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甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.20/【ROBB】カカオ料理

古き良きモダンさを持つ神奈川・鎌倉に新しい風が訪れました。今年6月に【CHOCOLATE BANK】のSHOP IN SHOPとしてオープンした、カカオが主役のガストロノミーレストラン【ROBB】。最新のランチスポットとして、地元のグルメ通の間で早くも話題に。鎌倉食材とコロンビアで収穫した新鮮なカカオを掛け合わせた料理の数々は、今までに食べたことのない新感覚の味わい。時代とともに進化してゆく鎌倉の、未来の老舗になる予感がするお店です。

ROBB

元銀行の”金庫”にひっそりと登場した前代未聞のレストラン

 御成通りは中学校時代の放課後の場所だった。
 部活動から早々と脱落した私は、学校の帰りに少し遠回りをして、この通りであちこち寄り道をした。同級生には実家が洋服屋や喫茶店や玩具店をやっている子がいて、よく遊びに行った。喫茶店には当時大流行していたインベーダーゲームがあり、グラウンドで汗を流す代わりにUFOの撃墜に夢中になった。通りの端にある玩具店は今でも営業していて、メンコやスーパーボールやおはじきといったなつかしいものを売っている。

    東口とはうって変わって、ノスタルジックな雰囲気が漂う鎌倉駅西口

    東口とはうって変わって、ノスタルジックな雰囲気が漂う鎌倉駅西口

 鎌倉駅西口の左から由比ヶ浜通りまでの数百メートルが御成通り。地元の人は東口を「表駅」西口を「裏駅」と呼ぶのだが、裏駅にある御成通りは地元の人の生活圏だった。
 ところが、ここ数年、この通りに個性的でしゃれた飲食店が増え、それ目当ての客たちで賑わうようになった。ワインバーやサードウエーブコーヒー、アイスクリーム専門店に日本茶専門店などなど。「食べ歩き自粛」で話題となった小町通りでは飽き足らない人たちがこちらに来るようだ。

 街は文化の入れ物である。かつての御成通りに慣れ親しんだ私はちょっとしたさびしさを感じるけれど、地元民としては街の成長を喜ぶべきだろう。変わらないことばかりがいいわけではない。何も変わらないままだと、朽ちていくだけ。それは後退である。

    店内ではケーキやパン、生チョコレートのほか、カカオのビネガーやコスメまでカカオの商品が並ぶ。カフェスペースでは軽食なども食べることが可能

    店内ではケーキやパン、生チョコレートのほか、カカオのビネガーやコスメまでカカオの商品が並ぶ。カフェスペースでは軽食なども食べることが可能

 なんてことを、改めて考えたのは元は東日本銀行の金庫だったところにできた【ROBB】のカカオ・コースを体験したから。フランス料理でも日本料理でもない、カカオ料理である。それなりに食べ歩いてきたつもりだったけれど、まったく初めての味覚が次々と繰り広げられて驚いた。

 メニューのコースにすべてカカオが使われている。例えば、ベーコンにカカオニブをまぶしてカリカリに焼いてあったり、野菜がカカオのビネガーで和えてあったり、茄子のステーキがカカオニブやカカオバターで味付けしてあったり。デザートの後には満を待してチョコレートが供される。完全予約制の1日4組限定。メニューの内容は3ヶ月ごとにリニューアルされるので、次はどんな新しい味に出会えるのか楽しみだ。

    コースの一品、鎌倉の米ナスとカカオを掛け合わせた一品。カカオバターで焼き上げ、カカオビネガーをかけ、フムスを添えて。料理3品、デザート2品からなるコースはティーペアリング4杯付きで5000円

    コースの一品、鎌倉の米ナスとカカオを掛け合わせた一品。カカオバターで焼き上げ、カカオビネガーをかけ、フムスを添えて。料理3品、デザート2品からなるコースはティーペアリング4杯付きで5000円

 【ROBB】があるのはカフェ&チョコレートショップ【チョコレートバンク】の奥。店の入り口にある大きなゴリラが目印の人気店だ。銀行時代は硬くて地味なイメージたった建物が明るく楽しげな空間にリノベーションされた。

