上柿元勝シェフの原点。パリの魚介専門店【Le Duc】が日本にやってきた!
日本のフランス料理を牽引したシェフの一人、上柿元勝さんが24歳の時に単身渡仏し、最初に働いた店が【Le Duc】だ。フランスで修業後、1981年に神戸ポートピアホテル「アラン・シャペル」のオープンのため帰国し、ハウステンボスホテルズ総料理長、ホテルヨーロッパ総支配人兼総料理長などを歴任した名シェフ・上柿元さんが“料理人人生の原点”と断言する名店のフェアが5月某日、日本で開催された。フェアに訪れた上柿元シェフを取材し、パリのエスプリ香る老舗レストランの魅力に迫った。
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創業1967年 パリで魚のカルパッチョを最初に出した老舗レストラン【Le Duc】
上柿元シェフも驚いた、フランスでも極上の魚が集まる店
日本で初めてのフェアで変わらぬ味に再会
創業1967年 パリで魚のカルパッチョを最初に出した老舗レストラン【Le Duc】
パリで魚に特化したレストランがある―。そんなことを耳にしても、今やパリでも鮨から和食、魚に特化したパラスホテルのレストランもある時代。鮮度の高い魚を出す店があるといっても、特段驚かないだろう。けれど、ヌーベルキュイジーヌが台頭してきた1960年代、鮮度を売りにした魚料理を出すレストランはパリには皆無だった。そんな時代に魚を売りにし、人気を博したレストランをご存知だろうか? その名は【Le Duc】(ル・デュック)。1967年、南仏出身のオーナーシェフ・ジャン・ミンケリが、故郷マルセイユ、そして暮らした大西洋に浮かぶ島、イル・ド・レで自分が味わってきた“鮮度のいい魚でお客様を楽しませる”という、当時のパリでは斬新なコンセプトの店をオープン。瞬く間にパリで話題の店にしたのだ。以来、現在にいたるまで食通でも知られたミッテラン大統領から、アラン・ドロン、カトリーヌ・ド・ヌーブ、マリオン・コティヤールなどのセレブリティが通う名店として名を馳せている。
ラスパイユ通りに面した、シックなファザード。
1974年、その店にお腹を空かせて仕事を探しに訪ねたのが、当時24歳の上柿元勝シェフだった。
「料理学校のフランス留学の公募に応募したが落ちてしまったのが悔しくてね。フランスへ行ったら仕事があるだろうと軽い気持ちで自費渡航したんです。でも、ビザの問題もあって、パリ中を何十件探してもすべて門前払いで働けない。そうこうするうちに自国に帰る費用にも手をつけてしまっていた。一週間ご飯も食べてなくて、もうダメかも、と思いながら飛び込んだのが 243ラスパイユ大通りの店【Le Duc】だったんです」。
今回のフェアのために作られたメニュー。魚のイラストが素敵。
店を覗いたらカウンターに大きな薩摩焼の壺が飾ってあって、鹿児島出身の上柿元さんは故郷のものを見て思わず店に入ったのだとか。壺の値段を聞かれたのに、自分の給料を聞かれているかと思って話をしていた上柿元さん。ちぐはぐな会話だったけれど、仕事をしたいと必死で話をしていたらオーナー・ジャンさんの弟・ポールさんが、壺屋の息子と勘違いしたことがきっかけで、紆余曲折ののち見事仕事を得ることができたのだと言う。
「仕事はどんなことができるのか、と聞かれても厨房で余ったパンを捨てているのが気になって耳に入らないくらいひもじかった。生きるか死ぬかの瀬戸際だったんです。そんな僕に仕事をくれた【Le Duc】は本当にファミリアルでいい雰囲気のレストランでした。僕にとっては忘れられない店であり原点です」。
上柿元シェフも驚いた、フランスでも極上の魚が集まる店
ウニにラングスティーヌ。鮮度良く、そしていい素材を使うのが信条。
偶然入った店とはいえ、【Le Duc】の厨房に並ぶ食材を改めて見たら、それらが驚くほどいいいものだったのを覚えている、と上柿元さん。「見たこともない大きなドーバーソールが並んでいたりしてね、魚は日本のほうが全然上でしょ、という人もいたけれど、素材は抜群のものを使っていました」。
当時、ジャン・ミンケリさんは毎日ランジス市場に通い、選んだ魚を鮮度を損なわないように調理。その目利きは料理界では一目置かれ、あのジラルデシェフも魚の仕入れについて頼りにしていたという。創業から50年、そのエスプリは、ジャンの息子でもある現オーナー、ドミニク・ミンケリさんと現在の店を支えるシェフ、パスカル・エラールさんにも引き継がれている。
