更新日:2024.05.30食トレンド
五感全てがネパールへ旅するようなショートトリップを|豪徳寺【OLD NEPAL TOKYO】
2015年、大阪に開業した小さな【ダルバート食堂】。ここが、本田夫妻のネパールへの旅の始まりだった。その後、2020年7月に東京・豪徳寺にオープンした【OLD NEPAL TOKYO】だが、2023年秋に休業。約2ヶ月間をかけた改装ののち、内装も料理も新たに12月に再始動した。
大阪谷町で愛された【ダルバート食堂】の店名にある“ダルバート”とは、カレーや豆のスープ、ご飯にアチャールといったおかず類を一つの皿に盛った、いわばワンプレートカレーのこと。ちなみにダルとは豆、バートとはご飯の意味で、日本で言うなら、差し詰め“定食”といったところだろう。
【OLD NEPAL TOKYO】のコース料理内でいただける『ダルバート』。現在同店で提供するメニューは、昼も夜も同様のコース1本のみ
この【ダルバート食堂】、開店するや瞬く間にカレー通の評判を呼び、高い評価を得たものの、本田シェフは新たな表現の場を求めて2020年に東京進出。豪徳寺の商店街に、ここ【OLD NEPAL TOKYO】を開いた。人気の『ダルバート』はランチに残しつつ、夜は『ダルバート』をメインとしたネパール料理を感性豊かなコースで提供。その斬新なスタイルは、モダンネパールの潮流として一躍注目を浴びたことは記憶に新しい。
改装の際に唯一残したという、ネパール語が描かれた壁
だが、本田さんの挑戦はそこに止まらなかった。ネパール料理の更なる可能性を追求すべく、2023年の秋、2ヶ月間を要して店内を改装。「ネパールの人々さえ気がついていないネパール料理の素晴らしさ、魅力を引き出し、そのポテンシャルを底上げしていきたい」との夢を胸に秘め、2023年の暮れ、装いも新たにリスタートした。
「ここでは、自分達の世界観をより表現していきたい」と語る本田夫妻の想いが詰まった唯一無二のネパールファインダイニング。それが、新生【OLD NEPAL TOKYO】だ。
扉を開けると、窓明かりのない真っ暗な闇に包まれる
ネパールの裏路地を思わせる細い廊下を行けば、その先にシックなダイニングが現れる。ネパールで採音してきたという街の雑踏やお寺の鐘の音などをBGMに聴きながら、お香の香りに包まれていると、いつしかここが豪徳寺の商店街であることを忘れてしまいそうになる。
ネパールでは礼拝用として使われる、伝統的なお香が焚かれている
まるで別世界に来たかのような高揚感は、丁寧な説明と共に供される料理を食べ進むにつれ、やがてマックスにーー。ストーリー性のあるコースの一皿一皿は、食べ手をミステリアスな時の流れと食に引きこみ、しばし、非日常の世界を味わわせてくれる。
広くとられたメインダイニングは、洞窟のような雰囲気
ちなみに、同店2階にはディレクターでもある本田真理さんが営む、本格スパイス店【sunya】がある
コースはテーマを決めての内容となり、取材に訪れた3月は「ムスタンの色彩」がテーマ。ムスタンとは、ネパール中央北部の山岳エリアのことで、本田夫妻がこの地を訪れた際、その素朴にして雄大な風景、とりわけ色のコントラストが印象的だったのだとか。それゆえ、その自然が映しだす色彩をテーマに料理を組みたてたとのこと。内容は以下の通りだ。
Mustang
-
White ヒマラヤに積もる雪
RED ムスタン名産のりんご
Gray ガンダギ川 河原の石
Green 緑豊かな渓流
Black スクティ(干し肉)
Clear ヒマラヤの雪解け水
Brown ダイナミックな地層が続く荒野
Dal Bhat
Yellow 稲穂の収穫、シーバックソーンの実
さて、いったいどんな料理が供せられるのだろうか?
