【菊乃井・赤坂店】~鮎と器と魯山人<ヒトサラ編集長の「編集後記」第2回>
この連載では、編集後記的に「レストランのある風景」をスケッチしていけたらと思っています。
連載第2回めは、イベントも行われている魯山人と鮎の話です。
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高級料亭で「鮎」を食べる時には
和食がユネスコ無形文化財に登録されたのを機に、フランスと日本とで北大路魯山人関連のイベントがいくつか行われました。
「和食+器=魯山人」みたいなお決まりの世界とは距離をとっていたのですが、日本料理とフランス料理の、この数十年における劇的な進化に、魯山人が少なからず影響を与えているとの話も聞き、これは面白いなと思いました。
魯山人の極めてわがままな芸術家気質は、フランス人には受ける気がします。彼は、美食界ではレジェンドですが、私には鮎の食べ方を教えてくれた(もちろん著作通じてですが)人です。鮎は手で食べろと。(注1)
渓流の香り、内臓の苦み
鮎は夏を連れてきます。大好物なのですが、いまだに上手に骨を外して食べることができません。それが嫌だという話をしていたとき、菊乃井で大将の村田吉弘さんからこう伺いました。(注2)
「それは、大きな鮎を食べるからあかんのですよ。手のひらサイズくらいがちょうどよくって、頭、腹、尻尾と三口で味わうのが一番美味しいんです。骨なんか抜きません。気にせず丸かじりしてください」
老舗料亭の大将からそう言われると、妙に安心します。い草の香りがする畳の上で鮎を丸かじり。こんな素敵なことはないかもしれない。大ぶりの養殖の鮎だとこう小粋に食べることはできませんね。良質な天然ものだからこそなせる業なのでしょうが、そうして食べるほうが、細かいことを気にしないでいいし、素直に美味しい。渓流の香りがするし、内臓の新鮮な苦みがたまらない。
「海から遠い京都ではその昔、川魚しか食べなかった。なかでも鮎はよく食べてました。それも活きてるものが基本です。大きい鮎は食べませんな。料亭でもどこでも、鮎というたら手のひらサイズですよ」
菊乃井・赤坂店は、京都の支店ですが、その日獲れたものが直送されてくるので、京都で食べるのと同じものをいただけます。とくに天然の鮎というのは、東京では貴重です。炭火で塩焼きされた小ぶりの鮎を蓼酢でいただく至福。頭と腹と尻尾でそれぞれに違う香りと味と食感。これに冷たいお酒をいただくと、すっかり夏の涼。
器は料理の着物
それともうひとつ、これも定番ですが、夏の入口には欠かせない鱧の落としもいただきました。関西で生まれた私には、これを食べて初めて夏、という気になります。
昆布出汁で湯引きし、梅肉醤油でいただきます。大原の梅を使った爽やかな酸味が綺麗な鱧肉とからみます。端正な料理です。
「器は料理の着物」と言ったのも魯山人ですが、バカラの器に盛られた鱧落としの佇まいは、壮麗な和洋折衷の明治の洋館を彷彿とさせます。
鱧について魯山人は茶漬けを高く評価しています。鱧を焼いて御飯にのせお醤油をたらして玉露か煎茶。もちろんこれも美味しいですが、落としのほうが一般になじんでいるかもしれません。鱧は梅雨の水を飲んで美味になると言います。梅雨の産卵前に一度目の旬がきます。白身好きの関西人は歯触りのいい味のしつこくない鱧や鯛がごちそうでした。
いつからでしょう、「関西=コテコテ」といったこれもステレオタイプが出来上がったのは。こういうお決まりの世界からはやはり距離をとりたくなります。
日本料理のポテンシャル
さて、魯山人を受け入れるほどに、日本料理がフランスで、いや世界で浸透している背景には、もちろんいろんなことがあると思います。私も村田さん同様、30年前にフランスで一時暮らしましたが、スシですら、まだ東洋のエキゾチックなエスニック料理だったと思います。しかし今では、日本料理は世界的に認知され、umamiやmisoといった日本語は共通語として完全に定着しました。世界のトップシェフたちのメニューに積極的に”日本”が取り込まれ、ジャンルを超えたイノベーティブな料理は、どんどん新しい価値を生んでいます。
しかし日本料理が持つポテンシャルからいえば、もっと日本料理が世界において正しく理解され、しっかり継承されるべきだと村田さんは言います。
「だから海外ではね、ラーメンでもお好み焼きでもいい、とにかく日本料理のすそ野を広げてもっともっと認知してもらいたい。それから徐々に、分かる人たちが本物に近づいていってほしいんです」と。
和食が世界遺産に登録されたのが遅すぎるくらいです。これも村田さんたち識者の努力の賜物だと聞きます。日本は食材や人材の宝庫なのだから、もっと戦略的に行きたいですね。魯山人がいろんなシーンで復活するなんて、ご本人にとっては煩わしいことなのかもしれませんが。
(注1)箸で身をむしったり、首ごと背骨を抜いて(京、大阪の人が得意に頭から骨抜きをやる癖)骨なしの姿をパクパクやったりしないで、小口かぶりに頭から順次にかぶって食うのが、真に鮎食いの食い方である。
「魯山人味道」(中公文庫)
小西克博(ヒトサラ編集長)
北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。
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