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2016.10.27グルメラボ 連載

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後世に伝えたい、巨匠の一皿 from 「ヒトサラSpecial」

名シェフが作り上げた、後世に語り継ぎたい巨匠のスペシャリテ。唯一無二の比類なき美味を考案した職人の料理をご紹介します。

理を知り、技を磨き、半世紀以上。
文化遺産の如き名人の天ぷら【みかわ是山居】

    『車海老』は頭と胴の二つに分けて揚げる。胴の揚げ時間は、およそ20秒。弾ける食感を残しつつ、中心の温度を人間の舌がもっとも甘みを感じるという45~47度にもっていく。一方頭はその数倍もの時間をかけ、香ばしく軽い食感に

 いまや日本を代表する料理として、世界的評価も確立された天ぷら。その源流をたどると、ひとりの名人に行き着く。早乙女哲哉。当代屈指と称される稀代の職人だ。

 早乙女氏の天ぷらを支えるのは、理論と技術の両輪だ。油と水分の作用、澱粉質や糖度の変化、人が甘みを感じやすい温度帯。その知識は広く深く、さながら科学者のような視点で天ぷらを分析する。そしてそんな理論を支えるのが、長年培った技術だ。

 15歳ではじめてカウンターに立ってから古希を迎える今年まで一日たりとも休んだ日はないという早乙女氏。瞬きする間に海老の殻が剥かれる。音も立てずに野菜に包丁が入る。流れるように粉が振られる。その無駄のない所作は、まるで伝統舞踊を見ているかのよう。そうして生み出される天ぷらの、なんと素晴らしいことか。穴子の身がこんなに甘いことを、海老がこれほど食感豊かなことを、新たな驚きとして実感させてくれるのだ。

 油を前にした早乙女氏は、厳しい職人の顔。「おいしいです」の言葉に「そう揚げてるから」なんて返されると、面食らってしまう人も居るかもしれない。だが、断じて偏屈なわけではない。自信に満ちた振る舞いは、自らへ課すハードルでもあるのだ。「5年後、10年後に、今以上の仕事をしたいからね」と、さらなる高みを目指す名人。次はどんな天ぷらで驚かせてくれるのか、今後の期待も尽きない。

  • 内装づくりには数々のアーティストが結集。換気扇は、氏のトレードマークでもあるボルサリーノの形

  • 〆に登場する『小天丼』。かき揚げにたっぷり入る貝柱のひとつひとつが絶妙なレア状態という、まさに職人技だ

  • 『アスパラガス』は下部に包丁を入れて揚げることで甘さと旨みを、上部はサッと揚げて香りと食感を楽しませる

  • 今は下町の住宅街だが、目の前は江戸時代の御成街道。古のメインストリートに店を構えるのも、江戸前の矜持

 

日本のフランス料理の礎を築いた【Chez Inno】
今なお愛され続ける伝統のひと皿

    今から40年ほど前に井上氏が考案した『仔羊のパイ包み焼き“マリアカラス”風』。個性豊かな素材をペリグー・ソースの味わいが見事にまとめ上げる。美しいロゼ色をした仔羊の火入れ加減も出色

 ソースが命ともいえるフランス料理にあって、このひと皿にはひとつの完成形がある。
『仔羊のパイ包み焼き“マリアカラス”風』が誕生したのは今から35年以上前、オーナーシェフの井上旭氏が【銀座レカン】の料理長を務めていた頃だ。当時、日本で羊肉と言えばジンギスカンが知られていた程度で、そのクセのある味わいはまだまだ受け入れられていなかった時代である。そんな食材に井上氏は真っ向から立ち向かい、日本のフランス料理界に新たな息吹をもたらすだけでなく、このスペシャリテは現在まで数多の食通や料理人に賛嘆を受けてきたのだ。

 その理由が、井上氏の代名詞ともいえるソースにある。フォアグラや、トリュフ、シャンピニオンディクセルを挟み、パイ生地で包んだ仔羊に寄り添うのは、フォンにマディラ酒などを贅沢に使って仕立てたペリグー・ソース。
 
 その味は、複雑な香りと風味を感じさせつつも実に深淵なる香味があり、旨み溢れる仔羊、濃厚なフォアグラ、芳醇な香りのトリュフといった個が際立つ食材に調和をもたらし、溶け合っていくのである。

 食材や調理法の柔軟化、多様化が進み、素材をシンプルにいかしたフレンチが蔓延する昨今。だが、【シェ・イノ】の料理は、決してぶれることがない。ソースのスペシャリストである井上氏が築き上げた料理は、これからも変わらず日本のフレンチ界に君臨し続けるに違いない。

  • 現在厨房の指揮を執るのは料理長の古賀純二氏。井上氏が信頼を置く【シェ・イノ】ひと筋30年のシェフだ

  • 『舌平目のムース詰め “アルベールソース”』もまた、井上氏のスペシャリテともいえるひと皿

  • 『オマール海老と野菜のガトー仕立て』。タラバガニのカクテルを添え、野菜のピューレやウニのソースでいただく

  • 天井が高く開放的でありながら、落ち着いた雰囲気の店内は、大人の社交場と呼ぶに相応しき空間

 

この記事を作った人

ヒトサラ編集部