世界最高峰のシェフはいま何を思い、何を提供しているのか。~ロックダウン解除後の【オステリア・フランチェスカーナ】を訪れて
ロックダウンが解除されて早2ヶ月。世界最高峰のレストランの一つとして、また予約超困難店としても知られるエミリア・ロマーニャ州モデナの【オステリア・フランチェスカーナ】へ行った。世界のトップを走る料理人マッシモ・ボットゥーラは、ウイルス感染拡大による全国ロックダウンで、3ヶ月間の休業を余儀なくされた。そして再オープンした今、何を想い、何を提供しているのか。(写真左よりマッシモ・ボットゥーラ、ダビデ・ディ・ファビオ、紺藤敬彦) 写真:PAOLO TERZI
ビートルズのアルバム名を冠した
新メニューの真意とは?
再オープンにともなって刷新された【オステリア・フランチェスカーナ】のコースメニューは、以前同様1種類のみ、前菜の最初の一皿から最後のプチフールまで全12品290ユーロだ。その名はズバリ『WITH A LITTLE HELP FROM MY FRIENDS』。ビートルズのドラマー、リンゴ・スターが歌った、”僕は歌が下手だけど、君のような友達がいれば、何とかやっていけるよ”というヒットナンバーのタイトルだ。
モデナの中心街にある【オステリア・フランチェスカーナ】 写真: Nicole Marnati
これはマッシモ・ボットゥーラが、ロックダウンで約90日休業を強いられた間に想い、感じ、形にした料理の意味を端的に表現している。それぞれのスタッフが、それぞれ自宅軟禁状態だった間、常に連絡を取りあい、不安を励ましあった。一人一人のバックグラウンドにある文化、エモーションを集結させ、アイデアを出し合って生まれた料理たち。その一部を紹介する。
マッシモが言う。「これからのオステリア・フランチェスカーナは、一人のカリスマシェフの名誉ではなくて、チームで作り上げる仕事なんだ。」
『SGT. PEPPER'S LONELY HEARTS CLUB BAND LSD』 写真:Callo Albanese e Sueo
一皿目の『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド LSD』。目の覚めるような色合いのアミューズ。ピンク(赤カブ)、グリーン(ミント、バジリコ、ライム)、オレンジ(人参)のメレンゲとムースで五感を刺激し、覚醒を促す。だからLSDなんて、お茶目なネーミングがされている。元気よくフレッシュにポジティブに!と再開を祝うに相応しい鮮やかな一品だ。
音楽にも造詣が深いことで知られるマッシモ・ボットゥーラ。特にジャズを愛し、レコードコレクションは1万枚を超えるという。だが「ビートルズはね、別に好きじゃないんだよ。好きなのはボブ・ディランとかビリー・ホリデイとか」と笑う。
ではなぜビートルズをテーマに?と聞くと「ビートルズがテーマなんじゃなくて、このアルバム『サージェント・ペッパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のコンセプトにヒントを得たんだ」という。すでに大成功を収め世界的なスターとなっていたビートルズが、さらに新しいことに挑戦し成功したのがこのアルバム。そのイメージを、ロックダウン後に再オープンする自らに重ねた。先が見えない中、コロナの辛い日々は必ず終わると信じ、ポジティブに、フレッシュに、料理に新しいルネサンスを!という思いが込められているという。
マッシモは【オステリア・フランチェスカーナ】のスーシェフ・紺藤敬彦、ゲストハウスのヘッドシェフ・ジェシカ・ロズヴァルたちに「このアルバムをヒントに、何か考えよう」と連絡を取り合った。悶々と家にこもっているのではなく、再開を夢見て、電話で、メッセージで、アイデアを出し合った。
「ジョン・レノンが言ったんだ。夢は、一人で見たら夢のままだけど、一緒に見れば実現するって。素晴らしい言葉だよね」
『A DAY IN THE LIFE』 写真: Diego Camola
