わがドルチェ・ヴィータ(甘い生活)<ヒトサラ編集長の編集後記 第14回>
「食は分かち合うもの。それぞれ好きなような分け合って食べてほしい。イタリアって保守的ですが、でも最近見かけなくなっている料理もある。僕はそんな古き良きものも再現したいし、ネイティブな良さにしっかり向き合っていきたい」
ネイティブの奥深さ
太田哲雄シェフの料理は、大地を感じさせてくれる。ナチュラルでどっしり安定していて、優しさと自由と驚きに包まれているーー
彼の料理を初めて口にしたとき、たしか、カッポン・マーグロ(ジェノバの伝統的サラダ)だったと記憶しますが、まず感じたのはそういうことでした。おそらく多くの人が彼のつくるものに関して、同じような感じを抱く気がします。それは太田さんのユニークな経歴からくるからでしょうか。
太田さんは料理人を志して単身イタリアに渡り、放浪しながらいくつかの店で修業。その後、スペインの当時は世界一予約がとりにくいといわれた【エル・ブジ】で働き、ペルーに渡っては彼の地の英雄ガストン・アクリオの【アストリッド・イ・ガストン】で働いています。それだけでもかなり立派なキャリアです。
ですが彼はさらにアマゾンの奥地へ入り、危険を冒しながら獲物を自分で獲り、薪で火をおこして料理するといった経験を重ねていきます。
「クリエイティブなものより、ネイティブなものに興味があるんです」
彼はいいます。「そこには普段気づかない奥深さがあるからです」
そんな太田さんが自分のお店をオープンさせると聞き、さっそく訪問いたしました。
場所は東京の三軒茶屋駅から少し歩いた閑静な住宅街の一角で、大きな窓が特徴的ですが、看板はありません。ここでいいのかときょろきょろしていたら、中の太田さんと目が合って入れてもらうことに。
「いやぁまだサイレントオープンなんで、地味にやっていこうかと」と太田さんは笑います。が、こういった秘密な感じもいい演出だと思いました。
中はカウンターがメインで、テーブル席がひとつ。2階で料理教室ができるようになっています。
イタリアの家庭に招かれて
予約があればペルー料理も用意してくれるということでしたが、通常営業ではイタリアンがメインになります。
食事が一斉にはじまり、大きな窓が閉められます。
ベネトのクリーミーなスパークリングワインで乾杯して、最初に出てきたのは『じゃがいもと魚介のサラダ』。リグーリア、トスカーナ、カンパーニャあたりでは、魚介をじゃがいもと合わせるそうです。春っぽいイイダコ、それにごろっとセイコガニ、ムール貝、マテ貝など、とても爽やかです。料理は大皿で出てきて、シェアするスタイル。みなでワイワイやってほしいと太田さんはいいます。パンは茂木恵美子さんのつくるパンです。
『玉ねぎのピエモンテ風』にピエモンテのシャルドネをあわせます。中をくりぬいてじっくり煮込んだ玉ねぎをオープンで焼いた郷土料理。甘くて濃厚で暖かい料理です。
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『じゃがいもと魚介のサラダ』からスタート
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つくりたての茂木さんのパン
『玉ねぎのピエモンテ風』にピエモンテのシャルドネをあわせます
『モッツァレラ・イン・カロッツァ』。ちょっとリッチなモッツァレラという感じでしょうか。食パンにアンチョビと一緒に包まれたモッツァレラ。牛乳、溶き卵に浸され揚げられて出てきます。「ナポリのストリートフードなんですよね」と太田さん。「子供がよく道端で食べているものです」。
『ホワイトアスパラガス』が出てきました。溶き卵がかけられていて、トリュフの香りがします。ホワイトアスパラガスは春を告げる食べ物です。市場に所狭しとホワイトアスパラが並ぶ光景を私も何度か目にしています。これはヨーロッパの風物詩でもあります。
ティモラッソというピエモンテの土着品種のワインをあわせます。
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『モッツァレラ・イン・カロッツァ』
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ティモラッソというピエモンテの土着品種のワインと
春を告げる『ホワイトアスパラガス』。トリュフの香りに包まれて
『ひよこ豆、のれそれ』です。さっと湯がいたのれそれのねっとり感が、ひよこ豆や野菜のシンプルさの上で引き立ちます。これも地中海の春の風を感じます。
ドルチェットという品種の赤ワイン。これもピエモンテのものですが、適度なタンニンと果実味が爽やかです。
