清らかな水の味がする、しっとりふわりな絶品鮎/森脇慶子の今月のヒトサラ【と村】虎ノ門
年間食べるのは200匹。”鮎の天敵”と異名を取る!?ほど鮎好きライターの森脇さんが日本全国あまたあるなかでも、夏になると食べるのを楽しみにしているのが、虎ノ門【と村】の鮎。日本料理の名店と名高いこちらの鮎は大きさといい、香りといい、食感といい、それはそれは格別なのだという。「トウモロコシを食べるみたいにかぶりついて」という戸村仁男さんの言葉通りにかぶりつけば、鼻腔を清冽な水の香りが突き抜け、ムースのようになめらかな身に思わず唸る。予約必須の究極の鮎、ここにあり。
今月のヒトサラは・・・・・・虎ノ門【と村】
美しい山と清らかな川が育んだ『鮎の塩焼き』
一瞬、川の香りが鼻先をよぎった。青い草を思わせるどこか懐かしい夏の匂いだ。目の前に置かれたのは、今しがた届いたばかりの美美(みみ)しい鮎。やや滑りを帯びた魚体は、ところどころ金茶色がかった光沢を放ち、白神山地に抱かれた故郷の川の香気を漂わせている。
これが金鮎、虎ノ門【と村】のご主人戸村仁男さんが惚れ込んだ赤石川の幻の鮎だ。
青森県赤石川の金鮎。岩魚や山女も釣れそうな岩場の渓流で、戸村さん自ら釣ったもの。手前の、見るからにでっぷりとした鮎が100グラム級
「顔が小さくて横幅が広く、体高が高い。これが赤石川の鮎の特長。昔の鮎の形をしているんです。ほら、尻ヒレが長くて先がちょっと金色がかっているでしょう。こういうのがいい。 天然の鮎には縄張り意識があって、その縄張り意識が強い鮎ほど旨い。餌の豊富な場所を勝ち取っているわけですからね。身体も大きくて脂ものってくるんですよ。」
開口一番、熱く語る戸村さん。自らも鮎釣りをすればこその見識だろう。何を隠そうご覧の鮎は、先日、赤石川で戸村さん自身が釣ってきたものだ。鮎釣り歴はかれこれ19年。この赤石川の鮎との出会いがきっかけだった。というのも、青森まで食材を探しに出かけた折り、赤石川の金鮎の話を耳にし、縁あって鮎釣り名人の清野和雄氏を紹介された戸村さん、[赤石清流会]会長でもある清野氏に誘われるまま鮎釣りを始め、その魅力にどっぷりとはまってしまったのだ。そしてそれはまた、鮎の棲む場所や習性等々を深く知ることになり、ひっきょう、美味しい鮎を見極めるためのノウハウへと自然に繋がっていったのである。
鮎は串うちをし、昔のように化粧塩はせずに軽く塩をふるのみ。鮎本来の味を味わってほしいからだ
毎年、7月1日(東北は一カ月遅い)の鮎解禁を待ち兼ねるように、シーズン中3回は青森まで鮎釣りに出かけるそうで、シーズン中3回は足を向けるそうで、いわば、[赤石清流会]の面々とは釣り仲間。だからこそ、ここ【と村】には選りすぐりの鮎が届けられるのだ。
「釣れた場所や姿形、大きさetc.を考慮したうえで、上物だけを選んで送ってくれる。10本獲れたとしたら、そのうちの4~5本ってところかな。」。
鮎は釣れた場所とその後のケアで味が大きく変わる。赤石川だからといってどこでも良いわけではなく、人家のないなるべく上流の鮎が最上とされる。
「強い流れを遡上してきたこの時期の上流で釣れる鮎は、それだけ元気で逞しい。餌を食い込んでいるからね、身体も大きくなっている。鮎は、ある程度大きくないと旨くないんです。小さい鮎は食べやすいけれど、鮎自体の風味には乏しい」が、戸村さんの持論。
その言葉通り、串打ちされた鮎はいずれも体長18㎝以上。重さにしてだいたい50~60gはあるだろうか。
「ほら、えらの横、胸の部分に黄色い斑点があるでしょう。これがはっきりしているのが、攻撃的で強い鮎なんです」とは戸村さん。鮎の友釣りは、こうした鮎の闘争本能と縄張り意識を利用した独特の漁法
