更新日:2017.05.27食トレンド 旅グルメ 連載
アジア・フーディーズ紀行 vol.1:中国・上海【Mr & Mrs Bund】
バンコク、シンガポール、ソウル、台北、香港……アジアの混沌は、ガストロノミーにおいてもモダンを超越するのか? そんな直感を確かめるべく、アジア最先端の美食を巡ってみました。第1回は上海【ミスター・アンド・ミセス・バンド】。出張や旅行の際の店選びにもどうぞ。
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フランス人シェフ、ポール・ペイレとは?
上海グルメシーンを牽引してきたモダンビストロとは?
「ここではないどこかへ」は、クリエイターの本能か
上海ガストロノミーの中心地、バンド(外灘)にある「Bund 18」とは?
8月上旬の週末。上海を象徴するエリア、バンド(外灘)の黄浦江川岸は、涼みに来るローカルたちでごった返していました。中国経済の斜陽がささやかれる昨今、その姿はアジアの大都市の姿そのもの。マニラやホーチミンの水辺と変わらない雰囲気が感じられます。
一方で、やはり、ここ数年のアジア経済をけん引してきた上海。郷土料理だけではなく、世界に通ずるハイクラスのレストランは充実してきています。いかにもアジア的なバンドの風景を眺めていたのは、アジア50ベスト・レストランにも4年連続でノミネートされて、上海のグルメシーンを牽引する【Mr & Mrs Bund】からでした。
出張族でもないぼくが、なぜこんなところにいるのか。
それは、GWに訪れたインド・デリーの【indian accent】で、アジアのトップレストランの面白さ――これまでの欧州が頂点を極めるヒエラルキーとは違った尺度が生まれていることを体験してしまったからでしょう。
たとえ、粗削りだったとしても、何か新しい面白いことが起こっているようなワクワク感から逃れることができずに、夏休みを機にいくつかの都市の注目レストランを回ってみましたので、今週から数回にわたりレポートしたいと思います。
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1922年に竣工した「Bund 18」。ギリシャ復古主義の様式が残る歴史的建造物でもあります
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上海を代表するようなガストロノミーが並ぶ「Bund 18」の店舗
上海でグルメの中心となるエリアの一つ、ハイエンドなホテルや商業施設が連なるバンドです。その中で、食に関して押さえておきたいのが「Bund 18」。20世紀初頭の植民地建築をリフォームしたこのビルには、3階に【ラトリエ・ド・ロブション 上海】、5階にロンドンから逆輸入され、現地のミシュランも獲得しているモダン広東【ハッカサン】、最上階にはセレブ御用達になっている眺めの良い【バー・ルージュ】と、ホテル系以外では、上海のガストロノミーを象徴するようなお店が、各フロアに連なります。
上海ガストロノミーのキーパーソン、ポール・ペイレとは?
現在の上海のガストロノミー・シーンを語るのに欠かせないポール・ペイレというフランス人シェフがいます。
1998年にシェフに就任したパリの【Café Mosaic】で頭角を現し、同時に、イスタンブールや香港、シドニー、ジャカルタのレストランでも活躍していた彼は、2005年に上海に移住します。【Jade on 36】というアヴァンギャルドなレストランを「シャングリラ・ホテル」にオープンした後、2009年に【Mr & Mrs Bund】で独立。2013年には、構想に15年をかけたという【Ultra Violet】もオープンしています。
実は、上海のディナーでの本命は、この【Ultra Violet】でした。毎晩限定10名、映像から香りまでを駆使したまさに五感で味わう総合芸術と称されるこの「ライブ」を体験したいと考えたのですが、1人約10万円という価格に腰が引けました。
最初からこれは怖い、とりあえず普通の形態の店である【Mr & Mrs Bund】から行ってみようというのが、今回の真相です。それで気に入れば、上海に行く機会は、またあるだろう、と。
とはいえ、この【Mr & Mrs Bund】も侮れません。フレンチ・ビストロのジャンルでありながら、件のアジア50ベスト・レストランでは、2013年:No.7、2014年:No.11、2015年:No.21、2016年:No.28と常連です。
「Bund 18」をエレベーターで6階に上り、エントランスを開けると、レセプションの女性が丁寧に席に案内してくれました。「丁寧」というだけで、ここはもう従来の中国ではないんだと実感できます。
店内は、レトロ・モダンと言えばいいのか、シャンデリアが飾られた古きフランスの邸宅のような雰囲気とともに、50~60年代のレトロフューチャーなインテリアも同居。そんな摩訶不思議な空間な中で、ジーンズを履いたカジュアルないで立ちのスタッフが、てきぱきと働いています。
上海ガストロノミーを牽引してきたモダンビストロ【Mr & Mrs Bund】とは?
