プラスの相乗効果で体にじんわり馴染む旨みの奥行きに魅了される、焚き火+発酵イタリアン|虎ノ門ヒルズ【falo+】
炭火の力で食材のポテンシャルを引き出す豪快な“焚き火イタリアン”で人気の代官山【falo】が、発酵というテーマをプラスした姉妹店を虎ノ門ヒルズステーションタワーにオープンさせました。枠にとらわれず、野菜、肉、パンなど余った食材を使った発酵調味料をイタリアの伝統料理にプラスしていく新しい発想のイタリアン。発酵調味料をどのように仕込み、料理に活かしているのでしょう? その真相に迫ります。
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食材を無駄なく活用するための“発酵”
伝統料理に発酵の旨みで奥行きをプラス
発酵イタリアンとナチュラルワインは好相性
誠心誠意つくられた食材を
無駄なく活かしきるための“発酵”
代官山にある【falo】は、炭火台を囲むカウンター席で料理が焼き上がる臨場感を楽しめる“焚き火イタリアン”。炭火で食材のポテンシャルを引き出し、味付けは、塩、胡椒、ハーブ、オリーブオイル、バルサミコなどシンプルです。その姉妹店を虎ノ門ヒルズステーションタワーにオープンさせることが決まったのは、2年ほど前の2022年。
「同じことをやるのではなく、何かテーマをプラスして違いを出さなくては……と考えた末の答えが自家製の発酵調味料でした」と話すのは、開店準備をしながら代官山【falo】で2年ほどセコンドを務めていた江口拓哉シェフ。
江口拓哉シェフ、東京都出身の36歳。代官山【falo】で働きながら【falo+】の開業も視野に入れ、構想を練りながら4年間炭火焼きの技術に磨きをかけ、2024年1月のオープンから料理長を務める
「単に発酵が面白いとか、注目されているとか、旨みを深めるため、ということではなく、まずは食材を無駄なく活用するという思いから、切れ端や余った食材を発酵させ、それを味付けに使うという考えにたどり着きました」(江口シェフ)。
というのも、顔を知っている生産者の食材を、たとえ端材とはいえ捨てるのは心が痛む。特に山形で農薬や化学肥料を使わない自然栽培で、丹精込めて野菜を作っている【お日さま農園】には収穫の手伝いにも行ったことがあり、その苦労や野菜への愛を肌身で感じているだけに捨てるのは忍びない。保存食にして無駄なく活かし切りたい。そんな食への愛着から始まったのが【falo+】なのです。
豚の熟鮓(なれずし)、パン味噌、パン醤油、鹿醤油などマニアックな発酵調味料からざまざまな野菜のピクルスまで多種多彩
酢漬けや塩漬けでピクルスにしたり、乾燥させてパウダーにしたり。それを付け合わせやトッピングに利用するというのは珍しいことではありません。もっと画期的なことはないかと、イタリア料理でよく使う白インゲン豆やレンズ豆、空豆を発酵させたらどうなるのかと、塩と麹で仕込んでみたそうです。
また、看板料理のポルケッタを仕込む時の端材は、琵琶湖周辺で有名なフナの熟鮓(なれずし)を参考に、炊いた米、塩を合わせて豚の熟鮓に。ジビエの鹿では、塩と麹で醤油を。「余ったパンも発酵させて味噌や醤油にと、とにかく食材を捨てずにためてある程度の量になったら仕込むということを、開店準備を始めた2年前からずっとやり続けています」(江口シェフ)
床下には発酵熟成中の味噌樽がぎっしり。白インゲン豆は、2年熟成で味に深みが増してきたという
「やればやるほど発酵が面白くなり、食材もあれこれ手を伸ばしそうになるのですが、使うのは料理で使う食材のみ。発酵のためにわざわざ何かを買うということはしません。また、最終的にはイタリア料理に落とし込むということは忘れないようにしています」と、枠に捕われないようにしながらも、冷静さを失わないよう気をつけているとのこと。
「毎日欠かさず混ぜるなど手間ひまかけ、時間をかけて育てているので愛着が湧くのですが、思いをお客様にぶつけ過ぎるときっと引かれると思うので、語り過ぎないということも肝に銘じています(笑)」と穏やかに話す江口シェフ。
こちらはポルケッタ味噌。撮影時点で1年ほど熟成させたもの
発酵をテーマにしているけれど、「実は昔は普通にやっていたこと」くらいのスタンスで特別感をあまり持たせない自然体なところに「発酵をブームで終わらせたくない。長く受け継いでいく文化でありたい」という意志を感じ、好感を持つことができます。
ワインの空きボトルに入っているのがパン醤油。パン味噌に使っているのは、お店で出している【パーラー江古田】のパン
「発酵は、食材の個性を失わないタイミングが大事」と話す江口シェフ。旨みやコク、酸味のバランスが整ったタイミングで発酵を止めて料理に活かしているのです。
「いま気に入っているのは、開店準備を始めた頃に仕込んだ2年熟成の白インゲン豆の味噌。味に深みが出てチーズのような風味。パテに加えると奥行きが出ます。空豆もいいですね。味わいは白味噌に似ているのですが、酸が効いているのが特徴で料理にコクを出しつつ、後味はすっきりさせることができます」。
何種類もの自家製発酵調味料を仕込み、その味わいの頂点を見極め、相性のいい食材や調理法の組み合わせで新たな一皿を生み出しているのです。
イタリアの伝統料理に発酵の旨みで
奥行きをプラス
