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更新日:2019.06.21連載

甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.18/【小花寿司】寿司

昭和の時代、どの町にも地元の人に愛されるお寿司屋さんというのが一つはありました。家族の行事や誕生日などの晴れの日に、家族みんなで訪れたり、出前をとったりしたものです。鎌倉・由比ガ浜にある【小花寿司】は、そんな昭和の雰囲気が残るお寿司屋さん。鎌倉ならではの地の食材や、旬のネタをつかったおいしい寿司、そして流れる心地良い時間に魅せられて、昔から近隣の文人や地元の人々に愛されている名店です。

甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.18/【小花寿司】寿司

理想の寿司屋、それは普段着の店

 打ち合わせがてら東京から編集者がやってくる時、お寿司屋さんをリクエストされることが多い。海のそばに来るのだから、魚を楽しみたいのだろう。けれど、意外にも鎌倉にはいい寿司屋が少ない。などと偉そうに書いてみたけれど、一体いい寿司屋ってどんなお店だろうか。

 由比ヶ浜通りの【小花寿司】に行って、その答えが少し見えた気がする。

 同店は昭和51年に開業した、いわゆる“老舗“である。生前の夏目雅子さんと伊集院静氏が結婚時代に贔屓にしていたことで知られている。さらにさかのぼれば、長谷に住んでいた川端康成の奥様が通っていたという。鎌倉の飲食店についてあれこれ書いている私は、東京および鎌倉の友人にしょっちゅう聞かれる。

「【小花寿司】って、どう?」

    店は、大将の三倉健次さん、息子の雅人さん、女将の秀子さんの3人できりもりする

    店は、大将の三倉健次さん、息子の雅人さん、女将の秀子さんの3人できりもりする

 その度にあいまいに誤魔化した。訪れたことがなかったから。鎌倉のことをよく知っているつもりだから、古くから由比ヶ浜通りにある寿司屋にいったことが無いとはいいにくい。ずいぶん昔に、センスを信頼している知人が一度行ったことがあったが、それっきりだと聞き、私もなんとなくそれに従っていた。鎌倉にはしょっちゅう新しい店がオープンするので、そちらに行くのに忙しいせいもあるにはあった。

 けれど、ある夏の午後、暑さで食欲がなくなり口が不味くなって、こういう時にはお寿司が一番と【小花寿司】に向かった。この際だから(というのも大袈裟だけれど)自分の目と舌でこの店を体験してみようと思った。

    座敷の壁に飾られているのは、伊集院静さんのペンネームが決まる前につくられた本人の直筆作品「男の初夜」

    座敷の壁に飾られているのは、伊集院静さんのペンネームが決まる前につくられた本人の直筆作品「男の初夜」

 古びた暖簾と使い込まれた引き戸、入って右手には6席のカウンター、左手の小上がりはテーブルが2卓。いたって普通の作りである。カウンターの中には、一目で親子と分かる顔立ちの似た二人の握り手。まずビールで喉を潤して日本酒を頼み、大将とあれこれ相談しながらつまみを楽しんだ。イワシや貝類を何種類か食べたと記憶している。すっかり食欲が戻ってきたタイミングで握りに切り替えた。地のものであるアジはやっぱりおいしくて、アジは鮮度が何より大切ということを再確認したのだった。他、握りでも貝類を頼みイカを味わって、中トロ、巻物は雲丹、最後にキュウリ。そう、至って“普通”の楽しみ方だ。

    つまみは、旬の地の食材が登場。『あじの刺身』2人前 3,240円

    つまみは、旬の地の食材が登場。『あじの刺身』2人前 3,240円

 雲丹が大好きだと大将に伝えると、
「もう一回、行きます?」
 もちろん大きくうなずいた。

 二度目に出てきた雲丹は巻物でなく、握りだった。だいだい色に輝く雲丹は今にも酢飯からこぼれ落ちそうである。あわてて食べると、本当においしかった! 言葉の仕事をしているのにあまりにも普通の表現だけれど、このおいしさに着飾った言葉は不要だし、雲丹が大好きだからこそ正直に心の内を記したいのだ。私の雲丹愛をわかっていただけただろうか。

「おいしいです!」

 興奮してそういうと、大将は軽く頭を下げて笑った。この雲丹の握りを勝手に「こぼれ雲丹」と名付けた。

    カウンター席のみ、お好みでいただける『うにの握り』2貫 1,500円(時価)

    カウンター席のみ、お好みでいただける『うにの握り』2貫 1,500円(時価)

 私はこういうやり取りをしながら味わうお寿司が好き。ショーケースの中を見ながら質問して、気分やら体調やらと相談し、目先の欲望をちまちま埋めていくように注文するのが、寿司本来の醍醐味だと思う。

 今や、一口に「寿司屋」といってもいろいろなタイプがある。

 最近話題に上がるのは、食材もインテリアも凝りに凝っていて、品書きは驚くような値段のお任せのコースのみで、お酒のペアリングコースも用意されている、そういう店だ。たいてい「○ヶ月先まで予約が取れない」という形容詞がつき(○年先まで予約でいっぱいなんていう店もある)、もちろん出前なんかやっていない。握りの前に嗜好を凝らしたつまみというか前菜が何品も続き、場合によっては握りが最後の締め扱いだったりもする。寿司が進化した一つの形なのだろう。非日常のエンターテインメントである。

 もう一方で、回転寿司というスタイルもすっかり市民権を得た。もはや専門店ではなく、唐揚げやらプリンやら天ぷらやらまでがベルトコンベアで運ばれてくる。こちらもまた、非日常を演出することが優先されている。

 どちらも楽しいし、私も時々足を運ぶ。超高級店も回転寿司も否定するつもりはまったくないけれど、私が理想とする寿司屋はあくまでも普段着のお店だ。ぴりぴりするような大将のカリスマ性も、どきどきするような過剰なショーアップも要らない。元々は江戸時代のファーストフードだった「寿司」の、その気軽さをさりげなく継承している雰囲気があることが重要だ。何ヶ月も先ではなく、その気になったらすぐ入れなくてはならない。

    季節に合わせたネタを20種類ちかく盛り合わせた『特上ちらし』3,240円

    季節に合わせたネタを20種類ちかく盛り合わせた『特上ちらし』3,240円

 【小花寿司】にはちょくちょく行くようになり、出前をとることも多くなった。ここのちらし寿司は二段のお重で供される。開業以来の品書きだそうだ。寿司飯には錦糸卵や海苔、胡麻におぼろがかかっていて、刺身は別の重に盛られている。お酒を飲む場合は刺身をつまみに飲んで、後から寿司飯を楽しむこともできる。あくまでも食べる側の都合を優先してくれるのが、私なりのいい寿司屋の条件なのである。

【小花寿司】

  • 住所:神奈川県鎌倉市長谷1-11-13
    電話:0467-23-0490
    営業:12:00~15:00(LO)、17:00~23:00(LO)
    定休日:水曜日 ※祝日の場合は翌日

著者プロフィール

  • 甘糟りり子
    作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』(講談社)は5刷に。そのほか『産まなくても、産めなくても』(講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本や、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』(河出書房新社)など好評発売中

毎日読み物が更新されるウェブサイト「よみタイ」でも連載中

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