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更新日:2018.07.27グルメラボ 連載

【イタリアより】文豪・ヘミングウェイが専用席をもつほどに愛した、ヴェネツィアの伝説のバーへ

イタリアにはエスプレッソを楽しむ「バール」は数多く存在するが、酒を飲む場としての「バー」はホテルをのぞけば、さほど多くない。しかし唯一無二、別格的に語られるのがヘミングウェイが足しげく通ったヴェネツィアの【ハリーズ・バー】だ。名物カクテル『ベリーニ』目当てに【ハリーズ・バー】を訪れた。

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【ハリーズ・バー】はヴェネツィアの大運河に面した、船着き場の正面にある。

 おそらくは世界一有名な「バー」のひとつなのに、それと知らなければ通り過ぎてしまうような簡素な佇まい。なにせ看板もなく、レトロな書体でガラス窓に「HARRY’S BAR」と書かれているだけなのだから。

 入り口がまた分かりにくく、幅1mもない扉が唯一の出入り口なのだから一見の客にはなかなか敷居が高い。

 店内に足を踏み入れると左側にバーカウンター、右手と正面にはテーブル席がいくつか。

 ヨットの内装を思わせるマホガニーで覆われた空間、これが1931年に創業者ジュゼッペ・チプリアーニが作った【ハリーズ・バー】だ。

ヘミングウェイが愛した【ハリーズ・バー】

    ヴェネツィアの水上バスに乗り「サン・マルコ」で降りると正面にあるのが【ハリーズ・バー】だが、看板は出ていない

 その名はジュゼッペがホテルでバーテンダーをしていた時のエピソードにさかのぼる。

 ある夜、常連客だった若いアメリカ人が困っていたので聞いてみると、ホテル代とアメリカに帰る船代、そして最後のドライ・マティーニ代が無いという。ジュゼッペは開業資金に貯めていた1万リラを貸したところ数ヶ月後にその若者が再びバーを訪れ、利子だといって5万リラをジュゼッペに返してくれたのだ。

 その資金で念願のバーを開いたジュゼッペは、感謝を込めて彼の名をとり「ハリーズ・バー」と名付けた。

 それ以来多くの著名人たちが【ハリーズ・バー】を訪れて来たが最も有名なのは文豪ヘミングウェイだろう。

 1949年から50年にかけてヴェネツィアに滞在していたヘミングウェイは【ハリーズ・バー】を足しげく訪れ、ジュゼッペと親しくなった後にはジュゼッペがトルチェッロ島に所有していたホテル【ロカンダ・チプリアーニ】に滞在していた。

 ヘミングウェイが好んで座っていた席にはいまも「ハリーズ・バー評議員専用席」というプレートが掲げられている。ちなみにその真偽をバーテンダーにたずねてみたところ、かつてはヘミングウェイ専用席だったが現在は誰でも座ることができる、とにこやかに答えてくれた。

    1F店内奥のテーブル席に掲げられた「ハリーズ・バー評議員専用席」というプレート

【ハリーズ・バー】で生まれたのがカクテルの定番『ベリーニ』だ。

 これは地元ヴェネト地方産のスパークリングワイン、プロセッコを桃のジュースで割った甘く爽やかな食前酒。【ハリーズ・バー】を訪れた客のほとんどが注文する永世定番で、これにあわせるのがヴェネツィアのストリートフードともいうべき揚げミートボール『ポルペッタ』。

 かつてこの【ハリーズ・バー】でジュゼッペの息子、アリーゴ・チプリアーニ氏と会ったことがある。ヴェネツィア市民からは敬愛を込めて「ドットーレ」と呼ばれるアリーゴ氏は「ベリーニもいいけど、実はうちはこのポルペッタがおいしいんだ」と教えてくれたのだ。

    店の敷居は高いがバーテンダーはいたって気さく。にこやかに笑いながら手際よくベリーニを作ってくれた

 バーとして誕生した【ハリーズ・バー】はやがて2階にレストランを備えたレストラン・バーとなり、後にはミシュランの星を獲得するなど一時はイタリアを代表するレストランとしても一躍有名になった。

 現在はイタリア料理のスタンダードとなった『カルパッチョ』は【ハリーズ・バー】の厨房で生まれたのである。ある夜、常連の貴婦人が店を訪れると、加熱した肉料理を医者に禁じられたとジュゼッペに語りかけた。

 それならば、とジュゼッペが用意したのは生の牛肉を薄くスライスし、白いマヨネーズで美しく飾り付けた料理だった。その味が気に入った貴婦人が料理名をたずねたところ、ジュゼッペはヴェネツィアを代表する画家の名から「カルパッチョです」と答えたという。

 当時、ヴェネツィアでは画家ヴィットリオ・カルパッチョ生誕500周年の大回顧展が行なわれていた最中で、カルパッチョの絵によく使われる赤と白に料理のインスピレーションを得たといわれる。

 おそらく現在は画家としてより料理名としてのほうが有名な『カルパッチョ』だが、それはこの【ハリーズ・バー】の小さな厨房から生まれたのだ。

    「ハリーズ・バー」を代表する味、ポルペッタ(左)とカルパッチョ(右)。ポルペッタは1Fのバーで、カルパッチョは2Fのレストランで食べられる

今回訪れた場所

この記事を作った人

TEXT:池田匡克 フォトジャーナリスト

1998年よりフィレンツェ在住、イタリア国立ジャーナリスト協会会員。旅、料理、ワインの取材、撮影を多く手がけ「シチリア美食の王国へ」「ローマ美食散歩」「フィレンツェ美食散歩」など著書多数。イタリアで行われた「ジロトンノ」「クスクスフェスタ」などの国際イタリア料理コンテストで日本人として初めて審査員を務める。2017年5月、日本におけるイタリア食文化発展に貢献した「レポーター・デル・グスト賞」受賞。イタリアを味わうWEBマガジン「サポリタ」主宰。2017年11月には最新刊「世界一のレストラン、オステリア・フランチェスカーナ」刊行。

記事元:MEN'S Precious

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