今回のイベント、スペシャルメニュー『ブイユ"ル・デュック"スタイル』。サフランの香り漂うクリアなスープのなかに、ホタテの貝柱や魚がゴロゴロ入り食べ応え抜群。
「今は昔のようにランジス市場ではなく、魚は直接顔の見える生産者から買うのがメインです。僕はブルターニュ出身なんですけれど、故郷の近くの島、ノワール・ムティエの漁師から魚を買ったり、ほかにも何人か契約をしている漁師がいて、いい魚を入れています」とパスカルシェフは胸を張る。
仕入れたいい素材の良さを生かし、シンプルに料理するのが【Le Duc】の真骨頂だ。レシピは創業当時とほとんど変えていない。例えば『ブイユ“ル・デュック”スタイル』は、従来のブイヤベースとは違い、数種の魚をたっぷりと使ったベースのスープの上澄みを、具材となるジャガイモや魚に合わせて仕立てている。そのピュアでクリアな味わいは、魚のもつ旨味をより豊かに感じさせる。また、ジャンさんやパスカルシェフにもゆかりの深いブルターニュのバターと生クリームをきかせた『アサリの生クリーム タイム風味』はこっくりとしたソースに寄り添うように、タイムの爽やかな香りの清涼感が口に広がる。
上柿元シェフが働いていた当時からメニューにあったという『アサリの生クリーム タイム風味』
そんなパスカルさんだが、今回のフェアの材料を仕入れるため、会場となった【北島亭】の北島奉幸シェフ、スーシェフ大石義一さんらと築地を回って日本の魚のクォリティの高さに驚いたという。「日本の魚は素晴らしい、種類も豊富だし、その魚を生かす技術もすごいですね」。
日本で初めてのフェアで変わらぬ味に再会
【Le Duc】のパスカル・エラールシェフ(左)と上柿元勝シェフ(右)
フェア当日。おしゃれなスーツに身をつつんだ現オーナー、ドミニクさんが笑顔で上柿元さんを迎えた。「僕が【Le Duc】にいたとき、ドミニクはまだ小さな子供だったよ」と嬉しそうな上柿元さん。席に座ると、早速親交のあるパスカルシェフがテーブルへ。再会を喜び、「今日は楽しみにしています」とパスカルさんに声をかけた。
ランチが始まり、まず上柿元シェフの前に登場したのは【Le Duc】のスペシャリテ『スズキのカルパッチョ ガーリックトースト添え』。これぞ創業当時この店を有名にした“ポワソン・クリュ”(生魚)の一皿だ。レモンなどは使わず、オリーブオイルと塩のみ。薄くスライスしたスズキの身が美しい。
創業以来のスペシャリテ『スズキのカルパッチョ ガーリックトースト添え』薄くカリカリにしたトーストとしっとりとしたスズキの身が好相性
「ああ、このスズキのクリュの味もガーリックトーストの風味も当時と変わりませんね。」と目を細める上柿元シェフ。「お隣の方が召し上がっている、ドーバー産ソールのオーブン焼き、ヴィネガー風味。支配人がお客様の前でデクパージュ(切り分け)する姿はパリのル・デュックを思い出します」。最後はマダムミンケリも合流し、昔話に花を咲かせた。
「44年前からのご家族との交流を思い出しながら懐かしく語り合いました。フランス語のできない私を家族のように育ててくださったミンケリファミリー、本当に感謝の念に堪えません。今日は息子のドミニクさんやシェフのパスカルさんの働く姿を見て、感動いたしました。この場を作ってくださった北島亭の皆様に心より感謝申し上げたいですね。日本の皆様にもぜひ、パリで【Le Duc】のフランスらしい空気感、料理を味わってほしいです」
50年前からその厳しい目で素材を選び、魚介専門店の矜持を守ってきた【Lu Duc】。パリで魚介が食べたくなったら、偉大な日本人シェフの原点となり、多くのセレブリティも魅了された料理とエスプリを感じに出かけてみてはいかがだろうか。
左から、【Le Duc】シェフのパスカル・エラールさん、上柿元勝シェフ、マダムミンケリ、オーナーのドミニク・ミンケリさん。フェアの会場となった北島亭の前にて
Restaurant Le Duc
243 BD Raspail, 75014 Paris
この記事を作った人
山路美佐(ヒトサラ副編集長)
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