更新日:2017.05.27食トレンド 旅グルメ 連載
アジア・フーディーズ紀行 vol.3:タイ・バンコク【nahm】
上海、シンガポール、ソウル、台北、香港……アジアの混沌は、ガストロノミーにおいてもモダンを超越するのか? そんな直感を確かめるべく、アジア最先端の美食を巡った第3回は、タイ料理を進化させてきたバンコク【ナーム】。出張や旅行の際の店選びにもどうぞ。
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伝統料理でありながら、ソフィスティケートされたテイスト
タイ料理として世界で初めてミシュランの星を獲得
「インターナショナルに通用するタイ料理」という一つのジャンルを確立
アジア文化の素晴らしさを発見したのは、多くの場合、外国人だった?
世界遺産アンコールワット近くに、内戦で途絶えていたカンボジアの伝統的な絹織物の再興を果たした日本人がいます。もともとは京友禅の職人だったその森本喜久男さんから聞いた話が印象的で、アジア諸国の文化を考える際、私のなかではその言葉が一つの指標になっています。
それは、どうして日本人であるあなたが、他国の伝統を守ろうとするのですか?と訊いたときの答えでした。
森本さんいわく、「20世紀後半の近代化、西洋化の中で、とくにアジアでは、自国の文化を自国の人間が評価するほうが難しい状況がありました。ならば、その素晴らしさを、外から教えてあげるしかないんです。日本も近代化真っ只中の明治時代はそうでしたよね」、と。
シェムリアップの街外れにある、森本さん主宰のクメール伝統織物研究所のギャラリーにて
8月に滞在していたバンコクでも、そういった例には事欠きません。
有名なところでは、タイシルクを一大ブランドに育て上げたジム・トンプソンなどもそうでしょう。彼はアメリカ人。日本では、松本清張が、謎の死を遂げた彼の数奇な人生をモデルに『熱い絹』を著したことで知られていますが、タイシルクに魅せられ、タイシルクを世界で通用する商品にソフィスティケートさせた立役者でもあります。
バンコクにおけるビジネスの中心地の一つ「サトーン」にある洒脱なホテル「COMO METROPOLITAN BANGKOK」内にあるタイ・レストラン【ナーム】を訪れた際に、頭の中を巡っていたストーリーは、こういったものでした。
【ナーム】のエントランス。高級ホテルのプールサイドに面していて、バンコクにありながらリゾート気分も漂います
洗練を身にまとった新たなタイ料理
この【ナーム】を訪れたきっかけは、今回もアジア50ベスト・レストラン。2016年はNo.8、'15年はNo.7、'14年はNo.1、'13年はNo.3と一桁台の常連組です。タイ料理でありながら、この評価の高さは何なのだろう?という、興味が先立っていたことは事実です。
そういったお試し感覚だったことや、スケジュールの都合もあり、今回はランチ利用でした。
ランチにもアミューズ。パイナップルが使われ、南国気分満載
『ビーフカレー』が美味しいことは聞いていたので、もう一皿、野菜系の前菜を頼んでみます。オススメを訊いたら、「初めて店に来たのなら、『野菜と果物のサラダ タイスタイル』がいい」とのことだったので、そちらで決定。
それらを待つ間、最初にアミューズが出てきました。アラカルトのランチで出てくるのは珍しいですね。
パイナップルの上にタイの味噌を載せた一口サイズ。アミューズや付き出しで、その店の世界観がわかるとはよく言われますが、その意味で好印象。程よいエキゾチックな南国気分と洗練さが同居しています。
『Thai vegetable and fruit salad with tamarind, palm sugar and sesame dressing』
続いて、『野菜と果物のタイ・サラダ――タマリンドとヤシ糖、ゴマのドレッシングで』。タイ現地で一般的なネギやバジルなど香味でもある野菜や、甘み抑えめの瓜系のフルーツが使われています。軽く混ぜて、口に運んだときにハッとしました。これだけ多種多様の食材を使いながら、この統一感は何?と。
取材をしたことのあるジャーナリストによれば、トンプソン氏はかなりの完璧主義とのこと。とくに強調しているのは「味のバランス」。そのために徹底的な研究と、日々の仕込みに妥協をしないシェフだということです。
例外も多々ありますが、郷土料理、地方料理の一つの特質としては、あまりバランスを考慮していないことだと考えています。なので、ハマれば最高! でも、ダメなら全然ということが多いと思うのですが、きちんとタイ料理の伝統にリスペクトを払いながら、世界のどの人が食べても美味しいと思わせる洗練をまとっていることが、このサラダからもうかがえます。
『Panang curry of Wagyu beef with peanuts, shallots and Thai basil』
メインは『和牛のパナン・カレー ピーナッツとエシャロット、バジルとともに』です。「パナン・カレー」はタイのレッドカレーの一種ですが、ピーナッツなどの香りが引き立ったマイルドなタイプ。エシャロット入りは初めてですが、程よく辛みが利いています。
私自身、辛すぎるのが苦手なので「少し控えめに」と頼んだせいもあるでしょうが、非常に食べやすい美味しさです。
