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更新日:2020.09.28デート・会食

帝国ホテルの東京料理長を独り占めする、秘密のレストラン!?「アンティミテ」|日比谷【レ セゾン】

開業以来、世界中からのVIPをもてなし、その格式と歴史で日本のホテル界の頂点に君臨する帝国ホテル。2019年4月、その東京料理長に、杉本雄氏が38歳の若さで就任したと大きな話題になった。そんな料理長が1日1組のゲストのためだけにオートクチュールでコース料理をつくり、おもてなししてくれることをご存知だろうか。これ以上ない演出で姫気分になれる、とっておきのサロンをご紹介しよう。

レセゾン

メインダイニング【レ セゾン】内で1日1組のためだけに開かれる秘密のディナー

 日本でも有数の格式と歴史を持つ高級ホテルの一つ、帝国ホテル。その名を聞いて、みなさんはどんなイメージを思い浮かべるだろうか。

 私にとって帝国ホテルは憧れ中の憧れ。幼少の頃、我が家では帝国ホテルを訪れ、カフェでカレーを食べることさえも特別な日だった。とりわけ、母は、当時の料理長だった村上信夫氏の大ファンでレシピ本を何冊も持っており、時間があるときは、家でレシピ本の料理をつくってくれた。村上ムッシュのおかげで我が家の食卓には凝った料理がたびたび登場し、私はすくすくと食いしん坊に成長していった。

 そもそも帝国ホテルは明治政府が主導をとり、海外の要人を迎えるホテルとして建設された。初代会長は次の新紙幣のデザインにも決定した、日本の資本主義の父・渋沢栄一氏がつとめた。以降、現在まで政財界の要人をはじめ、世界中のトップセレブリティたちを日本ならではのきめ細やかさでもてなし、名実ともに日本の伝統と格式を体現するラグジュアリーホテルの頂点だといっても過言でないだろう。

    第14代東京料理長、杉本雄氏

    第14代東京料理長、杉本雄氏

 2019年4月、そんな帝国ホテルの第14代東京料理長に、38歳の杉本雄氏が就任したことは、大きなニュースになった。料理長とは館内直営の8つのレストラン&バーに加え、バンケットやイベントなどの料理も監修する立場。350名近くの料理人を束ね、積み重ねてきた伝統と格式を継承しながら、進化していかなければならない。その大役に30代の歴代最年少の杉本氏に白羽の矢がたったということは、ホテル業界を驚かせた。

 杉本氏は日本国内だけでなく、海外でもその技量を認められた実力派のシェフだ。憧れの帝国ホテルに入社後5年働いたころ、‟どうしてもフランスで本場の料理を学びたい”と、一旦退社して渡仏。いくつかのレストランを経て、パリの三つ星レストラン【ホテル ル・ムーリス】で働いたときには、ヤニック・アレノ氏やアラン・デュカス氏などの名料理人の信頼を得てメインダイニングの責任者をつとめるまでになった。そうして13年をヨーロッパで過ごした頃に、当時の帝国ホテルの田中健一郎総料理長から再入社を打診され、再び帝国ホテルに戻ってきた。ホテルからの大きな期待も受け、今回の就任となった……というわけだ。

    【レ セゾン】内の個室で杉本料理長特別コース「ル サロン アンティミテ」が食べられる。まさにレストラン in レストラン

    【レ セゾン】内の個室で杉本料理長特別コース「ル サロン アンティミテ」が食べられる。まさにレストラン in レストラン

 通常、ホテルの「料理長」は、ホテルにある各レストランのシェフたちを統括する立場。だから、直接現場で料理をすることはイベント以外ではあまりない。国内外で豊富な経験を積んだ、若き料理長がつくる料理を食べてみたいけれど、叶わないのか……と思っていた。が! 今年の4月にメインダイニング【レ セゾン】の個室の一室に1日1組限定で、料理長がゲストのためにコース料理を考案し、料理をしてくれるという。いわば夢のようなレストラン・イン・レストランがスタートしたというではないか。しかも、そのプラチナシートに伺うことが叶ったのだ。 
 
 子供のころから憧れ続けていた帝国ホテルで、料理長直々に料理をしていただけるなんて……それは私にとって、まさに夢みたいな出来事だった。

    この日のテーブルを彩るのは、杉本料理長作のセンターピース。しつらいはゲストごとに変わる

    この日のテーブルを彩るのは、杉本料理長作のセンターピース。しつらいはゲストごとに変わる

 予約当日、【レ セゾン】へ向かうと個室に案内された。テーブルの上には、二人分のシンプルなセッティング。実はこの設えから料理長の‟ようこそ”のサプライズが仕込まれていた。

「今は、コロナの影響もあり装花は控えております。かわりに、こちらに料理長手作りのオブジェを飾らせていただきました」。サービスの方から説明を受けて、グレーのアーティチョークに金色の羽がふわりととまっている素敵なセンターピースに目をやる。そこへ、「ようこそいらっしゃいました」と杉本料理長がご挨拶にきてくれた。空気が動き、ふわりとチョコレートのいい香りがかすかに鼻腔をくすぐる。

