更新日:2018.09.01食トレンド 旅グルメ グルメラボ
【訃報】『ジョエル・ロブション氏・お別れの会』で思う、偉大なるシェフの功績
8月6日。20世紀のフランス料理を牽引した巨匠の突然の訃報は、世界中を駆け巡り、衝撃を与えた。その悲しみの余韻が残る8月17日、ジョエル・ロブション氏の故郷であるフランス・ボワチエ市で「お別れ会」が行われた。パリで25年暮らし、レストランシーンを取材し続けてきたジャーナリスト・南谷桂子さんが列席。その様子をレポートする。
8月17日、ジョエル・ロブション故人を偲ぶ「お別れ会」が彼の故郷ポワチエのサンピエール大聖堂で営まれた。今年の夏はフランスでも例年にないほどの酷暑続きだったが、しかしその日は朝から暗い雲がどんよりと立ち込めていた。
この日、世界中から2000人以上の人たちが哀悼の意を捧げようと、この大聖堂に集結した。政治家・食品業界のビジネスパートナー・ジャーナリスト・メディア関係者・知人・友人・そして料理人・・・。参列する黒いコックコートに身を包む料理人たちは今もロブションさんの店で働く料理人たち、白いコックコートはかつてロブションさんに師事していた料理人たちと一目で区別することができる。
シラク大統領時代の首相を務めたジャンピエール・ラファラン氏のスピーチ、ロブション氏とは同じくポワチエ出身の政治家で親交も厚くロブション氏の交友範囲の広さを物語る
中でもロブションさんが何よりも大切にしてきたMOF(フランス国家最優秀職人章)と呼ばれる料理人たちは、その高度な技術でトップレベルのフランス料理を継承しようと世界中で普及活動に努めている。そんな彼らを象徴するトリコロールのコックコートの襟には金色のメダルが輝いている。
そしてロブションさんの原点でもあり、物づくりの精神を教えてくれた職人集団、レ・コンパニオン・ド・ドゥヴォワール( Les Compagnons du Devoir et du Tour de France )のメンバーたちは黒いタスキに手にはフランス全国を行脚していた時代を象徴する長い杖を携えている。
MOFやレ・コンパニオン・ド・ドゥヴォワールのタイトルを持つ料理人など錚々たる顔ぶれの人たちが式に参列した
総勢100人近い料理人たちがいただろうか。現在のフランス料理界をけん引する世界中の「職人」たちすべてが大聖堂の真ん中を覆いつくしている。そんな姿を見るにつけ、改めてロブションさんが生前いかに物づくりを大切にしてきたか、それを作り出す職人ひとりひとりの技術をリスペクトしてきたかが伝わってくる。彼らの熱い思い、ロブションさんへの「忠誠心」が今日のお別れ会の主役でもあった。
元首相のジャンピエール・ラファラン氏、ポワチエ市長補佐など政治家も多く集まった
大聖堂内にはミシェル・ゲラール、アラン・デュカス、ギィ・サヴォア、ジョルジュ・ブラン、ティエリー・マルクス、ジャック・マキシマン・・・などなど、現代のフランスガストロノミー界をけん引する、ほぼ全ての料理人たちが参列に訪れた。皆、真っ白いコックコートに身を包み、各自がそれぞれの想いを胸に刻んでいた。
パリの3つ星シェフ、ギィ・サヴォアはそのスピーチで「料理テクニックは勿論のこと、時代の流れをつかむその嗅覚にこそ”これからの料理人が生きるべく新しいモデル像” をいつも教えてくれた」と語り、またニースのネグレスコホテルでかつて総料理長をしていた2つ星シェフ、ジャック・マキシマンは「自分の時代と同時代を生きたロブションの生き方にこそ、料理人を超えた社会的影響は計り知れない」と語った。またかつてパリのプラザアテネの総料理長をしていた2つ星シェフ、エリック・ブリファールはレ・コンパニヨン・ド・ドゥヴォワールの黒いタスキを胸にロブションの愛弟子として、ただ一言「ロブションは”セレニテ=安らぎ”です」と表現した。
大聖堂に飾られた黒いコックコート姿のロブション氏、料理人として、また職人としてフランスの文化を継承する「職人技」を広く世界に知らしめた貢献は「世紀の料理人」の名にふさわしい
フランス料理をこよなく愛しフランスの食材をリスペクトし、フランスのテロワール(大地)に想いを馳せ、それらを作る生産者や料理人を心から慕い続けてきた人。一言で言うならフランスという国に「忠誠」を誓った人だった。それがジョエル・ロブションという人であった。
1982年に彼自身の店をオープンしたその年にミシュランの1つ星を、2年目に2つ星、3年目に3つ星という前代未聞の偉業を成し遂げたその功績は、1989年にはゴーミヨによって「世紀の料理人」と謳われた。常に頂点を目指すロブション、彼の厨房では禅寺さながらの集中力と沈黙が支配していたという。仏料理最高峰の料理技術に裏打ちされたガストロノミーの世界にありながらも、しかし一方ではフランス人の国民食であるジャガイモを片時も忘れずに、それを最高の一皿に仕立て上げた『ロブションのジャガイモのピューレ』は彼の永遠のシグネチャーメニューとして今でも弟子たちに受け継がれている。常にフランスのことを想う料理人であった。
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そんな彼らの姿を見ていると、拙著『21世紀のシェフたち』(オータパブリケイションズ刊) の前書きをお願いした時のロブションさんの言葉が耳に蘇る。「ケイコ、料理人ひとりひとりのモノづくりへの想いをストレートに言葉で表現してくれてありがとう。日本人である貴女が果敢にも厨房に飛び込み、最も分かりづらい人の感性とか料理人の苦労・機微といったものに真っ向から立ち向かった勇気に敬意を表する。きっと日本の読者の胸を打つことだろう!」。1994年、今から四半世紀も前のことである。
ポワチエの地域開発のために立ち上げられた未来型テーマパーク「フューチュロ・スコープ」、子どもたちの食育のためのイベントに参加した時のロブション氏。彼の周りにはいつでも大勢の料理人たちが集まる
「お別れの会」が行われたのは、彼が12歳の時、親元を離れてはじめてここ大聖堂の修道院で寄宿生活をはじめた人生のスタート地点。そんな場所に大勢の人たちが集まり、いま彼の旅立ちを静かに見守っている。
きら星のように32個の星に輝く彼の店は常にロブションさんの誇りでもあった。それは一緒に働いてくれるスタッフたちへのリスペクトの証でもあった。そんなロブションさん自身がいま永遠の星となり、これらからもずっとずっと私たちの頭上で輝き続けてくれることだろう。
サンピエール大聖堂のまわりでは多くの関係者を取材するメディアたち。改めてロブション氏の存在は料理人の枠を超えた社会現象であることが分かる
この記事をつくった人
南谷桂子(ジャーナリスト、『株式会社ワインと文化社』代表)
フランスのガストロノミー界やシェフたちの生き方に興味を持ち、パリで1994年より取材を開始。『21世紀のシェフたち』『パリのビストロ職人』など著書多数。日仏間の食ビジネスのコンサルタント、食文化交流のコーディネートを手掛ける。2017年10月、神奈川県湯河原町に『ロティスリー桂樹庵』をオープン、2つ星シェフ、パトリック・ジェフロアや1星シェフ、フレデリック・シモナンを招聘しフランス料理の普及に尽力する。
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