白から連想した1品目は“ヒマラヤに積もる雪”。コースのアミューズ的な立ち位置で、この一皿に、本田シェフはネパールのハレとケの料理を盛り合わせた。クッキーのようなスクエアの食べ物は、祭りの時に食べられるという“デュックドック”。現地のまんまではなく、ギーやチベタンスタイルのチーズのようなものを付けて食べるスタイルにアレンジしている。
『Dhok dok, TsampaーーWhite』
その横が“ツァンパ”。本来は炒った大麦を粉末にしたものをこねて食べるのだが、本田シェフの手にかかるとお洒落なフインガーフードに変身。薄い円盤状にして胡桃や杏、チーズを乗せ、一口でどうぞという趣向となっている。これらに添えた飲み物は、バター茶をイメージしたもの。甘さはなく、プーアル茶をベースに、ミルクやギー、塩で調味している。
ちなみにコースに合わせてペアリングも一皿ごとにアルコール、ノンアルコールの双方を用意。こちらのアレンジもなかなかユニークで楽しい。
『ShyauーーRed』
2品目の“赤”はムスタンの名産のりんごを使ったサラダで、りんご、ビーツ、紫キャベツに苺のアチャール入りとまさに赤尽くし。シードルとワインで造られたドリンク“WIDR”を使ったカクテルとよく合う。
『Alooko AcharーーGray』
次に、河原の石に見立てたじゃがいものアチャールが、本物の石に混じってお目見え。茹でたじゃがいもを餅のように臼で潰し、そこに黒胡麻を混ぜて丸めたもの。いわゆる黒胡麻風の芋団子なのだが、もちもちとした中に胡麻の風味が広がり素朴なおいしさだ。これには、涼やかさを表現したラベンダー風味のドリンクが添えられる。
緑のスープが、ソテーした岩魚に目の前で注がれた
続いてフレンチのような仕立ての一皿が登場。スープは旬のグリンピースと天豆のペーストを合わせて、緑の渓流の中を泳ぐ岩魚を想定したものだ。ネパールは内陸国ゆえ海が無い。だからだろう、本田シェフは基本的に魚は川魚しか使わない。そこに本田シェフなりの拘りがある。
『Ghandhau, MachaーーGreen』。仕上げには、針葉樹であるトウヒのオイルで爽やかに
再構築した料理にしても、一見、斬新で創作的に見えながら、その実、本質は決して外さない。より質の高い食材を用い、細部にまで気を使うなど一つ一つの工程を振り返り、丁寧に行うことでネパール料理に敬意を払い、その可能性を見い出している。
コースに使用する食材の一部。印象的な黒い大きな塊について伺うと「これが、スクティ。マトンの干し肉です」
次に本田シェフが皿にのせてきたものは、黒い岩のような物体と漆黒の麺。日本のうどんにも似た、と言われるネパールのスープ麺“トゥクパ”だ。
もちろん、麺は手打ち。自家製だ
まるで鰹節のようにカチカチになった黒々とした干し肉は、言うなればマトン節。竹炭を打ちこんだ黒い麺の出来上がりに削って振りかけて旨みの補強を計り、キノコの発酵アチャールとスパイス豆をトッピングしている。
『ThukpaーーBlack』
ここまで食べ進むうち、ネパールの料理はインドよりもスパイスの使い方が穏やかなことに気がついた。奥深いスパイスの風味は感じられるものものの、刺激的なテイストはほぼ無い。言葉を変えて言うならば、食材の味を生かしているといってもいいだろう。本田シェフによれば、それこそがネパール料理の特徴の一つだという。
『PaniーーClear』
ここでお口直しに、ヒマラヤの雪解け水をイメージしたライムシャーベットが出て、肉料理のポークセクワが運ばれてきた。セクワとは、スパイスでマリネした肉を焼いた料理のことで、ネパールでは炭火焼きにするらしいが、本田シェフは一工夫。低温調理を施した後、炭火で焼きあげている。
シェフの本田遼さん
こうすることで、肉自体は柔らかく、周りは炭火の香ばしさを纏って風味豊かに仕上がるという寸法だ。添えられた菊芋や蓮根、蕪などの根野菜には焼き目がしっかりとつけられ、地層と荒野を連想させるよう。フキノトウとバナナのつぼみのアチャールがほろ苦く、渋いおいしさを醸し出している。
『Bangurko SekuwaーーBrown』
そして、いよいよダルバート、である。今回は、ナマズのカレー、サーグ(青菜炒め)にお決まりの豆スープことダールと白飯のバート。そして、菜の花と金柑の和え物にグンドゥルックと大根、フルーツとミントのアチャールがセットについている。
『Dal Bhat』
ナマズは軽くスモークをかけてあり、スパイスの風味と共に淡白ながら余韻のある味わいを楽しませてくれる。ここにグンドゥルック(発酵青菜を乾燥させたもの)を混ぜれば、より味わいは複雑となる。ギーがたっぷり入ったダールは素朴ながら濃厚。独特の滋味が後を引く。
ダルバートの食べ方に、これといったルールはない。食べる順番も自由。一品づつご飯と共に食べてもよし、最初から全部混ぜるもよし、自分なりのおいしい食べ方を見つけるのもなかなか愉しいものだ
ちなみに各種アチャールは味変に最適。ダルバートでは、漬物的立ち位置だが、ネパールの場合、インドのようにアチャール=漬物というわけでも無いようだ。本田シェフ曰く「アチャールは“味を変える“ための存在でもある」そうで、さまざまな用途で登場する。
『Chamalko KulfiーーYellow』
最後の甘酒のアイスも、フレンチのそれを思わせる繊細な仕上がり。甘酒のアイスを覆うメレンゲの板はネパール産ターメリック風味。アイスには米糀からつくる、米蜜を使ったシーバックソーンの実のソースを添えてある。このシーバックソーンもムスタン地方の南で採れるものだ。どこかで食べたことのある味? と思っていたら「サジーです」と本田シェフ。このサジー、ミネラルなどの栄養素を豊富に持つスーパーフードとして最近話題の果実だ。甘酒の優しいあまみのいいアクセントとなっている。
さて、これで2時間余りのネパールへのワープは終了。これまでに経験のない味覚の連続のあと、馴染みのあるダルバートで〆るコース運びも巧み。ゆくゆくは、ネパールの地でネパール料理のファインダイニングを開きたいと語る本田シェフ。
「ネパールでは、まだまだ、料理人の社会的地位が低い。ネパールの人たちが自分達の食文化を受け継ぐことに誇りを持てるような環境と自意識が、僕がファインダイニングを成功させることで生まれていけばいいなぁと思っています。」
この人はきっと、前世はネパールの人だったに違いないーー。ネパールの食文化について熱く語る本田遼さんを見ていて、そんな想いがふっと頭をよぎった。
夢への第二章は、始まったばかりだ。
【OLD NEPAL TOKYO】
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電話:03-6413-6618
住所:東京都世田谷区豪徳寺1-42-11
アクセス:豪徳寺駅 徒歩2分店舗詳細はこちら >
撮影/佐藤顕子 取材・文/森脇慶子 企画・構成/宿坊アカリ
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