「あの、これ、料理長が作ったってサービスの方がおっしゃっていたのですが…」と恐る恐る聞くと「はい。つくりました」と杉本さんはにっこり。

「まさかチョコレートですか?」と返すと「そうですよ。3日かけて一から全部僕が作りました。フランスでの最初のレストランでペストリー部門に配属されましてね。料理がやりたかったのにペストリー部門なんて、と最初は暗くなりましたが、チョコレートの細工をはじめ、いろいろと勉強しました。この羽も包丁一本でつくるんですよ。そのときのこと、思い出しますね」と気さくに話してくれる。

 え、さらりとおっしゃったけれど、このオブジェを私たちの席のために3日かけてつくってくださったなんて……。しかも、これ、すごく素敵。気分はもう、すっかりファベルジェエッグを献上されたロシアの皇女だ。

    この日のアミューズの一品『うなぎと土佐ジローの卵』。うなぎがまとうワインレッドと卵の鮮やかなグリーンのコントラストが美しい

    この日のアミューズの一品『うなぎと土佐ジローの卵』。うなぎがまとうワインレッドと卵の鮮やかなグリーンのコントラストが美しい

 うっとりとオブジェを眺めていると、杉本料理長が「では、これからコースを始めさせていただきます。メニューにないアミューズを3種類お出ししますので、そこでもしも味の濃い、薄い、またボリュームなどなにか感じることがありましたら率直におっしゃってください。その後の料理ではお好みに合わせて料理いしていきますので」と爽やかに部屋から去っていった。

 部屋に入って10分もたってない。けれど、杉本料理長の、ゲストを心から楽しませたい、おいしいと感じてくれるものを精一杯作りたいという、気持ちが心から伝わってきて、もう一瞬で心を掴まれてしまった。昨今「自分の世界観に合わない人はどうぞ来なくていいです」というような高級店もあるなかで、あの帝国ホテルの料理長がここまでして、1組のゲストのためだけに心を尽くしてくださるなんて。その謙虚さと一心さに触れ、運ばれてくるお料理への期待と、そこにしっかり向き合おうという襟を正すような気持ち両方が芽生えてくる。

 いよいよアミューズが運ばれ、特別な一夜が始まった。3品登場したなかで記憶に残ったのが、赤ワインのゼリーをまとわせたうなぎと、ほうれん草のジュレでコーティングされた土佐ジローの卵の一品だ。下には赤ワインのソースが敷き込まれている。ボルドーの地方料理でもある赤ワインとうなぎの煮込みや、ブルゴーニュの地方料理のウフ・アン・ムーレットなどを彷彿とさせるクラシックな顔もありながら、シャキシャキとした生のハーブとほうれん草のジュレが生み出すフレッシュな食感と香りが現代的な一皿になっていた。卵からこぼれるトロリとした黄身がまた食欲を掻き立てる。

 3品のアミューズをたっぷりと堪能した後、メニューに書かれたコース料理がいよいよスタート。手元に置かれたメニューを開くと、『北海道産帆立貝』『仏産舌平目』『黒トリュフ』など、フランス料理のエース級食材の名が大きな文字でずらりと並ぶ。その下につけあわせやソースが控えめに記載されている。ここには”何を食べているか、しっかり感じてほしい”という料理長の思いが現れている。

    「北海道産帆立貝」赤カブのジュースでマリネし、なめらかなスモーククリームとオシェトラキャビアとともに

    「北海道産帆立貝」赤カブのジュースでマリネし、なめらかなスモーククリームとオシェトラキャビアとともに

 例えばこの一皿めの『北海道産帆立貝』。ビーツのジュースに漬け込み、美しく染められた生の帆立貝に、オーク樽のチップでスモークした帆立貝の身をピュレにしてクリームと合わせホイップした軽やかなソースが添えられている。さまざまな帆立貝の食感や味わいをビーツの果肉のゼリー、ビーツのパウダー、そしてたっぷりのキャビアが引き立てる。豪華な脇役たちが、帆立貝の旨味や甘みを引き出すというなんとも贅沢な一皿だ。

    目の前で魚をデクパージュ(ゲストの前で料理を切り分け、皿に盛り付けてサービスを行う方法)する杉本料理長

    目の前で魚をデクパージュ(ゲストの前で料理を切り分け、皿に盛り付けてサービスを行う方法)する杉本料理長

 そして次の魚料理は、今までの料理とは雰囲気を変えた、王道のクラシックフレンチの仕立てで登場。この、シルバートレーに乗る、一見シンプルに丸ごと焼いただけのようなな舌平目。実は、骨をきれいに取り除き、平目のムースをサンドして元の姿に戻して焼いたものだった。平目の皮を傷つけずに綺麗に骨をはずし、元に戻すのは非常に高度なテクニックが必要だという。それを目の前で料理長自らが、ゲスト一人一人のために、デクパージュしてくれる。アルコールランプで温められたシルバーのトレーの上で舌平目の香りを感じながら、料理長の技術を眺めるなんて、おそらくもう、格式あるホテルでしか見れない光景かもしれない。切り分けた平目に、ソースと花クールジェットのファルシを添えて、料理長がサーブしてくれた。

