レストランに関わる人々の技と情熱を一皿に集約。エモーショナルな一体感が心を打つ【orchestra(オルケストラ)】|参宮橋
イタリア7年の滞在で、トラットリアの素朴な郷土料理から2つ星のリストランテのイノベーティブな料理まで経験したシェフの小川慎二さん。帰国後は優れた日本の食材を求めて各地の生産地を積極的に訪ね、「今、日本にいる自分にしかつくることのできない料理」に挑戦する店を2023年9月に開きました。「自分の経験や食材の背景も含めてお客さまと共に楽しんでいただける一体感のあるレストランにしたい」と意気込む小川さんにお話を伺いました。
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劇場・オーケストラがテーマの内装や食器
趣向を変えたパスタのお楽しみが3回も
クライマックスは厳選のお肉を薪焼きで
劇場・オーケストラがテーマの内装や食器
小田急線「参宮橋」駅から徒歩1分と駅近ながらも、閑静な住宅街に繋がる路地にあり、隠れ家的なシチュエーションにワクワクします。イタリアから取り寄せたというアンティークの重厚感ある扉を開けると、舞台のようなオープンキッチンを囲むカウンターに赤いショープレートとビロードを貼ったクラシカルな椅子が配された優美な空間が広がっています。
一軒家風の店構え。イタリア製の重厚感ある木の扉が目印です
「店名にも掲げたオルケストラ(オーケストラ)は、このレストランのテーマ。これに因み、劇場のような気分になっていただきたいので、椅子は赤いビロードにこだわりました」と笑顔で話す小川さん。トーンを落としながら、シェフの手元とゲストの目の前のお皿を照らすスポットライトも舞台さながらの演出。旬の食材を中心にしたおまかせのコースも、メニューではなく「PROGRAMMA」と記されています。
こじんまりしつつも優美な雰囲気のダイニングカウンター。厨房の奥にある薪窯では薪が炎をあげています
スポットライトの下に最初に運ばれてくるのは、ピアノを彷彿させる鏡面仕上げの艶やかな黒いボックスです。蓋を開けて現れるのは美しい7種のアミューズ。黒鍵と白鍵をイメージした長方形の器を使い、食感や味わいがそれぞれ異なる7つの音色を楽しむという素敵なサプライズに、幕開け早々からゲストの歓声が上がります。
前奏曲はピアノをモチーフにした漆黒のボックスから。7つの素敵な音色を楽しめるという趣向
「器は僕にとってとても大事な存在。インスピレーションを刺激する器無くしては僕の料理は生まれない」と断言するほど器へのこだわりが強い小川さん。有田の【カマチ陶舗】の職人にイメージを伝え、オリジナルの陶器を作陶してもらっているそうです。
ティンパニー、クラリネットなどの楽器や海、木の年輪や炎など自然をイメージしたものなど多様な器が揃っています
薪焼きの肉料理は、木の年輪や炎をイメージした器が料理の美しさを引き立てています
趣向を変えたパスタのお楽しみが3回も
イタリアンといえば、やはりパスタ料理にも期待が高まるところ。そのゲストの想いに応えるように、趣向を変えた3つのパスタ料理がプログラムの中に組み込まれています。
一つ目は小さなトルテッリーニが浮かんでいるスープ『トルテッリーニ イン ブロード』です。ブロードとは、イタリア語で“だし”の意味で、肉類を使うもの、魚介を使うもの、野菜を使うものがありますが、小川さんが使っているのは、パルミジャーノチーズと生ハムの端の硬いところにネギと鶏節、そして小川さんの出身地長崎でポピュラーなアゴを加えて完成させた「魂のスープ」なのです。
地味ながらも滋味深く心温まる、まさに「魂のスープ」を実感
「味わいのバランスをとるために、試行錯誤しながら食材の分量、火を入れる時間を調整してたどり着いた渾身のスープ。イタリアの文化と日本の文化をうまく掛け合わせて自分だけが作れる料理を、という僕の表現したいことがこのスープの中にすべて集約できたスペシャリテの中のスペシャリテです」と熱い思いを語ってくれました。
