秘伝のソースがたまらない古典中華料理『ナマコの煮込み』/【老四川 飄香小院】森脇慶子の今月の気になるヒトサラVol.12
ちょっとグロテスクな見た目とはうらはらに、ブリンブリンの身がおいしいナマコ。ここ【老四川 飄香小院】のなまこは、四川の秘伝のソースがその身に絡まり、ひときわ高貴に輝きます。深い茶色のソースのためだけにしか存在しない超レアな食材が隠し味に入り、その奥行のある味わいは一口食べれば忘れられません。四川の伝統料理を研究しつくしたシェフがつくる究極の一皿をぜひおためしあれ。
※このお店は2022年に広尾に移転しています。
※本記事の内容は取材当時の情報となります。
今月のヒトサラは・・・・・・六本木【老四川 飄香小院】
四川の古典料理から甦った秘伝のソースがたまらない『ナマコの煮込み』
テーブルにほどなく運ばれて来たのは、あでやかな景徳鎮の皿に並ぶ、一見、グロテスクな一品。鳶色のソースを纏い、つやつやと輝くそれに、恐る恐るナイフを入れれば、予想外のプルプルっとした弾力が手に伝わってくる。この料理が『肝油海参』(ガンヨーハイシェン)。
日本語風に言うならば、“ ナマコと豚レバーの煮込み”。四川の伝統名菜である。
“海参”とは、ナマコの乾物の事。その黒ずんだ奇怪な風態からは想像もできないほど、このナマコ、実は豊富な栄養素に恵まれている。明の時代に記された「本草綱目」によれば、造血作用による疲労回復や免疫力アップ、滋養強壮に老化防止等々。朝鮮人参にも匹敵する薬効があり、そのネーミングにしても“海の朝鮮人参”との意味合いから付けられたということだ。
井桁シェフは、貴重な日本のナマコを使っている。
中国では、フカヒレやツバメの巣、干し鮑と並ぶ高級食材“乾貨”の一つで、江戸時代には俵物として日本から輸出されていたことは、周知の事実だろう。「今でも、日本産がナマコの中でも最も希少価値の高い貴重品ですね」こう語りながら、国産のナマコを見せてくれたのは、井桁良樹さん。ここ麻布十番【飄香】のオーナーシェフだ。
3時間煮込んだら、鷄冠油を取り出し、ナマコを入れて20分煮る。戻したナマコは、紹興酒と生姜を入れた湯でボイル。臭みを抜いておく。
海参料理といえば、上海料理の“紅焼海参”や“蝦子海参”がおなじみだったが、このような豚レバーと合わせる一皿は、初めて見る料理。食してみると、ナマコならではの一種官能的な食感もさることながら、そのソースに目を見張った。複雑でいて、実に奥深い味わいなのだ。
口にした矢先、口中に広がるのは、スープの定番的な鶏や豚の旨味。しかし、舌に浸透していくほどに、金華ハムの風味や干し貝柱など乾物系ならではの底味の深さがじんわりと味蕾に染み渡っていくーまるでフレンチのソースのような、否、それ以上の余韻の長さに思わず溜息が漏れた。
ソースのベースとなるスープの材料。干し牡蠣は井桁シェフの一工夫。「向こうではオイスターソースを加えていたのですが、昔の四川にそれは無いと思って」がその理由。
「これだけのものがこのソースには入っているんです」そう言いつつ井桁シェフが厨房で見せてくれたのが、ご覧の品々。老鶏、豚、鴨に加え、干し貝柱や金華ハム、昆布に干し牡蠣、干しスルメと香辛料には肉桂、八角と陳皮、フェンネルを少々。その豚も皮付きのスネ肉を使い、鴨にしても皮付きを用意する等々、旨味を引き出すための計算は綿密だ。
これが鷄冠油。ヒダヒダが本当に鷄のとさかのようだ。日本では菊脂と呼ばれている。
作り方も凝っている。肉類は一度下ゆでしてアクを取り除いてから、他の材料と共に全て一緒に毛湯にいれ、約4時間かけてゆっくり静かに煮込んでいく。だが、まだまだ完成ではない。これは、あくまでも序章。ベースに過ぎないのだ。
次に、鶏冠油(ジーガンヨゥ)と呼ばれる小腸の先端についている脂を入れるのだが、その形がまさに読んで字の如く鶏のとさかにそっくり。井桁シェフ曰く「後にも先にも、この部分の脂を使うのは(四川料理では)この料理だけ。脂に甘みがあり、味全体にコクが出るんです」
ソースのネギ、生姜を外し、豚レバーを入れる。静かにゆっくりと3時間ほど煮込んでいく。
次に、一度湯がいておいた豚レバーを入れるのだが、それも丁寧に筋を取り除き、丹念にほぐしつつ投入。紹興酒も加え、更に煮込むこと3時間。こうして件のソースが、やっと出来上がるわけだ。ソースでナマコを煮込む時間は20分ほど。仕上げに香りと艶出しの鷄油をかければ完成。ホロホロに柔らかく煮込まれた豚レバーともっちりとしたナマコ、異なる互いの食感が、不思議なバランスを生む逸品だ。
『肝油海参』。一皿で2~4人前。5600円。本場四川でもなかなかお目にかかれない四川の伝統名菜。
以前から四川の伝統料理をリスペクトしてきた井桁シェフ。縁あって、成都市にある四川伝統料理の名店【松雲澤】(ソンユンゼェァ)に見事弟子入り。「ここでは、本でしか見たことのなかった料理が当たり前のように出てくる。そのことに感動した」そうで、今年の1月、3月、5月と同店で修行。身につけた四川の古き良き味を、ここ【飄香小院】で表現している。
『肝油海参』もその1つ。古さの中にも、どこかモダンな趣が漂うのは、井桁シェフの為せる技だろうか。
井桁 良樹シェフからひと言
こちらの【飄香小院】では、昔ながらの大皿でダイナミックに。麻布十番の本店では、この『肝油海参』を始め数々の四川伝統料理を少しずつ色々ムニュデギュスタシオンスタイルで楽しんで頂けます。
この記事をつくった人
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森脇慶子
「dancyu」や女性誌などで活躍するフードライター。綿密な取材と豊富な経験に基づく記事は、読者のみならずシェフたちからも絶大な信頼を得ている。日々おいしいものを探求すべく新旧問わず様々な店を訪問。選者を務める「東京最高のレストラン」(ぴあ)も好評発売中。
撮影/岡本祐介
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