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パリの【Sola(ソラ)】を東京の空の下で<ヒトサラ編集長の編集後記 第22回>

惜しまれながら閉店したパリの【Sola】が、東京・青山に3夜限定で復活しました。パリの味をそのまま再現しようと、食材のほとんどをフランスから取り入れるこだわり。そしてソムリエは大越基裕さん。吉武シェフのこれからを感じとれる贅沢な一夜でした。

パリの【Sola(ソラ)】を東京の空の下で<ヒトサラ編集長の編集後記 第22回>

日本人スターシェフの凱旋

 フレンチのしっかりとした味わい深さがあるのに全体が軽やかで、自由で、どこか懐かしさ感じる。
 吉武さんの料理を口にしたとき、最初に感じたのはそんな思いでした。
 パリで10年、日本人シェフとして活躍してきた吉武広樹さん。パリにある彼の店【Sola】は、開店から1年ちょっとでミシュランの星を獲得した有名店です。
 しかしそんな「Sola」が閉店してしまい、残念に思っていたところ、東京でクリスマスに3夜限りの限定ディナーを開催するからとお誘いを受けました。
 場所は南青山の「INTERSECT BY LEXUS - TOKYO (インターセクト・バイ・レクサス)」。ソムリエがベトナム料理【アンディ】の大越基裕さんというのも、素敵なコラボレーションです。

    「INTERSECT BY LEXUS - TOKYO」の2階が今回の舞台になった

    「INTERSECT BY LEXUS - TOKYO」の2階が今回の舞台になった

どこかしらに感じる和の要素

 まずはシャルル・エドシックのマグナムを大越ソムリエが注いでくれます。「マグナムのほうが深みがあって、アミューズの酸味にも共鳴するはずです」。
 アミューズは3品です。毛ガニのタルタル、フォアグラの西京漬け、ボタンエビとキャビア。

    フォアグラの西京漬けと毛ガニのタルタル

    フォアグラの西京漬けと毛ガニのタルタル

 毛ガニには柚子の香る出汁のジュレを添え、フォアグラは西京味噌でマリネ、ボタンエビには白醤油を加えるなど、それぞれ季節の食材のもつ新鮮で自然な旨味を軽やかに引きたてる調理が施されています。
 最初の毛ガニとシャンパンでまずはすっきり。美味しさの余韻を引き継ぐようにフォアグラの西京漬けが出てきます。どこかしらに和の要素が入っているのが【Sola】の特徴だとすれば、これらのアミューズはわかりやすい導入になっているようです。
「自分の知っている味がどこかに入っているとわれわれはほっとするんです。またそれが未知の食材との接着剤になってくれたりもします」と吉武シェフ。日本人がほっとするこの感覚をパリの人たちにも納得させて提供してきたシェフの言葉には重みがあります。
 最後のボタンエビには日本酒を合わせました。仙禽の「雪だるま」です。この純米大吟醸の濁り酒はエビのとろみをすっきりさせてくれ、雪だるまの可愛いエチケットは聖夜のテーブルに彩りを加えます。

    ボタンエビには可愛いエチケットのどぶろく「雪だるま」を合わせる

    ボタンエビには可愛いエチケットのどぶろく「雪だるま」を合わせる

 前菜はスズキのカルパッチョと、ホタテのポワレです。
 スズキをはじめ今回の食材はほとんどフランスから持ってきたというもので、われわれはあの予約の取れないパリの【Sola】の料理を東京で頂いているという贅沢を味わっています。
 スズキはブルターニュ産の味の濃いもので、3~4日寝かせたもの。紫蘇とライムのビネグレットソース。これは和風セビチェのイメージだとシェフは語ります。
 ワインは爽やか軽めの函館農楽蔵からナイヤガラ種が強く香る「ラロ・フリッツァンテ・アロマティコ」。もうなかなか手に入らないヴァン・ナチュールです。
 このワインのアロマテイックな魅力。北海道でも以前経験した力強い大地の香り。料理の酸味とはまた違う感じの柑橘感があって、香りと味のハーモニーが広がります。

    スズキのカルパッチョにはナイヤガラ種の「ラロ・フリッツァンテ・アロマティコ」を

    スズキのカルパッチョにはナイヤガラ種の「ラロ・フリッツァンテ・アロマティコ」を

 ホタテは貝柱をポアレしてあり、上にバターの泡。
 トリュフと卵黄という鉄板の美味しさがその下に、かぼちゃのチップの油分と塩気とパリッとした歯ごたえが、美味しさを増幅します。
 シンプルに美味しいところを重ねた感じなので、子供っぽい味にも感じるのですが、そこに大越ソムリエはグルジア最古の白品種である「ルカツィテリ」のオレンジワインをあててきます。土に埋めた甕の中で自然発酵させ、そのまま熟成させ、ノンフィルターで瓶詰めされたものです。
「卵料理にワインは意外と難しいんです。でもこのワインは渋みと粘性をカットしてくれると思います。むかしからある製法のワインがシンプルな旨さに合うはずです」
 オレンジワインが引きたてる卵やトリュフの風味は絶品で、わかりやすく力強い旨味を、大人っぽく華やかに飾り立ててくれているようで、ワインペアリングの妙を感じさせてくれます。