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アミューズの『鶏のレバーパテ』。濃厚。
もりもりのバゲット。そこはビストロ流でした
日本人にはポーションが大きめだと聞いていたので、コースではなくアラカルトで注文。流暢な英語を話す若いサービススタッフからお勧めを聞きながら、4皿ほど頼んだのですが、アミューズの『鶏のレバーパテ』が出てきた時点で、「多すぎた」と悟ります。アミューズなのに、鯖缶くらいの大きさ。そして、中サイズのバゲットが1人当たり3本給されます。
普通の胃袋の持ち主なら、2~3皿がオススメです。
前菜の『フォアグラのムース』。散りばめられたナッツなどがオシャレ
前菜のフォアグラも、トーストされたパン・ド・カンパーニュが付き、結構なボリューム。ただ、アミューズは缶詰でのプレゼンテーションに頼ったアイデア勝負で、料理自体には個性を感じなかったのですが、この『フォアグラのムース』でなるほどと納得しました。ムースの上に散りばめられていたナッツ類の味や食感、量など、計算されていることがうかがえます。
スペシャリテ『トリュフ・トースト』。パリフワなバランスが絶妙
そして、スペシャリテの『トリュフ・トースト』。フレッシュなトリュフに慣れていたので、火が入ったトリュフの姿に一瞬不安を感じてしまったのですが、食べて、また納得。フォーム状のトリュフとスライスされたトリュフ、そして外はパリッと、中はフワッと仕上げた堅めのパンケーキのようなトーストの香りと食感は、意外やこれまで体験したことのないものでした。
メインの肉料理『子羊のグリル、イスタンブール風』。パンチ力満載
レモングラスでスモークされた『海老の燻製』を挟み、メインは『子羊のグリル』。中近東的なハーブを利かせたかなりパンチのあるテイストが印象的。
アジア・中近東と駆け抜けるあたりは、世界中で仕事をしてきたシェフのキャリアが反映されているのでしょう。
「Now here & Nowhere」はクリエイターの宿命
一通り料理を食べ終わった後に、オープンエアのテラスでカフェオレを飲み一服しながら、今日の料理を振り返ってみます。その答えは、やはりここは普通のビストロではなかったということです。
中国でありながら、西洋の石造りの建築。クラシックとモダンが混在したインテリア。トリュフ、フォアグラ、子羊などビストロ料理としてオーソドックスな食材を使いながら、テイストはインターナショナル。過去と現在と未来、西欧と中近東とアジアのエッセンス……このごった煮感は、上海そのものなのかもしれません。
そして、時間も空間も味覚も縦横無尽に駆け巡る料理から感じたのは、むしろ「ここは、どこでもない」ということです。
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テーブル周りのデザインは秀逸
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グラスワインに付けられた銘柄を示すタグ。このやり方は、初めて見ました
以前パリで仕事をしている建築家やデザイナーに取材を重ねていたとき、彼らは「この街の風景の中で暮らしていて感じるのは、歴史が重すぎることだ」と口々に語っていたことを思い出します。何かを創造する際に、その時間からも空間からも逃げ出したい気分と闘っていると。
その気持ちを振り返ると、至高の味を探求する職人とはまた別の世界ですが、料理の世界でもクリエイター的な指向を持ったシェフが、上海に惹かれるのは非常に合点がいきます。
今もかつても中国でありながら中国でないような上海、そしてその歴史を集約したこのバンドというエリアと、フランス料理という重い歴史(もちろん、それはそれでかけがえのない貴重なものでもあります)から逃げ出したいと言っているかのような【Mr & Mrs Bund】の世界観はリンクしているのでしょう。
冒頭で上げた【Ultra Violet】はどうなったか? そりゃ、「絶対に行かなくちゃ」という気分でいっぱいです。
Mr & Mrs Bund - Modern Eatery by Paul Pairet
営業時間:ブランチ(土・日曜)11:30~14:30(L.O.) ディナー(日~水曜)17:30~22:30(L.O.)、(木~土曜)17:30~2:00 (L.O.)
定休日:無休
電話番号:+86 21 6323 9898
email:reservations@mmbund.com
予約の仕方
日本語対応はしていないので、HPからの予約が便利。英語あるいは中国語で。
即時予約ではなく、専用フォームから希望日・人数を入力して送信すれば、中1日くらいで返信がきました。
今回は、約2週間前に、土曜日20:00からの予約を入れてみたら、「20:30からであれば、Bund View(窓際)の席が用意できます」とオファーがあったので、それに従ってみました。
食後のバータイムや喫煙休憩に使える眺めの良いテラス(TOPの写真参考)もありますが、やはり上海の絶景を眺めながら食べる食事は各段に満足度が高くなるので、ご希望の方は早めの予約で窓際の席をキープすることをお勧めします。
ドレスコードや店の雰囲気
VIPも多いハイエンドなお店ですが、あくまでビストロですので、それほど気を遣う必要は感じませんでした。
男性なら、トップは襟付きで。ボトムは半ズボン、ビーチサンダルでなければOKくらいの感覚でいれば大丈夫だと思います。
ただ、ディナーはムーディーな雰囲気の中、デートや接待などでドレスアップしたゲストも多いので、場の雰囲気を壊さないように、清潔感はマストで。
撮影・取材・文/杉浦 裕
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