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だしに使われる材料
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北海道「赤平火をどり」、鹿児島「幸福豚」を包んだトルテッリーニのつるんとしたパスタの食感がアクセントに
実はこのスープのベースは、小川さんがエミリア・ロマーニャ州で働いていた時に考案したもの。パルミジャーノチーズや生ハムの硬い皮の部分が捨てられているのを見て「いいだしが出そうなのにもったいない」と、この端材も加えてブロードを作ることを提案してレストランのレシピとして採用された嬉しい思い出も詰まったメニューなのです。
2品目のパスタは、小川さんが働いていた、45年間連続ミシュランの2つ星を保持しているレストランのスペシャリテ『ラヴィオーロ』を、ゲストの目の前でパスタを延ばすところから生地を切り分け、卵黄やリコッタチーズなどの具を包むところ、そして完成に焦がしバターをかけるところまですべてを見ることができます。「僕も大好きだったこのメニュー、お客様と楽しい、おいしいという感動を分かち合いたいと思ってプログラムに入れています」と小川さん。
3品目は、乾麺を使ったシンプルなパスタですが、これはお店に行ってからのお楽しみとして説明は控えておきます。
クライマックスは厳選のお肉を薪焼きで
コースのクライマックス、メインとなる肉料理は、入店の頃は炎を上げていた薪がいつの間にか熾火となり、そのやわらかな火で15分ほど焼いた赤牛や、鹿児島・ふくどめ小牧場の豚です。
厨房の奥にある薪窯。入店の頃に薪がくべられ熾火づくりがスタート
熾火になったらそのやわらかな熱で時間をかけて肉を焼きます
小川さんは、薪焼き名人として名高い【ヴァッカ・ロッサ】(昨年閉店)のシェフ渡邊雅之さんから指導を受けています。「健康的な赤身の肉を焼く最高の技術を学びました」と小川さん。熾火というやわらかな火の上で、肉の表面が乾かないよう頻繁に動かしながら焼き色を何層にも重ねて肉汁を封じ込めて焼いていきます。
脂がすっきりとした赤牛など薪で焼いておいしい肉選びにも余念がない小川さん
「一般的には肉を焼いたあと休ませて肉汁が落ち着いた頃にカットしますよね。そうしないと肉汁が出てしまうんです。でもそうなると、肉はもちろん、肉汁の温度も下がっているのでおいしいけれど臨場感に欠けてしまいます。渡邊さんから習った技法は、焼きたて熱々でカットしても肉汁が逃げることなく、口の中でジュワッと広がり、肉そのものだけでなく肉汁の旨味を最大限に味わうことができるのです」と小川さん。
芳ばしい香り、温度感も含めて臨場感も魅力のメインディッシュ
食材のつくり手の思い、こだわりの食器、そして調理法も独自の経験やアイデア、思い入れなどを丁寧に積み重ねて昇華させた美しく、心に響く料理。それを手打ちのパスタや薪料理など目の前で繰り広げられる臨場感ある光景も含め緩急のあるコースで楽しませてくれるカウンターレストラン。
イタリアンの名店を渡り歩いてきた、知識だけでなく経験も豊富なベテランの支配人兼ソムリエ矢島聡さんのセレクトによるワインが料理や食事の時間をさらに盛り上げてくれます。シェフやソムリエとの会話も楽しみながら、イタリアと日本の食文化が融合したイノベーティブ料理を堪能できる素敵な隠れ家レストランです。
小川さんの繊細な料理に寄り添う美しい酸、ミネラル感をもつフランスやイタリアのワインが揃っています
この記事を作った人
撮影/佐藤顕子 取材・文/藤田実子
フード・ワイン・日本酒などのを生み出す人々の日々の仕事、思い、人生、哲学に興味を持ち雑誌・書籍などで取材を重ねている。執筆作品に『鮨 一幸のすべて』『鮨さいとう 鍛錬と挑戦』(ともにカドカワ)などあり。ライター歴30年。
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