【銀座しのはら】銀座の地下の贅沢なお花見 <ヒトサラ編集長の編集後記 第15回>
今年の花見のひとつは室内で、予約をしてから半年待った【銀座しのはら】での夕食。桜をテーマに「走り」と「名残り」を取り入れた花見八寸で飲もうと昨年末に企画したものです。小西克博(ヒトサラ編集長)
走り、旬、名残り
今年は何か所かで桜を楽しみました。日本をとりまく世界がキナ臭いにもかかわらず、桜の下では連日楽しげな宴が繰り返されていました。そんな桜も散ると、今度は夏が身近に感じられます。
ただ、日本は縦に長い国なので、まだこれから桜の季節が始まるところもあれば、もう海で泳いでいるところもあります。北と南とでは季節がひとつ違う。
そんな季節の移ろいを表すことばに「走り」「名残り」があります。「旬」が今なら、季節の先取りが走り、去りゆく季節のものが名残り。豊かな自然に恵まれた国の情感のある言葉です。日本料理の豊かさはまさにこういった自然の賜物です。
今年の花見のひとつは室内で、予約をしてから半年待った【銀座しのはら】での夕食でした。桜をテーマに「走り」と「名残り」を取り入れた花見八寸で飲もうと昨年末に企画したものです。箱庭のような八寸に桜の花が散りばめられ、それを愛でながら友と酒を酌み交わす。そんな静かで上質な花見もいいだろうと。
【銀座しのはら】は、滋賀県の【日本料理しのはら】が銀座へ移転してきた店で、全国の食通が通う名店として名を馳せています。
店主の篠原武将さんは、ご自身の名前が表すように武道(空手)の名手だったそうです。その道を断念して料理の世界へ入ってきたという異色のキャリアながら、料理に対する真摯な姿勢、地元食材の取りいれ方の見事さなどが評判をよび、店はあっという間に有名になり、予約もとりにくくなりました。
そんなお店の銀座進出ということで、昨年はちょっとしたニュースになっていたのです。
徒然草から始まるストーリー
銀座のビルの地下一階。11席あるカウンターの端に座り香煎茶をいただきます。
コース料理はなんと『徒然草』から。兼好法師が綴ったとされる「心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく書き付くれば」といった、心の思うままがままに流れていくようなイメージは、篠原さんの料理にこそふさわしいスタートなのかもしれません。
というのも、篠原さんの料理は一期一会のライブ感満載で、まさに心の思うまま。きっちり組み立てられているからこそ出来る、さながらフリージャズのセッションをみているようだからです。
『徒然草』の巻物を開けると桜の葉っぱの下に伊勢海老、白魚、蕨、ウドに加減酢の煮こごりを添えたものが現われました。而今をクリスタルグラスで頂きながら、目の前で展開していく花見八寸のストーリーの始まりを愉しみます。
次の帆立の真丈にはバチコ(ナマコの卵巣)が添えられています。真丈を楽器に見立てるとバチコはその形通りバチ。絵巻物から音楽が聞こえて来そうな演出です。では役者たちに登場してもらいましょう。
刺身は明石のハリイカ、大間のクロマグロの赤身と中トロ。醤油で煮た昆布、辛み大根が添えられています。刺身の歯ごたえと味の変化を楽しんでいると、目の前にウニが並べられます。
「ウニの処理で手がぼろぼろ。空手も手が痛いし、ウニも空手も嫌いですわ」と篠原さんは嘆きながらも、鼻歌でも出そうな具合で、けっこう楽しそうに盛り付けをしています。ウニのなかに紹興酒を潜らせたボタンエビが入っていて、香りが立っています。お酒は滋賀の名酒・七本槍がさりげなく。
ちょっとしたお凌ぎにと出されたあわびの料理は、真空状態で蒸し揚げたあわびに、その肝を酢飯にあえたあわび鮨。柔らかいあわびにほのかな甘みを感じ、コクのある温かな酢飯がやさしく寄り添います。お酒がいい感じにまわってきて、篠原さんとの掛け合いにもスピード感が出てきます。
そして、冒頭の八寸の登場です。見事な大皿に篠原さんが大きな体をしなやかに動かし美しい盛り付けを始めます。客の人数に合わせて盛り付ける皿が違い、それぞれ目の前で少しずつ完成していきます。目の前で美しく盛り付けられていく作品に、一同目を見張ります。
最後に桜の花が添えられました。満開の桜の木の下でお花見を楽しむミニチュアアートの完成です。
「名残り」である琵琶湖の鴨、「走り」の小鮎を左右に配した中心には、桜の旬を楽しめる干しぜんまい、木の芽和え、鯛子の炊いたん、ホタルイカのボイル、タコ、クルマエビ、菜の花などなど。お重をもって花見に出かける感じが見事に表現されていて、まさに花見の八寸。
お酒を変えてもらいながら、ゆっくりと器や料理を愛でるという贅沢な時間が流れていきます。
郷土愛に満ちた日本料理
最中が差し出されました。干し柿とフォアグラが入っている店の名物で、これから後半戦になります。
「昔京都へ行商に出かけた大原女(おはらめ)と呼ばれる人たちが頭に薪を乗せて売ってたんです。その薪をイメージしました。古い京料理です」
と出てきたのは、アナゴと筍とわらびをかんぴょうで結んだもの。出汁のベースは昆布2種類にまぐろ、かつおの削り節。滋賀にいたときと東京は水が違うので、そのへんはバランスを見ながら微妙に合わせを調整しているとか。
それからすっぽんです。これは骨をつけたまま焼いて少し甘めのタレがついています。ここですっぽんが出てきたのはちょっと驚きでしたが、篠原さんはよく使うとのこと。すっぽんのふくよかで香ばしい旨みが凝縮して感じられ、アスパラとの相性も抜群です。どちらも春の華やかで若々しい力を感じます。
そして、篠原さんの真骨頂ともいえるジビエ鍋。
昔から自分たちが食べてきた土地の恵みを食べてもらいたいとの思いから、自分の料理には積極的にジビエを取り込んでいるのだとか。
今回は、イノシシとツキノワグマで、それをしゃぶしゃぶにして出してくれました。
ほっこりと温かく、じわーっと滋味が広がる、郷土料理という古き良き日本料理の再発見、再構築。これらは体に力をもらった感じになります。
残念ながら桜をゆっくり愛でている時間はない、と料理を一通り出し終えた篠原さんが言います。。
「だって朝は築地に行って仕込み、夜は深夜まで。帰り道の桜を見て、あ~今日も一日なんとか終わった、というのが正直な感じです。家で寝るときが一番好きですよ」と苦笑。毎日真剣勝負されているのでしょう。でもその言葉は充実感に満ちてもいます。
「これからご飯が三杯出ますけど、どうされますか?」と篠原さん。
いくらお腹がいっぱいでも、目の前に炊き立ての筍ご飯を見せられると、断る理由などありません。
まずは筍ご飯をいただき、次に先ほどのすっぽんを煮たスープにフカヒレを入れたあんかけ、そして熊と猪の出汁による雑炊。充分満腹になりました。
デザートに桜のきんとん、イチゴ。そして抹茶。
粋な花見の総合プロデューサーにして名プレイヤー、篠原さんの至芸を存分に味わわせていただいた春の夜でした。
最後に『平家物語』が出てきて「春の夢のごとし・・・」という演出を、つい考えてしまいました。蛇足でした。
小西克博(ヒトサラ編集長)
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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