<移転>薪で焼く焼き鳥の世界|麻布十番【薪鳥 新神戸】
予約困難な薪火で仕立てる和食店【鈴田式】。その次なる展開は、なんと薪で焼く焼き鳥。焼き鳥といえば炭、というセオリーを覆し、新たな美味を生み出した。薪の香ばしい香りを纏い、しっとりと焼き上がる新しい焼き鳥の世界に魅了される人が続出。さて、その全容はいかに?!
薪の香りと、炎から生まれる新しい焼き鳥
“薪焼き和食”で話題を呼んだ麻布十番【鈴田式】。それまでの薪焼きの常識を打ち破り、熾火ではなくガンガンに燃える薪の炎で焼くダイナミックな焼き方には誰もが目を見張らされたが、今度は、そのスタイルそのままに焼き鳥にチャレンジ。前代未聞の薪で焼く焼き鳥が早くも話題となっている。
東京オリンピックの開会式の日にオープン。路地のまた路地奥にあるこの看板が目印。もとは、民家だったところを改装したこじんまりとした趣にも心惹かれる。
8月23日にオープンした店の名は【薪焼き鳥 新神戸】。なぜ【新神戸】なのか? それには少々込み入った理由があった。
店主によれば、「神戸の著名な焼鳥店で食べた焼鳥の旨さ、そして、世界で唯一の完全無菌鶏と言われている“高坂鶏”の素晴らしさに感動。この2つに出会ったことで、焼鳥の秘めたる可能性を感じて焼鳥屋をやろうと思ったから。」なのだとか。焼鳥に挑戦するきっかけとなった双方が、共に兵庫であり神戸だったことが店名の由来となっている。
カウンターは7席。オープン間も無くにしてはや、年内は、予約で満席というプレミアムシート。店内に漂う薪火の香ばしい香りに、胃袋も刺激される。
その店主とは、疋田豊樹さん、45歳。東銀座にあった焼鳥店【たて森】の建守護さんに師事、【たて森】無き後の【ヨシモリ】で焼き場を守ってきた達人だ。若い頃から食に興味を持ち、料理への道へ進んだ疋田さん。前々から、食の中でも一つの分野に特化したスペシャリストになりなかったそうで、“鶏肉ラブ”の疋田さんにとって、焼鳥職人はまさに天職!といったところだろう。
ご主人の疋田豊樹さん。西麻布【分けとく山】などで和食の修業を積んだ後、焼鳥の世界へ。プライベートでも焼鳥を食べ歩くほどの鶏肉ラバーだ。
場所は【鈴田式】から歩いて1分足らずの裏路地。建物と建物の隙間ともいうべき抜け道にひっそりと佇むその風情はまさに隠れ家。そんなシチュエーションに、まず心が躍る。中に入れば、猫の額ほどの店内にカウンターが七席。腰をかけ、その奥で赤々と燃える薪火を見ているだけで、これから始まる宴への期待も高まってくる。
炎の先端が常にチロチロと当たるように焼く高原比内地鶏の腿肉。その炎をコントロールするのは簡単なようでなかなか難しい。楢で火力を安定させ、杉で炎火を調節している。
料理は、おまかせの焼鳥コース13,800円(税込)一本。
最初に出されたのは、秋田高原比内地鶏のもも肉だった。飴色の光沢を放つ肉厚の皮は、潤いを帯び、薪火ならではの薫香が鼻先をくすぐる。すかさず焼きたてにかぶりつけば、パリっとした香ばしい歯触りの中、アツアツの肉汁が口中に滴り落ちる。愉悦の一瞬!とはまさにこのことだろう。かみしめれば、その香ばしさの中、微かな熟成感も感じられる。
聞けば、10日〜2週間ほど寝かしているそうで、疋田さんがこう説明してくれた。「薪火に合う鶏を見つけるために、ゆうに20〜30羽は試食しましたね。これはと思う鶏を片っ端から焼いてみたんですが、薪火には、どうも地鶏や軍鶏系の身質のしっかりした鶏が合うんですね。中でも、一番しっくり来たのがこの高原比内地鶏。だけど、フレッシュなままではちょっと硬く、薪の香りものりにくい。そこで、少しねかせてみたところ、肉質は柔らかくなるし旨味は増すしで一石二鳥でした。」とのこと。専用の冷蔵庫に入れ、凍らない程度の0℃〜1℃でねかしているそうだ。
手前から『高原比内地鶏の腿肉』、『セセリの和風ハリツサのせ』、『レバー』。和風ハリツサは、カンズリに赤ピーマンのペーストを混ぜたもの。穏やかな辛味が小気味良いセセリの歯応えによく合う。
薪火で焼く一番のメリットは、なんといってもジューシーに焼き上がることだろう。硬くストレートな炭火と違い、薪木は生木。その火はゆらゆらと水分を含んだ炎となり、素材自体のみずみずしさを損うことなく焼き上がる。だが、その分、皮をパリっと焼くのは至難の業。これには疋田さんもかなり手を焼いたそうで、試行錯誤の結果、辿り着いたのは「火から離し、時間をかけてじっくりと焼く。」ことだった由。遠火の炎が絶えず当たるよう皮めだけをじんわり焼いていくのが鉄則だ。その間およそ10分余り。皮がしっかり焼き上がったたところで初めて返し、身の方はさっと軽く炙る程度でOK。これが、皮はパリッ、身はしっとり焼くコツなのだとか。この手法、どこか【カンテサンス】の魚の焼き方と共通するものがある。