二皿目は、『ア・デイ・イン・ザ・ライフ』と名付けられたバターたっぷりのパイ生地に、昨年モデナ郊外にオープンしたカントリーハウスで取れる蜂蜜を練り込み、粗塩をのせたパンだ。前菜にパン? とびっくりするのだが、イタリア人にとって食べること、命をつなぐことのシンボルであるパンに、コースメニューを構成する一皿としてのポジションを与えることで、マッシモ・ボットゥーラの食への考え方を表現している。
甘く塩っぱい香り高いパンはあまりにおいしくてついつい食べてしまうのだが、欧米人に比べたら胃が小さい私たち日本人は、半分だけ食べたらお持ち帰りとお願いし、次の料理に進むのがオススメだ。
『CELLOPHANE FLOWERS & KALEIDOSCOPE EYES』 写真:Diego Camola
そして『セロファン・フラワーズ&カレードスコープ・アイズ』という料理につながる。
マッシモ・ボットゥーラの独特かつ天才的料理の組み立ては、常識的な前菜、プリモ、セコンドという枠に収まらない。二皿目に甘いパンが出た次に、シーフードとエディブルフラワーを組み合わせた料理が登場するのだ。
妻ララとの特別の想い出があるシーザーズ・サラダを、マッシモはこれまでも自分流に様々に解釈し、発表してきた。それら歴代の名作をさらに再構築したのがこれ。カラフルなエディブルフラワーは、自身のカントリーハウスの畑でその日に収穫したもの。そして魚介は北アドリア海から。ロックダウン中、インスタグラムで毎日配信した「隔離キッチン」を通じ知り合った生産者から届く、スカンピや帆立貝などの甘味、イカスミやムール貝の苦味を組み合わせた。
『WHO’S AFRAID OF RED YELLOW GREEN AND ORANGE ?』 写真:Callo Albanese e Sueo
ヒラメを使った「イエロー・サブマリン」、イチゴとランブルスコで赤く染まった米料理「ストベリー・フィールズ」、タラのグリーンカレーソース「イフ・アイム・ロング・アイム・ライト」、そして「ウィー・アー・オール・コネクテッド・アンダー・ワン・ルーフ」というタイトルのラヴィオリに続いて、肉料理「フーズ・アフレイド・オブ・レッド・イエロー・グリーン・アンド・オレンジ?」が登場する。
この肉料理はダミアン・ハーストと、彼のアートによく登場する蝶々に捧げた一皿。ブルーベリーとサンブーコでグラッサージュし、チェリーのソースを添えた鳩の胸肉と、鳩肉のコロッケに杏、そして「サヴォール」と呼ばれるエミリア・ロマーニャ州伝統の、ぶどう汁で作るジャムを添えた一品。鳩の鉄分を含んだ野性味をベリーの酸味が引き立てたかと思うと中和して、そしてもう一つの鳩のコロッケへつなぐという、口の中で感覚の変化がいろいろに楽しめる新たな名作だ。
『IN THE SKY WITHOUT LUCY』 写真:Diego Camola
そしてフォアグラとマヌカンハニーのプリン「イン・アンド・アウト・オブ・スタイル」で甘味の世界へと導き、ヨーグルトのスプーマ、グリーンピースや人参、あずきとシソのグラニータ「サマー・イズ・カミング」、デザートの「イン・ザ・スカイ・ウィズアウト・ルーシー」へ。
このデザートは、桃のローストにブルーベリーのソース、白樺のシロップとローズマリー風味のジェラート、バラとアマレットのメレンゲが層になり、空色の綿アメに覆われて登場する。桃の圧倒的な美味しさを、それぞれの層が引き立てている。
店内は以前同様12席、コンテンポラリーアートに囲まれた静かな空間だ 写真:Peter Halley
最後に供されるプチフールも含め、全ての料理が明るくカラフルで遊び心たっぷり、と同時に、世界各地の味や香りや文化が込められた12品。「何料理」という壁も、「前菜」「プリモピアット」などのカテゴリー分けも乗り越えた、これからの時代を示唆するディナーなのだった。
オステリア・フランチェスカーナの
歴史が詰まったゲストハウス
一方、昨年5月、モデナの中心街にある【オステリア・フランチェスカーナ】から車で15 分程のカントリーサイドにオープンした宿泊施設【カーザ・マリア・ルイージア】は、彼らが思うこれからのツーリズム、外食産業のアイデアを形にしたものだ。
【カーサ・マリア・ルイージア】 写真:Marco Poderi