『グリーンピースのパスタ』が現われました。豆のサヤをピューレにしてあり、バターとよく合います。豆を全部食べるというか、春をまるごと頂いているような感じです。
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『ひよこ豆、のれそれ』
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『グリーンピースのパスタ』
『ポレンタ』の出来上がりです。コーンミールですね。ベネトでは器に縁がついていて、こぼれないようになっているのが特徴だそうです。そこに豚の牛乳煮が乗せられています。
「とうもろこしの粉をゆっくり同じ方向に回さないと入る空気が一定にならないんです。僕も最初それがうまくできずに、下手くそとイタリア人に言われてました」と太田さん。
これもソウルフードといっていいような、ローカル色のある優しい料理です。
優しい味わいの『ポレンタ』。つくりたてをシェアする太田シェフ
そして『カプネット』。
キャベツのなかに牛のほほ肉のワイン煮をほぐして入れ、豚のミンチとかチーズ、卵なども一緒に巻き込んでオーブンで焼かれています。「これは冷蔵庫の残り物をミンチにしてキャベツに巻いて焼く家庭料理ですね。おふくろの味です」と太田さんはいいながら、みなにシェアしてくれます。このカプネットにも使用したというピエモンテのバルヴェーラ種の赤ワインと合わせます。
広いリビングを持つイタリア人の家庭に招待されて、春の家庭料理を堪能させてもらっている感じになってきました。
これぞイタリア家庭料理といった感じの『カプネット』
ドルチェはカカオ
さて、ここからは太田さんがアマゾンから輸入しているカカオのデザートの登場です。
焼いたばかりという『フォンダンカカオ』。混じり物のないカカオと水と卵でつくったケーキで、しっとりと高貴な味わいと香りがします。
「僕はこのカカオをアマゾンから輸入していて、シンシアとかフロリレージュでも使ってもらっています。老舗のコートドールでも使ってもらってます」
太田さんはそう言いながら、これが生のカカオです、と現物を見せてくれました。口にするとちょっとしょっぱい感じで、香りがすばらしい。多くの人たちを虜にした魔力のようなものを感じます。
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しっとりとした『フォンダンカカオ』
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カカオの塊
それに『カカオのミルフィーユ』、『バニラジェラート』が出てきました。自家製のフレッシュなジェラートにはバラのシロップ、バルサミコなどがかけられます。バラのシロップは現ローマ法王がお好きだとか。バラの香りと優しい甘さに包まれます。
時期がミモザの日に近いこともあり、『ミモザのケーキ』が出てきて、最後に『キャラメルポップコーン』。これはイタリアの路上で太田さんが売っていたものだそうです。
みんなジェラートにこのポップコーンを乗せてみたり、フォンダンカカオにジェラートとのせてみたり。
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『バニラジェラート』にバラのシロップをかけて
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愛すべきテースト『キャラメルポップコーン』
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『ミモザのケーキ』
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『カカオのミルフィーユ』はデザートワインと
「食は分かち合うもの。それぞれ好きなような分け合って食べてほしい。イタリアって保守的ですが、でも最近見かけなくなっている料理もある。僕はそんな古き良きものも再現したいし、ネイティブな良さにしっかり向き合っていきたい」と太田さん。
さまざまなドルチェはどれも魅力的です。
トスカーナのデザートワインとコーヒーをいただきながら、これぞドルチェ・ヴィータ(甘い生活)かと、古き良き時代の映画のことなどを思い出しました。食事の余韻をしばし愉しみながら。
小西克博(ヒトサラ編集長)
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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