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2017.06.04グルメラボ

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初夏にぴったり食欲が増す、車浮代の「江戸の変わり飯」レシピ三品

時代小説家で江戸料理・文化研究家の車浮代さんに、現代人が忘れてしまった江戸の素朴で豊かな食事情を教えていただく第一弾。今回から月毎に、旬の食材を使ったご飯物のレシピをご紹介していただきます。ごゆるりとお愉しみくださいませ。

江戸の変わり飯レシピ

初夏の味わい、江戸の変わり飯

 お初にお目にかかります。江戸の町方の料理を研究しております、車 浮代と申します。今回から月毎に、主に旬の食材を使ったご飯物のレシピを紹介させていただくことになりました。どうぞよろしくお願い申し上げます。

 さて江戸時代は、京・大坂では昼に、江戸では朝に、三食分のご飯を炊きました。

 現在では、ラップに包んで冷凍し、温め直せばいつでも炊きたてに近いご飯がいただけますが、江戸時代はそうは参りません。

 人々は、炊いたとき以外は冷や飯を食べなければなりませんでしたので、冷や飯を美味しく食べられるように、おむすびにしたり、湯通ししたり、お茶漬けや出汁漬けにしたり、雑炊にしたりと、さまざまな工夫がなされました。
 
 享和二(一八〇二)年に刊行された「名飯(めいはん)部類(ぶるい)」という料理本には、変わり飯のレシピが約百五十種類も掲載されており、人気の高さが伺えます。
 
 他にも、数々の料理本に登場した変わり飯の中から、今回は、六月にお勧めの三品をご紹介致します。

『桜飯』

    蛸、御飯、鰹出汁、塩、醤油、薬味

~「素人庖丁」「名飯部類」より~

 茹で蛸の足の薄切りに出汁をかけた変わり飯。赤くなった蛸の薄切りを桜の花びらに例えています。

■材料(二人前)
蛸...80g
御飯...2杯分
鰹出汁...300ml
塩...少々
醤油...小さし1
薬味(七味など)...少々

■作り方
1)生蛸の場合は足を塩で揉み、さっと塩茹でして薄い小口切りに。茹で蛸の場合は薄切りにし、炊きたての御飯に混ぜる。

2)鰹出汁を温め、塩と醤油で味を整え、1にかけて好みの薬味をかける。
※「名飯部類」ではすまし汁ではなく、味噌仕立ての汁をかけるとあります。

    『桜飯』

 日本人は、世界で一番蛸を食べる民族です。
 
 古くは、平安末期から鎌倉末期の公家の食事についてまとめられた「厨事類記(ちゅうじるいき)」に、干した蛸を使った「焼き蛸」の表記があり、足利将軍家の饗応料理としても蛸が活躍しました。
 
 また「太閤記」には、羽柴秀吉が織田信長へのお歳暮に、「蜘蛸(くもたこ)三千連」を送ったことが書かれており、朝鮮通信使の接待にも蛸が使われました。

 江戸初期に発行された「料理物語」という料理書には、蛸の調理方法とし て「桜いり、するがに、なます、かまぼこ、このほか色々」とあります。
 
 元禄十年(一六九七年)に刊行された「本朝食鑑」に、「生食よからず煮食よし」とあることからも、蛸は干すか茹でるかしてから調理し、現在のように生で食べることはなかったようです。

 干し蛸(張り蛸とも)とは、生きた蛸を叩いて伸ばし、竹で組んだ枠にかけ、1日かけて干したものです。

 固く干しあがった蛸を、火であぶってから庖丁で刻み、醤油をつけていただくのが一般的な食べ方でした。

 証拠はありませんが、私は「凧」の語源は、「干し蛸」から来ているのではないかと考えています。

 「凧に貼る長い紙が足のようだから」という説が一般的ですが、竹ひごに張り付けられた干し蛸の形状が、まさしく凧を連想させるからです。

 さらに、「引っぱりだこ」の語源はこの「張り蛸」から来ており、江戸時代は「引っぱりだこ」と言えば、磔(はりつけ)になる罪人のことを指しました。
 
 なお、江戸時代に書かれた書物には、大蛸が牛馬や人を襲った話や、月の夜には蛸が里芋を食べるために、畑に出没した話などがたくさん残っており、蛸が意外にアクティブだったことがわかります。
 