  • 大越基裕ソムリエ

    大越基裕ソムリエ

  • 吉武広樹シェフ

    吉武広樹シェフ

    ホタテのポアレにはグルジア最古の白品種である「ルカツィテリ」のオレンジワインを

    ホタテのポアレにはグルジア最古の白品種である「ルカツィテリ」のオレンジワインを

軽やかな舌平目、華やかな鴨

 メインの魚の舌平目もブルターニュ産で、ロカのリゾットが添えられています。
「今回はメインのお肉以外は、魚介中心に構成しました。そのほうが軽やかでヘルシーでいいかと思って。Solaでもそうだったように、バターを多用しないで肉のゼラチンを加えてみたり、クリームの代用に牛乳をつかったりしています」。
吉武シェフが説明してくれます。
 舌平目は古典的にバターでムニエルしたものですが、低温でオーブンしバターを最後にさっとまとわせる調理法で、重く感じないような配慮がされています。下に敷かれたネギのローストの甘さがまた懐かしさを感じます。ソースにはケッパー、パセリなど10種類以上のスパイスが使われ、乾燥させた黒オリーブやレモンの皮のコンフィチュールなどの隠し味が、香ばしさのなかの重層的な美味しさとしてハーモニーを奏でます。
 合わせるワインはソービニオン・ブランの「ディディ ジャッロ」。これはアデレードでつくられた完熟ぶどうからつくられているそうですが、柑橘系の香り、凝縮した旨味が、メインの皿を深めていきます。

    舌平目のムニエルはオーストラリア・ワインと

    舌平目のムニエルはオーストラリア・ワインと

 メインの肉はシャラン産の鴨。胸肉はロースト、足の部分は豚脂、フォアグラなどパイ包みで出されます。しっかりボリューム感のある一品です。ソースはビーツジュースを煮詰めたものにフォンドボーを加えたものでしょうか。ゼラチンをたっぷり感じるもので、藁であぶった燻製香も華やかな演出をしています。
 【sola】ではジビエはあまりやらなかった、とシェフ。席数に対応するには、シェフの「おまかせ」料理にしてもらうしかなく、牡蠣などの好き嫌いの多い食材もあまり出さなかったそうです。

    鴨料理はシチリア・ワインと

    鴨料理はシチリア・ワインと

 そんななかでも鴨料理は用意したようで、鴨好きなフランス人が好む一皿といった感じになっています。シェフのフランス料理へのリスペクトが感じられる料理ともいえましょう。
 ワインはブルゴーニュかと思いきや、シチリア初のD.O.C.Gチェラスオーロ・ディ・ビットリア。高原でつくられるフラッパートとネロダーボラで、土地のミネラルが凝縮した感じや、さほど重くない口当たりが、とてもここちよいワインでした。

クラシックへの回帰か、自分自身への回帰か

 デザートにはバジルのブランマンジェが出てきました。
 濃厚な鴨料理の後なので、バジルやゆずのシャーベットもさっぱりしたいい感じ。八角の味も現れ、とても爽やかです。
 フレンチの定番チョコレートスフレでヒメネス・スピノラのシェリー酒が登場。天日干しのブドウの凝縮した甘みはチョコレートの風味を長くとどめます。訊けば、1918年の酒が継ぎ足されているものだとか。しばし余韻に浸ります。

  • 爽やかなバジルのブランマンジェ

    爽やかなバジルのブランマンジェ

  • シェリーと味わうチョコレートスフレ

    シェリーと味わうチョコレートスフレ

「やはりクラシックへの回帰かな、などと思うんです」と吉武シェフ。
「僕の周りではみんな、流行の先端のような料理に疲れてるし飽きてきてますね。僕は基本に忠実に、記憶に残るような本当に美味しいものを追求していきたいと思っています」。
 最後にマカロンみたいなモナカ「モカロン」が出てきて、ほっとしたシメになりました。

    最中とマカロンの融合「モカロン」は、左から苺と梅干、柿とオレンジ、青りんごと紫蘇という3種の独特のフレーバーが面白い

    最中とマカロンの融合「モカロン」は、左から苺と梅干、柿とオレンジ、青りんごと紫蘇という3種の独特のフレーバーが面白い

 パリで世界的な評価を受けて凱旋帰国した感のある吉武シェフ。
 でも本人にはそんな気負いはないようです。柔らかな笑みを絶やさず、流行りに流されないしっかりした料理をつくっていきたい、と語る姿には、自分は伝統を受け継ぐ日本人の一職人なんだというプロ意識を感じました。
 吉武さんは今後、博多で自分の店を展開していく予定だそうです。故郷でもある九州の地元の食材を使い、今までになかったレストランをやってみたいと語ります。
 最近九州に行くことが増えた私も、アジアのシェフたちが注目しているこのエリアの魅力を吉武さんによって再認識させてほしいと願います。
 アジアのみならず世界の食通はいま、日本の地方の可能性に大いに注目しているのですから。

この記事を作った人

小西克博(ヒトサラ編集長)

北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。

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