18世紀の貴族の館を改築した建物には、アンティークとコンテンポラリーアートを組み合わせた12の客室、サロンやカクテルルーム、ミュージックルームなどがあり、エレガントな非日常空間を生み出している。そしてプールにテニスコートまで備えた広大な美しい庭の一角には、手入れの行き届いた小さな畑と果樹園があり、オステリア・フランチェスカーナの料理に新鮮な味と香りが運ばれてくる。
庭の奥にある畑と果樹園からは、オステリア・フランチェスカーナのテーブルに、毎日新鮮な味と香りが届く 写真:Marco Poderi
そして宿泊棟の向かい側、中庭をはさんで建つ【カーザ・デッレ・カロッツェ】では、【オステリア・フランチェスカーナ】の歴代シグニチャー・プレート9品で構成されたコースメニューが楽しめる。予約は宿泊客が優先だが、席に空きがあれば夕食のみの予約も可能だ。
ダイニングルームの一角に、さながら料理教室のように設えられたオープンキッチンでは、マッシモやジェシカ、そして厨房スタッフたちが次々に料理を組み立てる。その合間に、シェフたちは一皿ずつの料理の由来や材料について、全員に向かって説明してくれる。客は立ち上がって作業をのぞいたり、厨房の中に入って質問したりするのも自由だ。
『Beautiful,psychedelic,spin painted veal,charcoal grilled with glorious colors as a painting』
写真:Marco Poderi
「美しく、サイケデリックに、スピンアートされた仔牛肉。絵のようにカラフルに彩られた炭火焼き」と題された料理は、最高級ピエモンテ牛の仔牛肉の料理。低温加熱した後、畑で採れたローズマリーなどのハーブを焦がして作ったパウダーをまぶし、炭火焼きの風味を加えた一皿。カラフルなデコレーションは、パンで拭って最高に美味しく食べられるよう、綿密に計算された付け合せ野菜のソース。
バターを食べているような滑らかで濃厚な味に仕上げられたピエモンテ牛は、それだけで最高に美味しいのだが、野菜のソースを拭うため専用に焼く自家製酵母のパンと食べれば、美味しくて楽しくて、心底ハッピーになれる一皿。料理ってこういうことだったんだな、と再確認するひと時だ。
『Oops! I dropped the lemon tart ウップス!レモンタルトを落としちゃった』 写真:Marco Poderi
その想いは、デザートの「ウップス! レモンタルトを落としちゃった」で更に強くなる。ある時、数に限りがあるレモンタルトが壊れてしまったのを逆利用し、残りのタルトも壊してサービスしたという伝説の一品。デザイン的な美しさ、レモンやベルガモ、ケッパーという南イタリアの風味満載の美味しさだけでなく、食材を無駄にせず、失敗からも新しい皿を生み出すというオープンでサステナブルなメンタリティーがあればこそ生まれた代表作だ。
サステナビリティといえば、廃棄食料を利用して貧しい人々に食事を提供する「フード・フォー・ソウル」という活動を精力的に行なうマッシモ・ボットゥーラ。だが、毎日の厨房にも、普通の家庭での暮らしの中にもサステナビリティは溢れているという。
例えばイタリア全国がロックダウンで外出禁止になり、レストランも営業できなかった間、ボットゥーラ家の自宅キッチンから、「Kitchen Quarantine」(隔離キッチン)を毎日休まず75日間、インスタグラムで配信した。家にあるものを利用し、一切の無駄を出さずにおいし料理を作るアイデアを世界中の人に見てもらい、楽しく明るい気持ちを持ってもらいたかったという。
イタリアナンバー1シェフとして、今まで得た賞賛へのお返しがしたいと、キッチンにも、人の心にとってもサステナブルな料理を常に考え、提供し続けるマッシモ・ボットゥーラなのだった。
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取材・文/宮本さやか
イタリア・トリノ在住のフードライター
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