甘糟りり子の「鎌倉暮らしの鎌倉ごはん」Vol.8/【バー ケルピー】
鎌倉には意外にも少ない大人のためのバー。由比ヶ浜通りにひっそりと看板を掲げる【BAR KELPIE】は数少ない地元に愛される名店です。仲間と訪ねても、一人でふらりと飲みに行っても、自然と心がほどけていくという甘糟さん。いいバーは、訪れる人の気持ちに寄り添ってくれる。そんなことを教えてくれます。
ひとつの夜を預けたくなる、小さなバー
夜の時間帯に限っては、鎌倉と港区には6〜7時間の時差があるように思います。昼間はにぎやかな由比ヶ浜通りですが、夜8時過ぎになると灯りはまばらで、かなり閑散としております。西麻布だと午前3時の雰囲気でしょうか。元「都会の浮き草」の実感です。
【バー・ケルピー】は由比ヶ浜通りのはずれにあります。江ノ電長谷駅から歩いて2分ほど。大仏や観音様が近くにあり、昼間は平日でも人であふれかえるエリアです。一階の扉を開け、そこに続く階段を登って、二階の扉を開けると、重厚すぎずカジュアルすぎない心地よい空間が広がっています。食事の後に立ち寄ることが多いですが、ウェイティングバー代わりだったり、友達のお誕生日の乾杯をするためだけに集まったり、たまに心をお酒でほどきたくて一人で階段を登ることもあります。このお店を知って、鎌倉の夜が自在になりました。
夏の午後19時過ぎの由比ヶ浜通り。平日はすでにひっそりとしている
カウンターの大きな一枚板はオーナー&バーテンダーの大橋祐樹さんが見つけたハワイの木のもの。年輪が多すぎず、色はナチュラル。正統派なんだけれどほんの少し肩の力が抜けたところがあって、鎌倉によく似合う。カウンターの後方にある大きな窓からは、由比ヶ浜通り突き当たりのT時路が見えます。夜、この角度でこの景色を見るのが大好き。昼間の喧騒が幻のようにしんとしていて、辺りがモノクロになったようです。この落差が鎌倉という街の個性だと思います。フェリーニの映画の一場面みたい、といったら雰囲気が伝わるでしょうか。
ここでスイカのカクテルを飲むのは、私にとって夏が来た印の一つ。ウォッカにスイカの果汁、塩をきかせた一杯はソルティドッグのスイカ版です。子供の頃、スイカに塩を振って食べていたのを思い出します。果物を使ったカクテルって、腕のあるバーテンダーにかかるとエッセンスが凝縮されて、果物そのものを食べるよりも果物の風味が口に広がることが多い気がします。スイカにマスカルポーネを加えたカクテルもあって、先日はスイカ関連を二杯続けて味わい、夏を堪能しました。
スイカがあるシーズン限定の『スイカのカクテル』1,000円
棚にはめずらしいウイスキーがずらりと並んでいます。ストックは約100種類。ボトラーズがほとんどだそうです。ボトラーズとは、蒸留所から原酒を買い取り、独自に熟成させて瓶詰めをしたウイスキーのこと。蒸留所が製造から瓶詰め、販売まで一貫して行うものをオフィシャルといい、それに対してこう呼ばれます。
店名の【ケルピー】は、イギリスはスコットランド地方の水辺に住むと伝わる、幻の獣のこと。馬に似た容姿といいます。
ここを訪れるようになったのは、長谷のイタリア料理店で食事をした時、ソムリエの方に「近くにいいバーができましたよ」と教えてもらったのがきっかけ。帰りに友人たちと立ち寄り、思いの外くつろいだ時間を過ごしました。その数週間後、同じような顔ぶれで再び伺うと、大橋さんは最初の時に誰が何を飲んだのかをすべて覚えていて驚きました。
ウイスキーは好みを伝えると、様々な銘柄から選んでくれる
【ケルピー】に通うようになって、改めて夜っていいなあと思いました。同時に、カフェでもスナックでもなく「バー」であるのはどういう空間か、バーテンダーというのはどういう人たちをいうのか、自分なりに考えたりして。その昔、鎌倉では食事の後に立ち寄るお店は少なく、れっきとしたバーと呼べる空間はごくわずかでした。最近のこの界隈の充実ぶり、地元民としては嬉しい限りです。
鎌倉での二軒目は【ケルピー】が多く、いろいろな友人と連れ立っていきます。編集者のHさんもその一人でした。過去形なのは、数年前、出張先で亡くなられたからです。二十代の頃、いくつかの雑誌の編集部をうろちょろしていた私の軽薄さをおもしろがって、大きな仕事をふってくださいました。Hさんは私を見つけてくださった恩人です。鎌倉にお住まいだったので、食事をしたりお酒を飲んだり、もちろん【ケルピー】にもお誘いしました。
「いいお店、見つけたね。さすが甘糟さん」
そんなことをいわれたのがなつかしい。
コニャックはゆっくりと掌であたためて香りを立たせる
亡くなってから一年後の命日前夜、会食の帰りに一人になって、ふとケルピーの階段を登りました。献杯をしようと思ったのです。二階の扉を押すと、カウンターの手前にはカップルが座っていました。私は一つ空けたところに腰をかけ、ウィスキーを注文しました。こういう時はウイスキーのストレートな気がして。日付が変わったらHさん命日なのだと告げ、銘柄は大橋さんにお任せしました。供されたのははなやかな香りのウィスキーでした。尖ったところがなく、ストレートで飲んでもまろやかな味わいの。
一人で店に立つバーテンダーの大橋祐樹さん
あと5分で命日という時、大橋さんがラフロイグの10年を二つのグラスに注ぎました。手前に座っているカップルの注文かと思ったら、うち一つを私の右隣に置きました。
「以前いらした時に召し上がっていたものです」
Hさんのグラスでした。日付が変わって命日になると、大橋さんがもう一つのグラスに手をかけました。
「僕も献杯を」
いろんな記憶が心からあふれそうになりました。
バーテンダーの仕事ってこういうことなんだなあと思います。レシピ通りにカクテルを作るとか、お客の話に心地よい相槌を打つとか、いいお酒を揃えるとか、もちろんそれらも大切ですが、それだけではない。ひとつの夜を預かることだと実感したのでした。【ケルピー】、いいバーです。
夕方16時からのオープン。食事前のアペロとして気軽に寄るのもおすすめ
BAR KELPIE
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住所:神奈川県鎌倉市長谷1-15-7 2F
電話:0467-40-5570
営業時間:平日16:00〜2:00、土曜14:00~2:00、日曜14:00~24:00
定休日:木曜日
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著者プロフィール
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甘糟りり子
作家。1964年横浜生まれ。3歳から鎌倉在住。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムに定評がある。近著の『産む、産まない、産めない』(講談社)は5刷に。そのほか『産まなくても、産めなくても』(講談社)など現代の女性が直面する岐路についての本も好評発売中。『鎌倉の家』(河出書房新社)が9月上旬発売予定。読書会「ヨモウカフェ」主宰。
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