更新日:2023.07.31食トレンド
25歳の実力派シェフが新たに挑む“モダン・タイシーフード”の奥深さ【thalee ling(タレーリン)】
昼夜問わず食通が集まる代々木上原で、注目すべきお店がまた一つ仲間入り。2023年1月26日にオープンした、モダン・タイシーフードレストラン【thalee ling(タレーリン)】です。25歳という若さで店主に就任したのは、シェフの渡部 雄(ワタナベ タケル)さん。「もともと食べたことがなかった」というタイ料理を、自身の探究心とテクニックで親しみやすいおいしさに昇華させ、さらにワインとの相性まで高めた渡部さんに、その魅力や奥深さを伺いました。
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“モダン・タイシーフード”に向き合い、その奥深さを探求する25歳の気鋭シェフ
互いの旨みを引き出し合い、高め合う、ナチュラルワインとタイ料理
「衝撃を受けた初めての香りや味わいを、“食体験”として届けたい」が原動力
“モダン・タイシーフード”に向き合い、その奥深さを探求する25歳の気鋭シェフ
一見では通り過ぎてしまいそうなほど控えめな間口に、奥行きのあるファサード
住宅街にひっそりとオープンした隠れ家【thalee ling(タレーリン)】。店内はコンクリートの壁に温かみを添える植物や籐家具などオリエンタルなインテリアが配され、リラックスムードが漂います。アーチ状の壁から見えるオープンキッチンは一枚の絵画のようにフォトジェニック。
キッチン横の4席のカウンターは、シェフの自宅に招かれたようなライブ感のある食事を演出
“モダン・タイシーフード”というジャンルに向き合い、その奥の深さを開拓しているのが、シェフの渡部さんです。弱冠25歳の店主就任は驚きをもって迎えられるも、同じく代々木上原の【Fresh Seafood Bistro SARU】を人気店におしあげた実力もあり、その才能は折り紙付きです。
渡部 雄さん。1997年生まれ。新店舗【thalee ling】立ち上げ時より店主に就任
2016年の卒業後は、広尾にある老舗フレンチや自由が丘の人気ビストロなどフランス料理を主戦場とし、23歳という若さで魚介料理をテーマにしたワインビストロ【Fresh Seafood Bistro SARU】の料理長に抜擢。
「それまでの修行先はむしろ広尾のジビエ料理が有名なフレンチなど、魚介料理はほぼ無縁。さまざまな魚を扱うことになり、おろし方から勉強しました」
持ち前の吸収力に熱心な探究心が加わり、ひと二倍のスピードで経験値を上げてきた渡部さん。2023年、【thalee ling】の店主として、魚介に加えタイ料理もテーマに加わると、タイの食材やスパイス、ハーブ、調味料などを可能な限り取り寄せ、一つ一つの要素を改めて考察したといいます。
自然光が降りそそぐ店内
「実は僕自身、もともと“ザ・タイ料理”があまり好きではなかったんです(笑)。自分が“おいしい”と思えるタイ料理を求めて、国内や現地でも食べ歩きをしながら、スパイスの使い方や味の作り方などを勉強したのですが、おいしいタイ料理を突き詰めていくと、その魅力は様々な香りの鮮烈さと味わいのリズムだと思いました」
料理人を目指した学生時代から得意ジャンルは「中華料理」。「香辛料の種類や火力の違いなど初めて経験することが多く、さらに歴史もあるので勉強しがいがあります。フランス料理を始めてからも中国料理の勉強は続けています」
フランス料理をベースにタイ料理っぽいアレンジはもちろん、タイ料理をベースに和食や中華のテクニックを駆使するなど、双方から掛け合わせることで、新たなおいしさや味の広がりを創出している渡部さん。その構成力は、一皿ごとに完成されています。
『炙った真鯖の冷燻、プリッキーヌとレモングラスサワークリーム』1,700円
ピーナッツとレモングラス、サワークリームを合わせたソースに、生き生きと盛り付けられた石川県の真鯖。鯖は季節によって脂のノリが大きく異なるため、〆具合は冬で4時間、夏は40分ほどと個体によって細やかな調整を要します。さらに一晩乾燥させ、翌日冷燻をかけて、長い時で1週間ほど寝かしてから提供。輪切りにしたタイの唐辛子「プリッキーヌ」は、白ワインや酢で漬け込むことで、辛味をマイルドに仕上げています。〆鯖のしっとりとした食感に、柑橘やサワークリームの爽やかなソースがなじみ、渾然一体の味わい。自由度の高い一皿に見えて、白ワインにもしっかりと寄り添います。
“ワインに合うモダン・タイシーフード”を掲げる【thalee ling】では、白やオレンジワインを中心に、タイ料理との相性がよいナチュラルワインをセレクト
「当店ではドライな印象のワインを多く揃えますが、そういったワインと合わせる場合、魚のプリッとしたフレッシュさはどうしても違和感になってしまうので、鯖を少し寝かせてしっとりさせることで、サワークリームの少しドライな発酵感も合わせて、一体感を狙っています」
互いの旨みを引き出し合い、高め合う、ナチュラルワインとタイ料理
ともすると、ワインとタイ料理は合わなそうに見えて、「酸を少し高め、甘みを少し抑えた」渡部さんのタイ料理は、意外なほどワインとのマッチングを高めてくれます。
「フレンチやイタリアンは酸味のあるソースが多いこともあり、ワインとマッチしやすい。タイ料理も酸・辛・甘みたいなイメージがあると思うんですが、そこまで酸を強く感じる料理は多くないと思うので、【タレーリン】ではワインに合うよう、一般的なタイ料理よりもやや酸度を上げて作っています。和食やフランス料理などに比べてそこまで洗練されたカタチが確立されていないタイ料理は、整いすぎていないところがよさで、ふとした瞬間に感じる香りやさまざまな食感が面白い。