 店の右奥にある金庫用だった分厚い大きなドアを開けるとこちら側とは別の店になる、という仕掛けである。カラフル&ポップで、広々としていて、女の子の「kawaii!」をたくさん刺激してくれそうな【チョコレートバンク】とは打って変わって、【ROBB】はモノトーンがベースの小さな空間、何やら秘密めいた作りだ。

    コースの最後にでてくるフォンダンショコラ。ナイフで割ると、そこにはトロトロのチョコレートがあふれでる

    コースの最後にでてくるフォンダンショコラ。ナイフで割ると、そこにはトロトロのチョコレートがあふれでる

 店名の【ROBB】は銀行強盗=BANK ROBBERからつけられた。金庫室は元々、所有者と強盗しか入れなかった。「ここにある夢や希望を盗んで欲しい」という気持ちが込められている。夢や希望とは、つまり可能性ということだろう。

 カカオの実験室のつもりでオープンされたというが、シンプルであろうとする意思的な空間は理系の研究室のようでもある。何もかもがチョコレートバンクと対照的なのがおもしろい。二店に共通するのが「カカオ」だ。【ROBB】や【チョコレートバンク】を経営する会社はコロンビアにカカオ農園を所有していて、カカオの質には裏付けがある。

    もともとあった銀行の金庫があった場所につくった【ROBB】。金庫をイメージした扉の先に非日常の空間が広がる

    もともとあった銀行の金庫があった場所につくった【ROBB】。金庫をイメージした扉の先に非日常の空間が広がる

 こういう個性が、「古都」なんていう枕詞をつけられる鎌倉という街の、それも地元民の生活圏内の御成通りから発信されている。次の時代の定番は必ず今の前衛から生まれてくると思っているが、もしかしたら今、次の定番の誕生に立ち会っているかもしれないと思うと、わくわくする。

 一つの場所で全く別方向の個性の店が違和感なく共存している。

 この空間には使い方がいろいろあって、チョコレートバンクに手土産や贈り物を探しいくることも多い。随時30種類以上の生チョコレートが揃い、そのフレーバーの幅広さがおもしろい。白ワイン風味の『マスカット』や赤ワイン風味の『ボンジュール』、日本酒を使った『雪男』などや、ジャスミン、ピスタチオなど。パッケージの色合いや絵柄もしゃれていて、渡した相手にたいてい「これ、どこのですか?」と聞かれる。

 私が一番好きなのは塩の効いた生チョコレート『SURF』。海をイメージさせる淡いブルーのパッケージだ。先日は、この『SURF』とカカオのボディ・クリームを合わせて、友人のちょっとしたお祝いにプレゼントした。

    コロンビア産カカオ70%とフランス産の天然海塩をブレンドしたチョコレート『SURF』、2000円

    コロンビア産カカオ70%とフランス産の天然海塩をブレンドしたチョコレート『SURF』、2000円

 ちなみにお店の方の一押しは「パッションフルーツ」とのこと。これも確かにおいしい! ウイスキーのアテにピッタリだ。白地にピンクの鶴が描かれたパッケージが印象的な一品である。

 【ROBB】&【チョコレートバンク】があるのは、私が中学生の時から通っている【ロンディーノ】の斜め向かい。50年前にロンディーノができた時だって、母によれば「何やら新しい店がやってきた…」と受け止められていたと記憶している。果たして50年後の【ROBB】&【チョコレートバンク】は御成通りの老舗になっているだろうか。

【ROBB】

  • 住所:神奈川県鎌倉市御成町11-8 CHOCOLATE BANK 金庫室
    電話:0467-50-0192
    営業:1日2枠完全予約制(11:00スタート / 13:00スタート)
    定休日:月曜・火曜

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著者プロフィール

  • 甘糟りり子
    作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻く文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著に『産む、産まない、産めない』(講談社)、鎌倉暮らしや家族のことを綴ったエッセイ『鎌倉の家』(河出書房新社)など。7月12日より『産まなくても、産めなくても』(講談社)が文庫本にて好評発売中。

毎日読み物が更新されるウェブサイト「よみタイ」でも連載中

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