森脇慶子の、今月の気になる「ヒトサラ」Vol.4/『ブイヤベース』<閉店>【レスプリ・ミタニ・ア・ゲタリ】四谷
今月の森脇さんのおすすめは、濃厚なスープ・ド・ポワソンにぶつ切りの旬の魚介がたっぷりと入ったブイヤベース。星の数ほど食べ歩いている森脇さんに「こちらのが一番好き!」と言わしめる名作です。おいしさの決め手はベースとなるスープ・ド・ポワソン。毎回気が遠くなるような手間をかけて丁寧に作られた濃厚なブイヤベースをいただけば、元気になること間違いなしです。
※この店舗は閉店しました
魚介の旨味溢れるスープで旬の魚を煮る。旨味倍増の「ブイヤベース」
元来が、汁物好きである。
中でも、“スープ・ド・ポワソン”には殊の外目がない(コンソメも大好物だが)。レストランでその名を見つけると、まず、頼まずにはいられないのだ。これまで数多の“スープ・ド・ポワソン”を飲み比べてきた中で、【ヌキテパ】の田辺年男シェフが作る“磯魚のスープ”など、お気に入りのお店は幾つかあるが、No.1は?と聞かれたら、ここ【レスプリミタニ・ア・ゲタリ】のそれにとどめを刺す。
魚介の旨味が凝縮したスープ・ド・ポワソン。蟹や海老などの甲殻類は入れないのが三谷流。その理由は甲殻類の味に他の魚の風味が相殺されてしまうから。一方、欠かせない素材は穴子だとか。
だが、実はこの“スープ・ド・ポワソン”以上に私の心を虜にした珠玉の一皿がある。メニューには記載されていない幻⁉ のスペシャリテ。それが、ご覧の“ブイヤベース”である。至福の“スープ・ド・ポワソン”で作るブイヤベース。これが、不味かろうはずがない。しかも、料理人はあの三谷青吾シェフである。ともすれば、肉の料理人と思われがちな三谷シェフだが、何を隠そう魚料理もお手の物。とはいえ、店のメニューはほぼほぼ90%が肉料理。そして、その肉料理がバツグンに旨いとなれば「魚料理を置いても出ないんだよね〜。肉料理ばっかりで」となるのは自明の理。
「三谷シェフの魚料理も美味しいと思うんだけど」そう呟いた私に三谷シェフもすかさず「俺もそう思うんだけど」……。ならば、作って頂きましょうとばかりに今を去ること4~5年前、リクエストしたのがご覧のブイヤベースなのだ。これなら、あの美味しいスープ・ド・ポワソンをいっぱい飲める!食い意地のはった私のちょっとした陰謀だった。
取材時のお魚達。この日は、珍しいやがらも入ってきる。ムール貝やホタテ貝が入ることも。
さて、肉料理も豪快だが、ブイヤベースも負けず劣らずのド迫力。
何しろ、材料の魚からして丸ごと一尾、それも5尾というのがいかにも三谷シェフらしい。
曰く「魚は、骨ごと丸ごとの方が身が縮まないし、身がしっとりと煮上がるからね」が、その理由だ。魚の種類は、季節によって変わってくるが常時4~5種類を用意。「岩礁に棲む岩魚(イワザカナ)がブイヤベースには向いている」そうで、写真は、手前からマゴチ、ホウボウ、ハタに黒ソイ、それに湯のみ茶碗ほども太さのあるやがらと海老、貝などなど。さすがのボリュームだ。これらを、塩コショウだけで味付けし、そのままスープ・ド・ポワソンに投入。煮立てぬようにゆっくりゆっくり魚に火を入れていく。これが、ポイント。静かに煮込むことで魚の身がふっくらと仕上がるわけだ。
身が離れやすい魚は筒切りに、小骨が多いものはフィレにと食べやすさを考えて魚を処理。それを火が通りにくいものから入れてゆっくり煮ていく。
いとも簡単に作れそうだが、肝腎なのはスープ。ブイヤベースの要でもあるこのスープ作りが、なかなか骨の折れる作業なのだ。
まずは、魚を一尾丸ごと頭や骨などと共に水分が十分抜けるまでしっかりと炒め、その後、香味野菜や香草、トマトなどと一緒に煮込むことおよそ3時間。しかし、これで終わりではない。否、むしろこれからが1番のハードワークで、なんと、ムーランと呼ばれる挽砕器で一時間かけてガンガンに裏ごし、更にシノワで再度漉してようやく完成となる。手間と愛情、そして労力の賜物だ。ミキサーを使えば簡単だし、まろやかにも仕上がる。けれども、「あえてこの舌にざらっとくる粗挽き感を残したいんだよね」とは三谷シェフ。
同感!もともと、漁師が売れない魚の廃物処理として作ったスープ・ド・ポワソン。少し、田舎っぽく家庭風に作った方が、味わいも生まれるというものだ。
これで一人前!とボリュームたっぷり。魚は、そのままでも、付け合せのにんにく風味のマヨネーズのようなルイユをつけて食べても美味しい。魚を食べた後、スープが運ばれる。
豊かな風味を湛える赤褐色のスープを一口啜れば、雑味を旨味と捉える三谷シェフの思いそのままに何とも言えぬ深い味の広がりに思わずため息が漏れる。なるほど、舌のざらつきがあることで、一体感のある馴染んだ旨味というよりも、旨味一つ一つが五月雨式にバラバラと味蕾に染み渡っていく……。そんな味わいなのだ。そして、喉元を過ぎ去る頃、磯の風味や野菜の甘み等々が渾然一体となって、滋味溢れる余韻を残す。更には、後味にかすかな酸味も感じられる。
その訳を尋ねると「仕上がってから一週間ほどねかしたものと合わせているからね」との返事。なんと、うなぎのタレよろしく、継ぎ足し継ぎ足しで作られていたのだ!【レスプリ・ミタニ・ア・ゲタリ】のスープ・ド・ポワソンの旨さの秘密は、ここにあるかもしれない。
ちなみにブイヤベースは、本場よろしく魚とスープを別々に提供。最初に、スープがじわっと染み込んだ魚を満喫し、人心地ついたところでスープでフィニッシュがミタニスタイル。魚本来の滋味を心ゆくまで楽しめる佳品だ。このブイヤベースのためだけに魚を仕入れるゆえ、4日前までの要予約。注文は2人前から、が鉄則だ。
三谷青吾シェフより一言
「スープ・ド・ポワソンのベースになる岩魚は、いつもだいたい6種類ほど。その時々で変わるけれど、欠かせないのは穴子。穴子が味のベースになるからね。」
<閉店>【レスプリ・ミタニ・ア・ゲタリ】
住所: 東京都新宿区若葉2-7ビデオフォーカスビル1階
電話:03-6380-5050
営業時間:12時~13時(LO、水曜日~日曜)、
18時~21時00分(LO)(火曜~土曜)
要予約 *ブイヤベース注文の場合は4日前までに予約を。
月曜・日曜夜休み
平均予算:ランチ3000円~、ディナー12000円~
撮影/岡本裕介
この記事をつくった人
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森脇慶子
「dancyu」や女性誌などで活躍するフードライター。綿密な取材と豊富な経験に基づく記事は、読者のみならずシェフたちからも絶大な信頼を得ている。日々おいしいものを探求すべく新旧問わず様々な店を訪問。選者を務める「東京最高のレストラン」(ぴあ)も好評発売中。
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