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更新日:2019.11.22連載

新ジャンル”薪和食”が話題沸騰、西麻布【鈴田式】で喰らう火の料理

最近ひそかにブームの"薪焼き"。和食でその"薪焼き"の技術を使って素材のうまさを引き出そうと試みたのが、【鈴田式】オーナー・末富信さん。うまい肉を食べさせる【肉匠堀越】のオーナーと知られる末富さんだが、実は、ご実家は惜しまれつつクローズした人気和食店【魚や 富ちゃん】。和食の素材の扱い方、見極め方は幼いころから鍛えている。全国からあつめた四季折々の食材を薪を駆使しおいしさを引き出す、新感覚の"薪焼き和食"を取材した。

鈴田式

遠火で近火で。薪の火を自在に操り、おいしさのピークを引き出す

 今年の5月1日、令和の幕開けと共に産声を上げた【鈴田式】。これまでに例の無い“薪和食”をテーマに掲げたニューフェイスだ。場所は麻布十番。とはいっても、賑やかな商店街とは一歩離れた住宅街。人通りもまばらな小路の奥、まるで隠れ家のようなそのシチュエーションに、自ずと期待は高まってくる。

    カウンター6席のみのこじんまりとした店内。カウンターには、スマホの充電器が設置されている

    カウンター6席のみのこじんまりとした店内。カウンターには、スマホの充電器が設置されている

 飛騨の古民家から移築したという年代ものの扉を開ければ、店内はわずか6席のカウンターのみ。このこじんまりとした空間でひときわ存在感を放っているのが、カウンターの向こうに設えた威風堂々たる薪窯だ。静謐な雰囲気の中、薪の爆ぜる音や木の香り、そして時折りメラメラと立ち上る炎を身近に見ていると、今、自分が都会の真ん中にいることを、ふっと忘れそうになる。

    岩手県産の厚みのあるふくよかという椎茸を使用。じっくりとジューシーに焼き上げていく

    岩手県産の厚みのあるふくよかという椎茸を使用。じっくりとジューシーに焼き上げていく

 「薪の薫香を生かした料理を、ここでは提案していきたいと考えています」物静かな口調でそう語るのは、田代秀人料理長。その思いは、コースのアミューズ的役割とも言える金針菜や椎茸の薪焼きの香ばしさからも十分伝わってくる。特に椎茸は、干し貝柱と干し椎茸の出汁を吹き付けつけながら焼くことで、椎茸自身の旨味が倍増。うっすらと塗りつける太白胡麻油のコクも相まって、実に味わい豊か。どこか肉を思わせる満足感にのっけからため息が漏れる。

    『椎茸の薪焼き』。コースの定番的な一品。きのことは思えぬ厚みのある味わい

    『椎茸の薪焼き』。コースの定番的な一品。きのことは思えぬ厚みのある味わい

オーナーこだわりの、うまい肉をがっつり薪焼きしたヒレ肉丼で食欲増進

 だが、まだまだ序の口。本番の肉はその後にやってくる。白味噌の小椀でちょっとひと息ついたのち、コースのハイライトの一つ“ヒレ肉の飯蒸し”の登場である。肉は、但馬の太田ビーフ。そのシャトーブリアンをじっくりと遠火の強火で焼き上げていくのだが、ここであることに気がついた。

これまで見てきた多くの薪焼きの店は、いずれも熾火で焼いているのだが、ここでは、薪の炎に直にかざして焼いているのだ。先ほどの金針菜と椎茸も然り。

    太田ビーフは神戸太田牧場のブランド牛。独自の配合飼料でストレスなく育てているため、肉質も上々。優しい旨味がある

    太田ビーフは神戸太田牧場のブランド牛。独自の配合飼料でストレスなく育てているため、肉質も上々。優しい旨味がある

田代料理長曰く「その方が薪の香りがダイレクトに感じられるから」だとか。なるほど、自家製の土佐醤油を塗りつつ約20分余りかけて焼き上げたヒレ肉は、薪で燻された芳ばしさを纏いつつ、外はカリッ、中はしっとりの絶妙な焼き加減。あっさりした中にも、黒毛和牛ならではの深い味わいがじんわりと味蕾に広がっていく。

「薪は生木なので、炭と違い水分を含んでいるんです。だから、長い時間火にかざしても乾かない。保湿力もありますね」とは田代料理長。

    同店のシグネチャーメニューでもある『シャトーブリアンの飯蒸し』。特製の土佐醤油と薪の薫香との相性も良い。一切れなんと70~80gのボリュームも嬉しい

    同店のシグネチャーメニューでもある『シャトーブリアンの飯蒸し』。特製の土佐醤油と薪の薫香との相性も良い。一切れなんと70~80gのボリュームも嬉しい

続く“生ししゃもの薪焼き”にも、この薪特有の保湿力は如何なく発揮されていた。かなり時間をかけ、しっかりと火を通していたにも関わらず、綺麗に頭と骨を取り除き、カウンターに置かれたししゃもはホックホク。パサつきなど微塵もない。その想定外の焼き上がりの美味しさに思わず目を見張った。いわゆる酒のつまみではなく、立派な焼き魚の一皿として完結しているのだ。

    干物のししゃもとはひと味もふた味も違う『ししゃもの薪焼き』。一口口にした時のほっくり感、舌に広がるしっとりした旨味が後を引く

    干物のししゃもとはひと味もふた味も違う『ししゃもの薪焼き』。一口口にした時のほっくり感、舌に広がるしっとりした旨味が後を引く

 「これからの季節は、松葉蟹や河豚も美味しくなってくるでしょう。そんな冬の味覚と薪火の相性を考えながら、どうアプローチしていくか、今は試作中なんです」そう言いつつ、殻ごと薪火で焼いた蟹の脚を皿に盛りつける田代料理長。今回は、強火で一気に焼いてみたそうで、中はほんのりとレア。

    『越前カニの薪焼き』。今回は福井産だが、その時々で産地は変えていく予定だとか。一番太い脚の部分を炎で一気に焼いている

    『越前カニの薪焼き』。今回は福井産だが、その時々で産地は変えていく予定だとか。一番太い脚の部分を炎で一気に焼いている

(蟹の)殻の焼けるかんばしい風味の中、口中に滴る蟹身の甘みが優しく舌に残る。この甘みを薪火でどこまで引き出し、ジューシーさを残すかがポイントなのだろう。同じ蟹でも季節によって旨味の濃さや水分の加減は変わっていくもの。それをどう見極め、どう火を入れていくかー。プリミティブな調理法だけに、料理人の経験と勘が問われるところだろう。

    末富さんに見込まれ、同店を任された期待の若手。田代秀人料理長。銀座の【左京ひがしやま】、【喰膳阿部】等で修業を積んだ経歴を持つ

    末富さんに見込まれ、同店を任された期待の若手。田代秀人料理長。銀座の【左京ひがしやま】、【喰膳阿部】等で修業を積んだ経歴を持つ

 旬の素材をとりいれた25000円のコースでは、薪焼き料理の合間にいくらの和え麺や野菜の炊き合わせなど敢えて薪を使わぬ料理が要所要所で登場。ほどよく舌をリセットしてくれるペース配分も心憎いばかり。締めの炊き込みご飯をいただく頃にはお腹も心も満たされているに違いない。(ちなみに料理内容は、日々少しづつ変わる。)

この記事を作った人

撮影/佐藤顕子 取材・文/森脇慶子

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