山形県【山菜料理 出羽屋】~ヒトサラ編集長の編集後記 第70回
山形駅から車で約50分ほど山に入った月山の麓に【山菜料理 出羽屋】があります。4代目の佐藤治樹さんが料理長をつとめる、山菜料理を提供する宿です。もともと出羽三山を訪れる行者の宿だっただけあって、当時から続く山菜の伝統が時を超えて受け継がれ、ここに来なければ味わえない料理の数々が多くの人々を魅了しています。食事だけいただくことも可能ですが、今回は宿泊して、ゆっくりと山の恵みに浸ることにしました。
山菜料理は山に詳しい人にとっては馴染みのあるものですが、一般的にピンとくる人は少ない気がします。どちらかというと添え物のように見られてしまいがち。ただこちらでいただく山菜は、ちょっと想像を超えています。中庭が見えるシェフズテーブルで、まず出てきたのがこれです。
はたして何種類その名を答えることができるでしょうか。私が分かったのは、こしあぶら、こごみ、わらび、うどだけでした。料理長の佐藤さんが説明をしてくれます。
「左上から右に、あまどころ、こしあぶら しおで、こごみ。真ん中左から右に、わらび、あいこ、うど、なんまい。左下から右に、あおみず、あかこごみ、くわだい、やまにんじん、となります」
さあ、月山ビールと朝日鷹の本醸造で12種類の山菜をひとつずついただきましょう。山菜はお浸しにされたものが中心ですが、それぞれに個性が引き立つような調理がされています。
あまどころには甘みがあり、こしあぶらは天ぷらよりも味の輪郭がわかりやすい。しおでは小形のアスパラ風味、こごみはぜんまいより優しく感じます。
わらびはアクがあるので乗せられたショウガでさっぱりといただき、あいこも旨みを感じます。うどはコクのある胡桃味噌でおいしく、なんまいはさっぱり。「なんまい」とは初めて聞いたのですが、仏像の頭に似ているところからきているのだとか。
あおみずも東北ではよく見かけます。山菜の魅力であるシャキシャキした歯ごたえに独特の粘り気。あかこごみは癖のない品のよさを感じ、くわだいもさっぱりしています。やまにんじんはやはり薬草っぽい香味です。
それぞれに独特の香味と歯ざわりがあり、新鮮な苦みを伴った土の味がします。食べ進むうちにだんだん森の中へ誘われるような気持ちになります。実はこれですでにメインをいただいたような気になりました。
次は炭で少し焦げ目をつけたサクラマス。涼やかな渓流をイメージしながらいただくと、佐藤さんが月山筍を焼き始めました。若筍のなんともいえない山のいい香りが部屋を満たします。
「月山筍」は、雪の重みで根元が曲がって伸びるため「根曲がり竹」とも言われるおいしい筍です。私も何度か採ったことがあります。信州地方ではこの根曲がり竹と鯖缶で味噌汁をつくったりします。皮ごと焼くことで香ばしさが立ち、また皮で蒸されるのでほくほくの月山筍ができあがります。これはまたお酒が進んでしまいます。湯殿山のものは赤く、月山のものは緑色が強いと佐藤さんは語ります。
そして鴨、これは庄内鴨ですね、おいしそう。「でも鴨が行者にんにくの添え物みたいになってます」と佐藤さんは笑います。オレンジワインの「porta#8」を合わせてもらいました。これは【Noma】などでもオンリストされている東欧ナチュールワインの中心的な存在。果実感が独特なので癖のある山菜料理にけっこういけますね。
次は鰻です。これは氷餅と海苔でサンドしていただきます。氷餅は凍み餅とも言い、寒冷地の保存食として長く食べ継がれてきたものです。それを現代風にした鰻バーガーといったところでしょうか。お酒を、長珍酒造の「備前雄町50」という生酒にしてもらいます。さっぱりとして鰻にも合い、夏を感じさせてくれます。
りゅうきんか、はりきり、といった山菜は天ぷらでいただきます。今回はイワナも天ぷらでいただきました。
そして熊肉の登場です。いつ見ても美しい色をしています。これはやはりしゃぶしゃぶにしていただくのがいいですね。
新玉ねぎとじゅんさいの入った熊しゃぶ。これまた爽やかな初夏の味わいです。宮城の「乾坤一」の純米吟醸でいただきました。
もうひとつ、と佐藤さんが出してくれたのは熊のもも肉をカツにしたもの。2か月漬けこんだという熊カツはクジラのような深みのある味わいがあり、味変してくださいと添えられた行者にんにくがまたいい仕事をしてくれます。
最後は出羽屋さんご自慢の混ぜご飯です。山菜とサクラマスの2つが出てきました。月山の湧き水で炊きあげられたいい香りの白飯に季節の山菜が混ぜられます。炊き込みではなく混ぜるというところにもこだわりがあると佐藤さんは言います。
「昔は、白いご飯をたらふく食べることが夢だったそうです。この料理はいろんな具を濃いめに炊いておいて、少ないおかずでたっぷり白いご飯が食べれるように工夫された最高のご馳走なんです。うちでは祖父の前からこうして食べていたようです。なので僕もそれにこだわってみようかと思いまして」
先人の知恵や思いやもてなしやらが全部つまったようなご飯で、ディナーはおしまいです。
最後の甘味は目の前で佐藤さんがつくる葛切り。じゅんさいと黒蜜でいただきます。山形のサクランボも旬を迎えました。
ここで泊まれるとなると、帰る時間を考える必要もなくのんびりできます。
お風呂に入り、中庭を散策しながら山の風に吹かれてみます。もう夏の気配を十分に感じます。
月山の森に抱かれて、今日はよく眠れそうです。
小西克博/ヒトサラ編集長
北極から南極まで世界100カ国を旅してきた編集者、紀行作家。
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