 地上でも一、二時間生きられる上に、知能指数が高い蛸のこと、ただの伝説とは思えません。
 
 ちなみに、雄蛸は八本の足の内、一本が生殖器なので先にいぼがなく、珍味とされています。
 

『鰹飯』

    鰹、生姜、御飯、鰹出汁、塩、醤油、薬味

~「素人庖丁」「黒白精米集」「料理伊呂波庖丁」「料理伝」「料理調法集」より~

 多くの料理本に掲載されている鰹飯は、どれも一度塩茹でにし、生節にしてからほぐして食べていました。

■材料(二人前)
鰹...1/2サク
生姜…1カケ
御飯...2杯分
鰹出汁...300ml
塩...少々
醤油...小さじ 1
薬味(葱、大根おろし、たで、紫蘇、茗荷、青豆の塩茹でなど)...適量

■作り方
1)鰹のサクにまんべんなく塩を振り馴染ませてから、生姜を入れた熱湯で十分程度茹で、水気を切って冷ましたら手で細かくほぐす。

2)温かい御飯に1と青豆の塩茹でを混ぜ、薬味を乗せる。

3)鰹出汁を温めて塩と醤油で味を整え、2にかける。
※「生節の血合いは少しも入らぬよう」と料理書にはありますが、新鮮な鰹であれば問題ありません

    【鰹飯】

 江戸っ子が初鰹に熱狂したのは有名な話です。
 
 元々ゲンかつぎが大好きで、「初物を食べると七十五日長生きする」といわれていたところに、初鰹に限ってはその十倍の七百五十日も寿命が延びるとされたため、一匹三両(一両を八万円換算すれば二十四万円)という高値がつけられた時期もありました。
 
 とは申せ、二〇一三年の築地市場の鮪の初競りで、一匹一億五千万円強の値段がつけられた記憶が新しい今となっては、驚きには価しないのかもしれません。

 現在では、脂が乗った秋の戻り鰹も人気ですが、江戸っ子たちは魚の脂を好みませんでしたので、価格はグンと下がりました。

 江戸前の蒲焼きが、蒸してから焼くのも、脂を落としていた名残です。

 初夏の鰹は鰹節に加工されるほか、塩漬けにして保存されました。

 これを「塩鰹」と呼び、安価なおかずとして、塩鮭のように焼いて食べたり、鍋物の出汁にしたりしていただきました。

 塩鰹を漬けたときに出る汁は、魚醤としても利用されました。

『賽湯菽乳(ゆどうふもどき)』

    米、水、水解き片栗粉(葛粉)、塩、醤油、大根おろし、生姜汁、練り辛子

~「名飯部類」より~

 白粥に葛餡をかけ、三種の薬味でいただきます。

■材料(二人前)
米…1/2カップ
水…3カップ

水…1カップ
水解き片栗粉(葛粉)…大さじ2(水2:粉1)
塩...少々
醤油...小さじ1
大根おろし…100g
生姜汁…小さじ1
練り辛子…適量

■作り方
1)分量の水と米で白粥を煮て、好みの堅さまで弱火で炊く。

2)小鍋に水を沸かし、塩と醤油で味を整えたら水解き片栗粉を少しずつ加えながらかき混ぜ、とろみをつける。

3)1に2をかけ、生姜汁をかけて大根おろしを乗せ、練り辛子を添える。

    【賽湯菽乳(ゆどうふもどき)】

 白粥に葛餡をかけた、京都南禅寺の瓢亭の朝粥を思わせるレシピです。
 
 旬の食材を使っているわけではありませんが、梅雨の食欲のない時期にうってつけの、湯豆腐のように食べやすい変わり飯です。

 喉ごしが良く、生姜と葛餡で身体を温め、大根おろしが胃腸を整え、消化をうながしてくれる、滋味溢れる変わり飯です。

この記事を作った人

写真・文/車浮代

時代小説家/江戸料理・文化研究家。著書に『江戸の食卓に学ぶ』『江戸おかず12ヵ月のレシピ』、ベストセラーとなった『春画入門』『蔦重の教え』、新刊に『春画で学ぶ江戸かな入門』など多数。TV・ラジオ、講演等で活躍中。国際浮世絵学会会員。http://kurumaukiyo.com