「デクパージュというフランス料理ならではの技術を知らない人も多い時代です。でもこうしたことをきちんと伝えられるのが、私たちのホテルならではだと思うのです。ですから、こういう演出もぜひ体験してほしいですね」と杉本シェフ。こうした王道のフランス料理らしい時間もまた、非日常の気分を高めてくれる。

    コース3品目の『オマール海老』

    コース3品目の『オマール海老』

 続くフランス料理の王道食材『オマール海老』はうってかわって、モダンな仕立てで登場。オマール海老の尾と爪のフリカッセに、コニャックで香りをつけたクリームと濃厚な甲殻類のジュが添えられている。色合いも鮮やかで、卓上が華やぐ一品だ。

そして、本日の肉料理「黒毛和牛」のサーロイン。使う牛肉は、A5などランクにはこだわらず、フランス料理のソースに合う肉質を選ぶという。今回はローストした和牛の脂をさっぱりと切るようなフレッシュなプラムがいいアクセントになっている。この肉料理とともに運ばれてきた黒トリュフとオニオンのサラダがまたいい合いの手をいれてくる。

「フランス料理らしく、肉料理は鳩や子羊や鴨などを調理することももちろんできますが、帝国ホテルのゲストの方々は、やはり牛肉がお好きなんですね。皆様に喜んでもらうこと、それが何より一番です。ですから初めてのゲストにはメイン料理に牛肉をお出しすることが多いです。もしも鳩が食べたい、などのリクエストがあれば、事前にぜひおっしゃってください」とのこと。

コースの合間に登場してくれて、気さくに話してくださる杉本料理長は、どこまでも、どこまでも、ゲストファースト。こうした言葉は、一朝一夕では出てこないだろう。常にゲストが喜ばせることで頭がいっぱいなんだろうな、と想像できる。

    デザートの『黒トリュフ』

    デザートの『黒トリュフ』

 デザートの『黒トリュフ』もまた、目にも楽しい、遊び心あふれるお皿だった。お皿の上に黒トリュフが丸ごと一個乗っている⁉ と思いきや、これは黒トリュフそっくりにつくったチョコレートクリームのデザート。センターピースにあったチョコレートの羽が、ここにも散らされている。そしてさらに厚めにカットされた(スライスではなく、カット!)トリュフが添えられている。前菜からデザートまでしっかり、ロシアの皇女気分のまま、非日常を味わった。

 この上ない幸せに浸って、最後のコーヒーをひと口飲んだ頃。

 シェフが登場して、では、最後のお楽しみをお出ししましょう、とおもむろに、卓上にあった素敵なセンターピースを手に取り、ナイフとフォークで壊すではないか。‟もったいないー!”という心の声と、‟チョコレート食べたい”という心の声を戦わせつつ見守ると、中から登場したのは、なんとヘーゼルナッツそっくりの、ミニャルディーズ。最初から卓上に出すチョコレートの中に仕込むため、コースが終わる頃に食べごろになるように温度も計算したというボンボンは、ジャストな口どけだ。「おいしい……」とため息混じりの声が思わず漏れる。

 すべての食事を終えて考えた。フランス料理の伝統と革新を感じられる料理、そしてサービス。最初から最後まで、こんなにも楽しく、美味しく、非日常感と姫気分を味わったレストランが昨今あっただろうか。私が男性だったら、プロポーズはここでしたい。帝国ホテルの料理長が2人のためだけにつくった料理を、2人の世界で堪能する贅沢を味わい、そして指輪を用意して、あのアーティーチョークの中に仕込んで、最後にミニャルディーズとともに指輪を出してプロポーズ! 杉本料理長の心づくしのおもてなしが、男性の勇気を温かく後押ししてくれるだろう。

 楽しい妄想をしたけれど、残念ながら、プロポーズをする予定もされる予定も特にない。そんな私は次、誰と来ようか。この特別なレストランには、心から喜ばせたい相手を連れて行きたいのは間違いない。そうだ、あの人に声をかけてみよう。帰り道にそんなことを考えながら、この日の余韻に浸る時間もまた、【アンティミテ】がくれる幸せの一つなのだ。

料理長 杉本 雄の【ル サロン アンティミテ】

電話:03-3539-8087 
住所:東京都千代田区内幸町1-1-1 帝国ホテル本館中2階(メインダイニング【レ セゾン】内)
営業:入店時間17:30〜20:00
定休日:ホテルに準ずる
コース価格:1組2名100,000円(税込、飲み物、サ別)
予約:2名から受付  10日前までにお電話で予約を
注意事項:子供は10歳より。男性はジャケット着用。

この記事を作った人

取材・文/山路美佐(ヒトサラ副編集長)

幼少時代から筋金入りの食いしん坊。丸の内の総合商社に入社するも食への探究心を抑えきれず退職しイタリアに短期料理研修の旅に出る。帰国後世界文化社に入社し「家庭画報」ほかの雑誌で食・旅・アートの編集を担当。美味探求の旅は30カ国以上にのぼる

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