肉は、おそらくA3あたりのランクの程よく刺しが入ったものを丁寧に煮込んでいるようで、柔らかすぎず固すぎずという絶妙なバランス。肉の旨みをころさないジャストな火入れにも好印象。
ジャスミンライスが付きますが、そちらも洗練された味です。
これだけポテンシャルの高いタイ料理を体験してしまうと、2皿では満足しきれませんね(満腹ではありましたけど)。もっといろいろな料理を食べたいという気分を残してしまったので、次にこの【ナーム】に来るときは、ディナーで目いっぱい堪能したいと思います。
オーナーシェフ、デヴィッド・トンプソン(David Thompson)という人
ここで、オーナーシェフのデヴィット・トンプソン氏のことを少し紹介しておきましょう。
オーストラリア出身のトンプソン氏の名が知られ始めたのは、シドニーで1992年にオープンした【Darley Street Thai】、'95年オープンの【Sailors Thai】と立て続けに成功させたことでした。これらのお店は、数年間、タイで修業し、帰国後すぐのことでした。
この成功に目を付けたのは、「ボンド・ストリートの女王」と称されたクリスチーナ・オングというシンガポール人企業家でした。彼女は、自身が経営するCOMOホテル系列のロンドンにある「The Halkin」内にレストランを開くことを彼にオファー。それが、オリジナルの【ナーム】です。
2001年にオープンしたロンドンの【ナーム】は、オープン後半年も経たずに、その年のミシュランで星を獲得します。これはまた、ミシュラン史上、はじめてタイ料理に贈られた星でもありました。
タイでの経験を礎に、オーストラリアで頭角を現し、ロンドンで世界のスターシェフの仲間入りをする。そこが彼のキャリア、料理の面白いところだと思います。バックボーンもそこに住む人々の味覚もまったく異なる地で、タイ料理の魅力を伝えていったシェフとも言えるでしょう。
そして、バンコクには、2013年に【ナーム】をオープン。それ以降の成功は、逆輸入のかたちですが、タイ料理の魅力を現地バンコクに改めて教えた外国人シェフだと評しても問題ないと思います。冒頭のエピソードを挙げたのも、そういうことです。
また、他国の文化を自分の成功のために利用している感は、彼の料理からはまったく感じないところにも好感が持てます。
その証しの一つとなるのでしょうか、最近のトンプソン氏は、タイのストリートフードをテーマとしたニュー・ブランド【Long Chim】を、オーストラリアのパースとシンガポールにオープンしているとのこと。むしろタイ文化の伝道師的な様相を帯びています。
「インターナショナルに通用するタイ料理」という一つのジャンルを確立
タイを訪れたことがある人には、ストリートフードの美味しさにハマってしまった方も多いでしょう。かくいう私も、「タイ料理を楽しみたい」ということなら、そちらをお勧めします。お財布への負担も限りなく軽いですし。
一方で、タイには宮廷料理の伝統があります。ベーシックなメニューはストリートフードと変わりませんが、より高級な食材を使い、見た目の美しさや提供方法を昇華させたタイ料理です。
トンプソン氏が【ナーム】で成し遂げたのは、その両方にリスペクトを払いつつ、ファイン・ダイニングとして「グローバルに通用するタイ料理」という一つのジャンルを確立したことだと、1時間強のランチでも十分実感できました。
多くの日本人の舌にも合うテイストなので、会食などのビジネスシーンにいいですね。出張などで食事をともにするのは仕事相手。でも、タイに来ているので、現地の風も感じたいというようなシチュエーションでは、真っ先にリストアップすると思います。
もちろん、旅行で訪れたものの強烈なストリートフードに食傷気味、でもせっかくタイに来てるのだから…みたいなときにも、高いパフォーマンスを発揮してくれることは請け合いです。
nahm
営業時間:ランチ 12:00~14:00 ディナー 19:00~22:30(L.O.)
電話番号:+66 2 625 3388
email:nahm.met.bkk@comohotels.com
予約の仕方
予約は電話かオフィシャルHPの即時予約(英語)が便利です。
今回は、ランチ利用だったので、予約なしで行きましたが、残っていた席は僅か。ハイ・シーズンには、ランチでも予約を入れたほうがよさそうです。
ドレスコード・店の雰囲気など
ドレスコードは「スマート・カジュアル」。ホテル系のレストランですが、それほど気負って行く必要は感じませんでした。
清潔感はマストですが、男性なら、トップは襟付き。ボトムは半ズボン、ビーチサンダルでなければOKくらいの感覚でいれば大丈夫だと思います。
ただ、ディナーはムーディーな雰囲気の中、デートなどでドレスアップした方が多いので、場の雰囲気を壊すような恰好は避けた方がいいと思います。
レストランではあいさつ程度の日本語しか通じませんでしたが、ホテルのほうでは日本語を話せるスタッフがいるので、何かあった時は対応してくれます。
英語が話せる方なら、まったく問題ありません。欧米のほか中国、シンガポールからの客も多く、店内では英語が飛び交っています。
撮影・取材・文/杉浦 裕
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