『ささみのたたき』。さっと炙った鶏肉のしっとりとして滋味豊かな味わいにカラスミ風の味わいの金柑がよく合う。ささみの他、胸肉の時もある。
腿肉の感動冷めやらぬうち、目の前に置かれたのは『ささみのたたき』。疋田さんによれば「たたきには、レア気味に食べると美味しい兵庫県三田の松風地どりを使っています。完全無薬の飼料で飼育している健康な鶏で、しかも、菌が付着しやすい内臓も丁寧に処理するなど衛生的に安全性が高いところも気に入っている。」そうだ。さっと炙った上に振りかけているのは、チーズならぬ金柑。卵黄をカラスミ風に仕あげたものだ。淡白なささみに金柑高いの熟れた塩味が程よく絡み、思わず一献傾けたくなる。
次に登場したのはレバーのタレ焼き。疋田さん曰く「焼鳥屋の焼きの技術がわかる。」という肝いりの串だ。強火で焼くのは腿肉と同じだが、こちらは火により近い下段に置き、頻繁に串を返しながら焼きあげる。それも「レバーは、表面温度が高くなりすぎると臭みが出てしまうから。」それゆえ、絶えず返して温度が上がるのを防ぎ、時折はタレにつけて温度を下げたりしながら、中心温度が70℃になるまで焼くのが疋田流だ。なるほど、焼きたてのレバーはしっとりふんわり。全体的にレアな焼きあがりながら、決して生ではない絶妙の仕上がりとなっている。しかも、レバーを始めとする内臓類は、内臓が美味しいと言われている山口の長州鶏を使用。部位よって鶏を変えるこだわりぶりも、焼鳥愛に満ちた疋田さんならではだろう。
『ブロッコリーのチーズがけ』。チーズは、パルミジャーノ。ブロッコリーの熱でとろけるチーズが美味。
続く鶏焼売のお椀で一息ついたところで、ハツ、セセリ、砂肝などなど怒涛の焼鳥5連発。だが、その合間合間に、『季節野菜のすり流し』や『薪焼きブロッコリーのチーズかけ』、『一口そうめん』といった口直しが緩急よろしく提供され、脂と香りに疲れた舌を軽やかにリセットしてくれる。和風ハリッサをのせたセセリも乙な味だが、従来の炭火焼き鳥と全く異なるテイストを楽しませてくれるのが、ハツと砂肝。鶏脂を塗って焼くそのウェットなシルエットもさることながら、一口噛んだ瞬間の食感が素ばらしい。プルルンとした弾力と滑らかさ、そして弾けるような未知の歯応えには思わず法悦となるに違いない。
『鶏そぼろご飯』。薪を一緒に入れるのは、白飯にも薫香をつけるため。ちなみに米は、新潟魚沼のコシヒカリ。ここに刻んだ玉ねぎを隠し味にたっぷりと混ぜる。
さて、コースの〆は定番の『そぼろご飯』。だが、そこは薪焼きが売りの同店のこと、ここでも薪火が大活躍。鶏挽肉を薪の炎で豪快に炙り、炊きたての土鍋ご飯にざっくり混ぜて頂くという他所では真似のできない傑作だ。その挽肉も、より香りを纏わせるため、肉の他に皮や内臓の脂をブレンドする凝りようだ。そして、更なるダメ押しの一本が薪。なんと炭化した薪も一諸に土鍋に入れ、ご飯にも薫香をつける念の入れようだ。蓋を開ければ、燻煙と共に広がる香りのインパクトに圧倒される。一杯目はニラのせ、2杯目は卵かけ、3杯目は新生姜とカンズリとネギとバリエーション豊かに味わえるのも、食いしん坊には嬉しい限りだ。
一杯目は、油通ししたニラをトッピング。味付けは塩のみ。その塩は、昔ながらの製法で作る石川県能登の“珠洲の塩”を使用。素材を生かす奥行きのある味が特徴だ。
提供の仕方は割烹風でも、しっかりとした技術に裏打ちされた焼鳥の数々は、きちんと焼鳥を食べたという食後感で満たしてくれる。王道ははずさず、ちょっとその先を行く。そのさじ加減も見事。未来の老舗の予感がする。でも。
おすすめの日本酒3種。左から京都山城の地酒“城陽特別純米酒”、栃木の蔵元仙禽の“仙禽 オーガニックナチュール 2021”、東京は芝にある東京港醸造の“純米吟醸原酒 江戸開城”。いずれも一合1400円。
【薪鳥 新神戸】〈移転先〉
住所:東京都港区赤坂3-9-2 No.R赤坂見附 1F
アクセス:東京メトロ赤坂見附駅10番出口から徒歩2分
撮影/岡本裕介 取材・文/森脇慶子
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