ナチュラルワインからは多くの要素や可能性を感じることが多くあります。ときに未完成さを感じるワインが持つ要素が、いい意味での雑味となって絡み、新たなおいしさが生まれると思いますし、逆にそのワイン単体で飲むよりも、タイ料理と合わせることで自然の澱や瓶ムラなどの要素も輝いていくように思えます」
自身も「やや酸味のある料理とナチュラルワインを合わせるのが好き」と話す渡部さん
【thalee ling】の真骨頂ともいうべき、互いの旨みを引き出し合い、高め合う、ワインと料理の関係性。例えば、マグロの中落ちを使ったタルタルには、フランス・ロワール地方で家族経営する小さなワイナリー「フランソワ・ミエ」の白ワインをセッティング。
『マグロのタルタル、バイチャプルー巻き』1,400円
炒めた自家製レッドチリペーストと、バイマックル(コブみかんの葉)などのハーブ、エシャロット、緑胡椒の塩漬けを合わせたタルタルは、「バイチャプルー」と呼ばれる胡椒の葉に包んで。1つ1つのパーツに残る食感が新鮮で、白ワインのきれいな酸にアクセントを奏でます。
人気のアラカルトメニューで構成するおまかせコースは5,500円、ワインペアリングはプラス4,500円と、10,000円で未知なるペアリングにチャレンジできるのも嬉しい限り。
また、コースメニューにのみに登場するのが、『トムヤンクンの茶碗蒸し』です。
目に鮮やかで、味わいは穏やか。『トムヤンクンの茶碗蒸し』
本来、昆布と鰹の合わせだしと、具材に海老を使うことが多い日本の茶碗蒸し。渡部さんの作る茶碗蒸しは、具材としての海老はもちろん、昆布と海老の頭から抽出しただしにアサリの旨みを合わせていて、生地自体にも海老の風味が感じられる、工夫の詰まった一品です。
「トムヤムナムサイというクリアなトムヤムスープを餡に仕立て、バイマックルから抽出したオイル、干し海老とレモングラスとタイの唐辛子から抽出した辣油で彩りを加えています。全体を混ぜて食べた時に、『あ、トムヤムクンだ』と感じていただけたら嬉しいです」
「衝撃を受けた初めての香りや味わいを、“食体験”として届けたい」が原動力
だし重視の和食×タイ料理を掛け合わせた茶碗蒸しもあれば、フレンチの技法にタイのニュアンスを重ねた『マグロかまの煮込み』もあり、どれも渡部さんのキャリアやセンスの集合体。
『マグロかまの煮込み』1,900円、『香り米とココナッツの蒸しパン』400円
フランス料理の調理法を応用し、マグロのかまに1度しっかりと焼き色をつけ、赤ワインやスパイスなどで30~40分煮詰めてから八丁味噌をプラス。マメ科のフルーツ「タマリンド」を使った甘酸っぱい「ゲーンソム」というタイカレーをイメージし、タマリンドと近いニュアンスを感じる八丁味噌の酸味と発酵感を効かせているのだそう。コクとともにオリエンタルなスパイスが感じられ、クセになる味わいです。
「マグロのかまは、煮過ぎてコラーゲンがトロトロになってしまうとタイっぽくないので、柔らかくもむっちりとした食感に仕上げているのがポイントです。農家さんに特別に作っていただいた米粉と、水の代わりにココナッツミルクを使用して作った蒸しパンをつけて、よりオリエンタルな味わいを楽しんでください」
初めて気づかされる香りや食感が随所に散りばめられている、渡部さんの料理。その多様性を集約しているのが、コースの最後に提供される有頭海老のレッドカレーです。
『有頭海老と甘長唐辛子のグリル、クンパッポンカリー仕立て』2,300円、『山形遊佐町・伊藤農園の香り米』600円
あまり煮込まず、カレーペーストをココナッツミルクなどで伸ばして適度に汁気を残すタイカレーの基本は踏襲しつつ、ココナッツミルクを抑える代わりに海老のビスクを採用。食べやすい濃度ながら、海老から滲み出る旨みの濃さや、自家製レッドカレーペーストの豊かなスパイスの広がりを感じます。
また、全国の農家からタイカレーに合うお米を取り寄せて食べ比べた結果、渡部さんが惚れんこんだという山形県遊佐町「伊藤農園」のお米は、日本で交配された香り米のひとつ。
「一般的なバスマティライスよりはやや短く、少し粘り気もあるうるち米なんですが、サラッとしていて、カレーと合わせてもベチャっとならないんです。甘みと香りもほどよく、口どけもとにかくいい。口に入れたらほどける感じで、めちゃくちゃおいしいんです」
魚介類やハーブなども、できるだけ国産のものを使用。「お付き合いのある農家さんにタイハーブを作ってもらっているので、鮮度は抜群にいいです。様々な事情を考慮すると輸入品よりも価格を抑えていい物を提供出来ます」と渡部さん
「レッドカレーは、タイカレーの中でも1番辛いといわれますが、最後に卵を入れることで、辛味をまろやかに仕上げました。主役である海老とビスクに卵が加わり、タイで人気の蟹と卵で作るカレー『プーパッポンカリー』のイメージでしょうか」
タイの伝統的な料理とフランス料理の経験値を重ねたレッドカレーに、和食のだしベースでタイ風に仕上げた茶碗蒸しなど、全方位のアプローチで再構築される、新しいタイ料理。その味わいには、「僕自身も衝撃を受けた初めての香りや味わいを、“食体験”としてお客さまにも一緒に楽しでもらいたい」という渡部さんの飽くなき探求心が、宿っています。
撮影/佐藤顕子 取材・文/藤井存希
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