中には100g近くありそうな大物もあり、“これって本当に天然もの?”と言われかねないほどのビッグサイズ。だが、戸村さんに言わせれば「たぶんこいつが一番旨い」そう。
ともすれば、大きい鮎は大味と思われがちだが、解禁まもない6〜7月、この時期の鮎は、小ぶりなものよりも大きい鮎の方が存外旨いー。40年に亘り、およそ8000匹あまりの鮎を食べてきた私の経験からすれば、そう言っても過言でなはない気がする。
小ぶりな鮎を出す店が多い中、昨今の風潮に反して大きい鮎を推奨する戸村さんらしく?その焼き方にもまた、独自の理論がある。
炭は、火力の強い紀州備長炭。これで一気に焼き上げる。焼いている最中は、鮎につきっきり。少しでも目を外すと焦げてしまう。そのギリギリの線が、美味を生む
鮎の焼き方と言えば強火の遠火。これが一般的で、頭も骨もまるごと全て食べられるようにとじっくり時間をかけて焼くのが定石だ。が、しかし。
「遠火でじっくり焼くよりも、強火で一気に焼き上げた方が(鮎の)旨みや水分を逃すことなく焼く事ができる。その方が絶対美味しい」が戸村流。
幸いなことに、赤石川の金鮎は皮が薄く、骨が柔らかいだけに焼きが短くても丸ごと難なく食べられる。長時間火にかけるとかえって皮が破れてしまうそうだから、強火の近火で一気に焼き上げる戸村流にはまさにうってつけというわけだ。
焼き上がりまでわずか3~5分。この焼き方は、中華の焼き物の焼き方がヒントになったのだそうだ
通常よりも炭を高く積み上げ、真っ赤におこした炭火に平行にかざすことわずかに3~5分ほど。焼き上がるにつれて香魚の名にふさわしい薫香が漂ってくる。この香りも鮎の魅力の1つだろう。焦げ目も香ばしい焼きたてをすかさず手に取り、頭からガブリ!とやろうとした瞬間、戸村さんの声がかかった。
「とうもろこしを齧る感じで、背からかぶりついた方が旨いですよ」
見事な焼き上がりの金鮎の塩焼き。鮎は一芸。塩焼きで食べるのが一番旨い。鮎の塩焼きは、35000円のコースから。お腹に余裕があれば、2〜3尾食べて個体差の違いを味わうも一興
仰せ通り、背びれもろとも食らいつけば、パリっとした皮の食感も軽やかなら、身も驚くほどふわふわ。鮎の水分が薄い皮にギリギリのところで閉じ込められ、実にエアリーな食感を生み出している。鮎の名店は数々あれど、こんなテクスチャーの鮎は他に類を見ない。そして食べ進むうち、肝のほろ苦さやそのしっとりとした身に潜む香気に気がつくはずた。これこそ、美味しい鮎の証。鮮烈な肝のほろ苦さと、それに相対するかのような淡麗にして奥深い身の旨さと香り。この2つを味わえてこそ、鮎喰いの本懐。優れた素材と卓越した技術の出会いから生まれる夏の美味を堪能したい。
料理人からひと言
「世界遺産にも認定された白神山地の広大なブナの原生林を使用源流とする清流赤石川の豊かな自然が生み出した天の恵みです」と、焼き手の戸村司郎さん。
と村
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住所:東京都港区虎ノ門1-11-14 第二ジェスペールビル 1F
営業時間:18:00~20:00(最終入店)(L.O.20:30)
定休日:日曜・祝日 -
撮影/今清水隆宏
この記事を作った人
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森脇慶子
「dancyu」や女性誌などで活躍するフードライター。綿密な取材と豊富な経験に基づく記事は、読者のみならずシェフたちからも絶大な信頼を得ている。日々おいしいものを探求すべく新旧問わず様々な店を訪問。選者を務める「東京最高のレストラン」(ぴあ)も好評発売中。
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