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更新日:2018.05.25食トレンド デート・会食 連載

料理人の超絶技巧が光る『文思豆腐』/西麻布【麻布長江 香福筳 】森脇慶子の今月の気になるヒトサラVol.5

人気ライターの森脇慶子さんが、今絶対に食べてほしい料理を紹介する連載第5回目は、料理人の超絶技巧に感動するスープ。スープの中で美しく模様を描く一見かき玉のように見える正体は、糸のように細く細く切られたお豆腐! ふわとろな、初めての口どけに、思わず悶絶してしまいます。

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今月のヒトサラは・・・・・・西麻布【麻布長江 香福筳】

糸のように豆腐を切る職人技に感動!揚州名物『文思豆腐』

「えぇっ!これはいったい…………。」
一目見て、そう呟き、思わず息を呑んだ。

 透明なスープに溶けこむかの如く密に浮かぶ細い細い糸状の白い物体。それは本当に豆腐なのだろうかと、一瞬我が目を疑ったほど。豆腐というにはあまりにも細く、とても人の手技とは思えなかったからだ。

「300年の歴史を持つ揚州料理の名菜“文思豆腐”です。」

 説明してくれたのは、ここ西麻布「麻布長江」のオーナーシェフであり、この料理を作った張本人、田村亮介さんだ。料理の由来を尋ねれば、時は清朝乾隆帝の時代、揚州天寧寺の文思和尚が考案した精進料理だそうで、乾隆帝の満漢全席のメニューにも選ばれた由緒正しき逸品らしい。台湾での修行時代にこの料理の存在を知った田村シェフ、本場楊州にまで足を運び、文思豆腐を食べ歩いたそうだ。

「でも、実際に手切りにした“文思豆腐”には出会えませんでしたね」
ならばと一念発起。昔、台湾で食べた味と文献を頼りに自ら再現したのが、ご覧の、限りなく繊細な一皿なのだ。

    「豆腐を巧く切っていくにはリズム感が大切」とは田村シェフ。どこにでもある食材を用いながらも手練の技で唯一無二の美味しさを作り出す、そこに品格が生まれるのだ。

 いったいどうやって切っているのだろうか?

 素朴な疑問のままに好奇心を掻き立てられ、厨房を覗けば、なんとあの幅太の中華包丁で豆腐を、普通に切っているのだ! それも向こうが透けて見えそうなほど薄く薄くスライスしている。少しでも力を入れれば、豆腐全体がグチャッと崩れてしまいそうで、見ているこちらの方がハラハラしてしまった。しかし、淡々と包丁を進める田村シェフ、今度はその薄切りの豆腐を更に細く千切りにしていった。仕草はまるでキャベツの千切りのようだが、物が違う。相手は豆腐。それも絹ごし豆腐である。

「その方が、舌触りが優しいですからね」とは田村シェフ。水切りさえしないのも、豆腐の柔らかさを損ないたくないと思えばこそだ。

    細切りにした豆腐は、髪の毛ほどの細さだ。そのままにしているとくっついてしまうので、素早く水に放つのも、ポイントの1つ。

 そして、この豆腐の淡い旨味を支えているのが、リーンにして滋味豊かな清湯。

 これも、手間がかかっている。作り方はこうだ。豚挽肉と鷄挽肉を合わせてよく練り、同量の水を入れてペースト状にしたら、次に金華ハムや干しシイタケ、干貝、乾燥大豆も合わせて火にかける。途中、丹念にアクと脂をひきつつ、弱火でコトコトと煮込むこと約2~3時間。こうして初めて、雑味のないクリアなスープが出来上がるのだ。このスープで、豆腐を崩さぬよう加熱するのも一仕事。先にとろみをつけておいたスープに、そっと豆腐を放つと、名人が作る溶き卵スープのように精妙な豆腐の華が、鍋いっぱいに広がった。

    清湯に具の1つ、干貝をほぐしたものを入れる。干貝は一晩水につけて戻しておいたものだ。豆腐を入れる前に軽くとろみをつける。

 具は、先の豆腐に食感をプラスするための髪菜(パーツァイ)と旨味を軽く補う意味での千切りにした金華ハムにほぐした干貝のみ。いたってシンプルなのだが、一口すすれば、それ以外に何もいらないと得心するに違いない 。口にした瞬間のふうわりとしてデリケートな食感、続いて豆腐のたおやかな甘みがほんのりと漂い、それと同時に控えめながらも力強い清湯の旨味が後を引く。塩味も控えめ。そうすべてが一歩手前のように感じさせながら、そこで何か足してしまっては、その精緻なバランスが台無しになってしまう。そんなデリケートにして品格のある美味しさなのだ。

    “文思豆腐”¥2,300(写真は2~3人前)コース¥7.000~の一品としてもいただけるが、前日までに予約が必要。豆腐もさることながら、スープがしみじみと身体に染み渡るほど美味。

 “文思豆腐”を頂きながら、ふっと思い出した料理があった。

 以前、大塚にあった江戸料理の名店「なべ家」で食べた「豆腐粥」である。
江戸時代のベストセラー本「豆腐百珍」に記載されている料理を、ご主人の福田浩さんが再現したもので、それは、豆腐入りのお粥ではなく、豆腐そのものを米粒に見立てたかの如く細かくさいの目に切ったお吸い物だった。

 千切りと角切り、形状に違いはあるが、神業のような精巧さは同じ。豆腐百珍の刊行が天明2年(1782年)と奇しくも、文思豆腐が生まれた時代と重なっているところも興味深い。

田村亮介シェフより一言

「若い頃は、重ねていく複雑な料理を好んで作っていましたが、最近はシンプルな料理に惹かれますね。文思豆腐は注文が入ってから豆腐を切ってつくる料理です。出来立てのおいしさを楽しんでください」

    シックな店内。個室も充実しているのでデートや会食にもおすすめ。

【麻布長江 香福筳】

住所: 東京都港区西麻布1-13-14
電話: 03-3796-7835
営業時間:11:30~14:30(LO)、18:00~22:00(LO) 火~金曜日
     12:00~14:30(LO)、18:00~22:00(LO) 土、日曜、祝日
要予約:文思豆腐は予約時に注文を
定休: 月曜(祝日の場合翌日休み)
ランチコース ¥3,800円~、ディナーコース¥7,000~

撮影/岡本裕介

この記事をつくった人

  • 森脇慶子
    「dancyu」や女性誌などで活躍するフードライター。綿密な取材と豊富な経験に基づく記事は、読者のみならずシェフたちからも絶大な信頼を得ている。日々おいしいものを探求すべく新旧問わず様々な店を訪問。選者を務める「東京最高のレストラン」(ぴあ)も好評発売中。

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