(閉店)「宇宙一」と評されたチキンバスケットが復活! 老舗洋食店【銀座キャンドル】|麻布十番
三島由紀夫や川端康成も通い、かつて“宇宙一”と評された【銀座キャンドル】のチキンバスケット(フライドチキン)。惜しまれつつも2014年に閉店しましたが、2019年10月、かつての銀座を離れ麻布十番に再オープン。バーを間借りして昼の間だけ営業しているという、その“宇宙一のフライドチキン”を食べに行きました。
老舗店について回る「あのおいしさをまた楽しみたい」という感想。それは嬉しくもあるが、一方で期待に添えられなかったら……というプレッシャーにもなる。そんなものを微塵も感じさせることなく、あの頃のおいしさを復活させたのが、ここ【銀座キャンドル】だ。
麻布十番にあるバー【Pertica】を間借りして復活した【銀座キャンドル】
もともとは1950年、銀座にオープンしたハンバーグやグラタン、オムライスなどを提供する洋食店だった【銀座キャンドル】。当時からとりわけ人気だったメニューが、米国基地内のダイナーからヒントを得て考案された、フライドチキンにフライドポテト、オニオン、トーストの付いた『チキンバスケット』だ。
『フライドチキン 6ピースセット』2,950円(税抜)。フライドポテト、生の玉ねぎスライスが付く。ソースなしでそのまま食べてもおいしい
フライドチキンの味は川端康成や三島由紀夫ら多くの作家たちに愛され、美輪明宏さんからは「宇宙一」と称賛されたといわれる伝説のおいしさ。しかし、2代目になってスナックに転身。さらに3代目となる現店主の岩本 忠さんの代になると移転などが重なって、店を閉めざるを得ない状況に。
初代【銀座キャンドル】に足を運んでいた著名人のサイン。川端康成、三島由紀夫らだけでなく、渥美清、三船敏郎といったスターのものも
「昨年かな、SNSなんかで『そろそろどうですか?』『またあの味を食べたい』、そんなリクエストを多くいただいて。ちょうど間借りできる物件も見つかったので、再開するタイミングなんだろうな、じゃあやってみようと思って」と昨年、店主の岩本さんがチキンバスケットを復活させたと聞き、早速その「宇宙一」を食べに行ってみた。
麻布十番の地下に復活した「宇宙一」のチキンバスケット/【銀座キャンドル】
営業は昼のみ。お酒が並ぶのは夜のバー営業のもので、昼は提供していない
店は麻布十番で、二の橋近くのバー【Pertica】を間借りし、昼間のみ営業をしている。再開当初はテイクアウト専門でやっていたが、店で食べたいというお客が多く、店内で食べられるようにもしたそう。
場所柄、店柄もあって洒落た店内だ。ここでカゴに盛り付けられたチキンバスケットはやや違和感があるが、揚げたてのフライドチキンは輝くようなきつね色の衣をまとい、湯気とともに香ばしい匂いを漂わせている。場所なんて些細な問題だ。少し意外だったのは、小麦粉や片栗粉ではなく、パン粉であげられていること。
「アメリカではパン粉チキンと呼ばれているんですが、実は日本での元祖は【銀座キャンドル】なんですよ」と店主の岩本さん
1個約100グラムと少し大ぶりのそれにかぶりついてみると、パン粉のサクサク感とやわらかな鶏肉の歯応えのギャップが絶妙で、噛むほどに肉汁がにじみ出る鶏肉もうまいのなんの! 勢いづいて、今度はスライスされた生玉ねぎを口に入れつつフライドチキンを頬張る。すると玉ねぎのシャキシャキ感が加わり、その辛味が鶏の甘味を引き立てる。
香ばしく軽やかな衣。程よい弾力の若鶏ムネ肉はジューシーで旨みが溢れる。そして優しい塩味。シンプルな組み合わせながら、口の中でまさに絶妙のおいしさとなる
シンプルな食べ合わせなのに……「宇宙一」は伊達じゃない。これすごくうまい! 1950年にこの味とはスゴい。
3代目店主・岩本 忠さん。日本洋食協会の会長も務める
「鶏は若鶏のムネ肉のみ、味付けは塩コショウだけ。パン粉は糖分が少なくやや細かめで、乾燥したもの。で、植物性の油をつかって高温→低温→高温と3度揚げ。でもこれは、1950年当時とすべてが同じというわけではないんですよ。味付けを塩・コショウのみでというのは一緒。でもパン粉は試行錯誤の上、今のものにたどり着きました。バンズも当時はトーストだったし。そもそも当時と比べると鶏が瑞々しくてすごくおいしいですからね(笑)」
あれ? 当時の味のままではないんだ。
「祖母の代の料理人がレシピを残していたんです。最初はその味から始めましたが、同じ食材でも味は違うし、時代によって人がおいしく感じる味覚も変わる。ベースは当時の味を引き継いでいますが、目指したのは今食べてすごくおいしいフライドチキンです」
エシレバターをつかうことで、コクはあるが食べ飽きない逸品に仕上げた『グラタン』2,000円(税抜)。エビやマッシュルームがゴロゴロ入っている
「それはほかの料理も同じで、例えば『グラタン』もそう。具材に使うのはエビ、マッシュルーム、玉ねぎにマカロニ。マカロニはフジッリやペンネになることもあるけど。それらは当時とそんなに違いませんが、1950年当時は売っていなかったエシレバターをたっぷりとつかっています。コクと香りが全然違うんですよ」
確かに濃厚だけれど優しい味わいで、いくら食べても食べ飽きない。そのうえ冷めてもおいしい。たっぷり入った具材のゴロゴロ感も申し分なしだ。
様々な店舗で研鑽を積みながら、アメリカでパン粉チキンの食べ歩きもしてきた岩本さん。その経験が今の【銀座キャンドル】の味に生きている
「これもベースは当時の味を引き継いでいます。でもいろいろ食べて試して辿り着いた味。おそらく当時のものよりすごくおいしいと思うんです。でも、みなさん『昔と一緒。これもおいしいね』って(笑)」
同じではない。でも同じだと言われる。
「ジレンマなんてないですよ。それでいいじゃないですか。“すごくおいしかった”という思い出があって、うちのチキンバスケットを食べて、グラタンを食べて……その時の楽しくておいしい思い出に繋がるならまったく問題ないでしょ?」
『パイ ア ラ モード(アップルパイ)』1,600円(税抜)。香ばしい生地にリンゴソースの酸味、バニラの甘味、シナモンが加わり、口の中が楽しくなる
おいしい思い出は色褪せない。そしてその思い出は時として、最大の隠し味になる。そんな店や味にこれからもっと出会えたら。復活した【銀座キャンドル】の『チキンバスケット』を頬張りながら、改めてそのことを教えられた。
いや、それにしても本当にうまいな、このフライドチキン!
※しばらくの間は土日祝日のみの営業
撮影/今井 裕治 取材・文/武内 しんじ(フリーライター)
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