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更新日:2019.07.19旅グルメ 連載

甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.19/【つるや】鰻

土用の丑の日と聞いて、「うなぎ」を想像する人は少なくないと思います。夏の暑い日にうなぎ屋さんからただよう甘く香ばしい香りは、たまらなく食欲をそそる風物詩。鎌倉にあるうなぎ屋【つるや】は、古き良き昔からの面影を残す店。多くの著名人をはじめ、地元の人が愛する「変わらない味」に出会えます。

鰻は関東風か、関西風か。

 鰻は断然、関東風が好きだ。箸を当てるとほどけるように切れ、口に含むと味わいがすっと染み込むのがいい。

 ご存知のように、背開きにして一度蒸してから焼くのが関東風、腹開きで素焼きが関西風だ。蒸してから焼くとふんわりした感触になる。舌触りは柔らかく、でも味わいは香ばしく、というのが私の理想の鰻。噛みごたえが過ぎると、鰻本来の味にたどり着けない気がする。

 由比ヶ浜通りの【つるや】は1929年創業の鰻屋。子供の頃から家族で通っていて、出前もよくお願いする。私の鰻体験の9割はここの味である。鰻=つるや、なのだ。

 店には縦長の大きな看板がある。「うなぎ」と書かれていて、その「う」の字が鰻の形になっているのが子供の頃にはおもしろく、ここに連れてきてもらう楽しみの一つだった。また、昔は大きな木箱が出前に使われていて、出前の人が自転車で前のめりになってこの箱を背負う姿は、街の風物詩であった。

    昭和4年創業。3代目店主である河合さんが暖簾を継いでいる

 テニスプレーヤーの伊達公子さんとは仕事を通じて知り合い、時々ご飯を食べに行くようになった。食いしん坊同士、会うとたいてい、おいしいものの話題になる。

 京都出身の伊達さんは大のうどん好きだが、東京で初めてうどんを食べた時は出汁がしょっぱくて食べられなかったという。曰く、お醤油を飲んでいるみたいなんだもん、とのこと。神奈川出身の私は当然ながら蕎麦派で、うどんといったら鍋焼きとか焼うどんばかり。考えてみれば、出し汁だけの、純粋に麺を味わうためのうどんはほとんど食べたことがない。

 そんな話題から、さらに関東と関西の食の違いを語り合うこともある。私には関西の白味噌のお雑煮は「御節料理におみをつけかぁ」という印象なのだけど、伊達さんにとっては関東風の鶏出汁のお雑煮は「あれはお雑煮じゃなくてお吸い物」なんだそう。彼女も鮨はやっぱり江戸前だが、ちらし鮨は別。関東のは「ただの海鮮丼」で、関西のものが本来のちらし鮨だという。

 どちらが正しいとかではなくて、違うからこそおもしろい。日本列島って長いなあと思う。 

    初代から使用している鎌倉彫りの器。塗りなおしてもらいながら大切に使っているという。

 そんな伊達さんが、先日鎌倉の家に遊びにいらした。うちでゆっくりしていたので、遅いお昼に出前を取ることになった。私は恐る恐る彼女に聞いた。

「私が子供の頃から食べている大好きな鰻屋さんがあるんだけれど、伊達さん、やっぱり鰻は直焼きの関西風じゃないとダメよね?」

「ううん、鰻はむしろ関東のあのふわっとしたのが好き。京都にいる頃は鰻ってそんなに食べなかったんですけど、東京に出てきて鰻ってこんなにおいしいものだったんだと思って」

 関東の鰻はカルチャーショックだったそうだ。

    昭和40年から変わらない一軒家。2階は座敷が広がっており、仕切りがない開放的な空間になっている

 早速、【つるや】に電話をかけた。

 タレの味にもつるやの個性がある。甘辛の味がそれほど強くなく、あっさりしている。鰻そのものを存分に味わえるのだ。これは好みだけれど、私はつるやの鰻には山椒をかけるのも神経質になる。タレがきつくないから、山椒をかけ過ぎるとそれが勝ってしまう。かけないか、もしくはごく少量、鰻の味を邪魔しない程度にする。つるや以外の甘辛が強いタレの鰻に出くわすと、味がきつくて箸の進みもつい遅くなる。伊達さんが東京でしょっぱいうどんを食べた時も、きっとそんな感じだったのだろう。

 伊達さんは、「おいしい!」といいながら、【つるや】の『うな重』をあっという間に平らげた。私は心の中でガッツポーズをした。

    昔ながらの手法を大切にし、鰻は井戸水で数日泳がせてから臭みを抜いている。『うな重』3,850円(税抜)

 ところが、別の関西出身の友人にいわせると、そんな頼りない鰻は鰻ではないともいう。彼女に連れられて、関西風の鰻を食べにいった。直焼きの鰻はぱりぱりとしていて、存在感に満ち満ちていた。噛みちぎりながら食べた鰻がお腹の中で生き返るんじゃないかと思うぐらい野生的。家に帰ってきても、お腹の中には鰻の感触が残っていて怖かった。味はよく覚えていない。

 田辺聖子さんの名作『春情蛸の足』は、関西の食と男女のもつれを絡めて描いた短編集である。鰻は出てこないのだが、たこ焼き、ふぐ、うどん、すき焼き、おでん、などを通して、東京の女性がいかに微妙な味覚を理解しておらず、塩辛い味を押し通そうとするかが書かれている。さらに付け加えると、東京の女性は言葉も性格もキツい、ということになるようだ。ページをめくる手が速くなればなるほど、いやいやいやいや、と私はいいたくなる(関西風にいうと、ツッコミたくなる、だろうか)。イントネーションの強い関西弁の方がおっかないし、お好み焼き&たこ焼きのソース文化こそ微妙から程遠いんじゃないのかなあ、なんてね。恐れ多いことを承知でいうけれど、私もこの鰻をテーマに男女のすれ違いを物語にしてみたいという野望も生まれてきた。

    鰻の骨を風干しし、水分を飛ばしてから油で揚げた『骨せんべい』300円(税抜)

 【つるや】は、たいていの名店がそうであるように、注文があってから鰻を捌く。だから運ばれてくるのは1時間近くたってからである。その待ち時間も含めてが、【つるや】の味わい。亡くなった父はよくそういっていた。鰻の骨を揚げたものかなんかをつまみに日本酒をやりながら、鰻の焼き方ですれ違っていく男と女を想像して、物語のプロットを書いてみよう。

【つるや】

  • 住所:神奈川県鎌倉市由比ガ浜3-3-27
    電話:0467-22-0727
    営業:11:30~19:00
    定休日:火曜日 ※祝日の場合は営業

著者プロフィール

  • 甘糟りり子
    作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著に『産む、産まない、産めない』(講談社)、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』(河出書房新社)など。7月12日より『産まなくても、産めなくても』(講談社)が文庫本にて好評発売中。

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