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更新日:2017.05.28食トレンド 連載

ヒトサラ シェフズ・テーブル ダイジェスト vol.13 - ゲスト・青木 利勝氏 第1話 『名人と謳われた父の独立、京都で育った少年時代』

プロとして料理をこよなく愛する人々“Dish Artist”をゲストに、食のネクスト・トレンドを語るトーク番組『ヒトサラ シェフズ・テーブル』。Vol.13~16のゲストは、【銀座 鮨青木】の青木利勝さんです。

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伝説の鮨の名店【なか田】で修業し、正統派江戸前職人として第一線を走り続けた青木義を父にもつ。朴訥とした“職人気質”な父の背中を見て育ち、自然と鮨職人になるという志が芽生えていく少年時代は父のお店に遊びに行くこともしばしば。父の独立に伴い、京都へ引っ越したが東京とは違う地域感に苦戦する義氏。利勝氏から見た父の姿を語る。

第1話『名人と謳われた父の独立、京都で育った少年時代』

朴訥で職人気質な父

――青木さんの「鮨」というものを確立させたお父さんについてお伺いしたいと思います。

青木:厳しい人だと思います。父の下について1年ほど修業をしたことがありますが、包丁も使わせてくれず、すべて父が自分で調理しちゃうんです。目で見て覚えろというか、芸を盗めみたいな感じで。【与志乃】さんでの2年間の修業も、仕込みはアジの骨抜きしかやらせてもらえなくて、家に帰りそのことを父に伝えても、「見て覚えろ」としか言われませんでした。

――親子だからといって変な甘えみたいなものはなかったんですね。

東京と京都の違いに対峙した父の思い

――元々、青木さんの父は江戸前で働いていましたが、京都に店を構えて苦労していたことは、青木さんから見て何かありましたか。

青木:正月が休めないのは大変そうでした。京都の正月は本当に忙しくて元旦しか休めていなかったです。

――なるほど。確かに京都の元旦は、東京と比べて忙しそうなイメージはありますね。

青木:そうですね。とくに魚もなかったので、大阪に取りに行くこともありました。でも父は、東京で学べないことをたくさん学べているとはよく言っていて、向こうの地域に行くと良い食材あるとか、タイやヒラメは東京と比べておいしいとか。マグロだけは東京のものなので、東京から取り寄せていましたが、京都に根付いておらず全然売れませんでした。でも父はマグロが好きだったので京都でもマグロを売れるようにしたいと言っていましたね。

ゲストプロフィール

青木 利勝 氏

1970年、埼玉県生まれ。伝説の名店【なか田】で修業した青木義氏を父に持つ。京都で過ごした少年時代から将来は鮨屋になることを夢見て高校、大学へ進学。卒業後には一年間アメリカへ“遊学”して食文化の刺激を受ける。帰国後、京橋の名店【与志乃】にて修業。その後、銀座にて父親の下で研鑽を積むが、父は1年目に他界してしまう。2代目として伝統を守りながら、柔軟な発想力で常に革新的な鮨を生み出し、激戦区・銀座で不動の地位を築く。

≫ 第2話:世界が広がった大学生活…鮨職人への夢

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