代官山【falo】のシグネチャー料理といえば、バラ肉を巻いた塊をオーブンで30〜40分じっくり火を入れ、最後に豪快に炭火で焼き上げる『ポルケッタ』。これはもともとイタリア・ヴェネチア地方の郷土料理『仔豚の丸焼き』をバラ肉でアレンジした料理で、ローズマリーとニンニク、塩のみというシンプルな味付け。この料理を【falo+】では豚の熟鮓を塗って焼いているのです。
『塊で焼いたピュウファロのポルケッタ』3,500円。味噌パウダー、炭化させた玉ねぎを塩を混ぜた炭塩で味変も楽しめる
一見豪快でボリューミーですが、口にすると豚肉の甘みや芳ばしい風味が舌の上に広がり、旨みがスーッと体に馴染んでいく奥深い味わい。
「塩の味付けだとパンチが効きますが、熟鮓などの熟成した発酵調味料は、旨みだけでなくコクも出してくれますし、酸味が全体のバランスを整えて味わいに厚みのあるまろやかさや余韻をプラスしてくれるのです」(江口シェフ)
パンの香りと麹の旨みが調和したパン味噌を、葉っぱの間に塗り込んだ『キャベツの炭埋め焼き』1,000円
こちらは【パーラー江古田】のパンでつくったパン味噌を、葉の間に塗ってアルミホイルに包み、炭に埋め込んで火を入れたキャベツの丸焼き。ヨーグルトで作った自家製マヨネーズの上にのせ、仕上げには日本の赤紫蘇に似た爽やかな酸味を持つトルコのスパイス“スマック”を散らしています。
蒸し焼きにすることで甘みを増したキャベツにパン味噌の旨みが絡み、野菜とは思えない食べ応えのある厚みのある味わい。シンプルながらも奥深いおいしさに感動します。
イタリアの伝統的パスタ料理をアレンジした『肉味噌を詰めたトルテッローニ セージバターソース』2,400円
トルテッローニは、ほうれん草とリコッタチーズでつくった餡をパスタ生地で包み、セージバターのソースで食べるイタリア伝統的な料理。これをポルケッタの端材と自家製味噌でつくった餡でアレンジしたひと皿です。
このように調味料として発酵させたものを使うこともあれば、塩や酢で浅漬けにした野菜を付け合わせ的にプラスすることもあります。
“ティエピド”とは人肌のことで、味を一番感じる温度。『燻製サクラマスのティエピド うるいの浅漬けと鮎なれクリーム』2,500円
35℃で20分火入れしたサクラマスの皮目に炭を当てて、香ばしく仕上げている
浅漬けにしたうるいの塩味やほのかな酸味で、ワインが進む一品です。鮎なれクリームは、鮎で有名な岐阜【川原町泉屋】から取り寄せた鮎の熟鮓をベースにつくっているそうです。
『馬肉の温製カルパッチョ 特製ヴィネガーとゴルゴンゾーラ』2,800円
炭を直に当てて香りを出して焼いた馬肉を、自家製のお酢で軽くマリネしたホワイトセロリや玉ねぎのサラダと一緒にいただく、温かいカルパッチョです。サラダの中にはゴルゴンゾーラチーズアーモンドなどナッツも和えてあり、イタリアンの一皿に落とし込まれているのです。
発酵イタリアンとナチュラルワインは好相性
発酵の力で体に馴染む料理とナチュラルワインの相乗効果でおいしさがプラスされるのも【falo+】の狙い。「ワインも発酵の力を使ったお酒なので、発酵調味料や発酵させた野菜と親和性があります。ですから、比較的どんなワインでも相性がいいので、ペアリングで料理に合わせていくというよりも、お客様の好みのワインを飲んでもらう、というスタンスでコミュニケーションを取ってワインをお勧めしています」と話すのは、サービス担当の塚本尚史さん。
生産者の顔や土地の個性が見えるような、自然なつくりのワインを中心とした品揃え
ナチュラルワインがメインですが、ゲストの多様な好みに合わせられるよう、シャンパーニュからしっかりした赤ワインまで味わいの幅も広く取り揃えています。料理もアラカルト主体なので、ひと皿ひと皿自分好みの料理をグラスワインで合わせることもできれば、仲間とボトルで、などスタッフと相談しながら臨機応変に楽しむことができるのです。
キッチンを囲むカウンター席。窓側は高い位置にあり、円形劇場のような趣でキッチンの臨場感を楽しめる
炭火台を中心にぐるりとキッチンを囲むカウンター席は、位置によって高低差があります。また、真っ直ぐではなく半円を連ねているので、カウンターとはいえ独立したテーブルのようにも感じられ、3、4人で訪れても自然に目線を合わせて会話を楽しめる画期的なカウンター席になっています。
炭火台に最も近い正面席
横や背面の席は厨房や正面の席よりも高さがあり、店内、あるいは窓の外の景色を眺めることもできる
すでに名店となっている代官山【falo】の「食材のポテンシャルを引き出す」というコンセプトを踏襲しながら、新たな価値をプラスしていこうという気概に満ちた【falo+】。生産者、そしてその背景にある自然や地球環境に思いを馳せ、伝統を学び直し、新しいイタリアンの可能性を追究しています。
単においしさだけでなく、レストランの役割とは何かを思慮を巡らせ、楽しく心地よく過ごせる空間づくりやサービスも秀逸。お店のスタッフもゲストもとても穏やかな表情をしている様子に、体に負担なく吸収される発酵の作用があるのかな、と思ってしまうほど。活気的でありながらも癒される発酵イタリアンです。
代官山と同じ焚き火をイメージしたイラスト。そこにプラスをつけて「ピュウファロ」と読む。ピュウはプラスの意味のイタリア語
撮影/佐藤顕子 取材・文/藤田実子 構成/宿坊アカリ
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