無二の味わいを生み出していく。
2名用個室。今後、入り口脇のスペースには4名用の個室も設える予定
撮影/佐藤顕子 取材・文/藤井存希
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