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更新日:2020.02.21連載

鳥取【かに吉】|1000分の1の松葉蟹 ~ヒトサラ編集長の編集後記 第27回

松葉蟹の季節を迎えた鳥取の【かに吉】の客はわれわれのグループ6人だけ。予約1年待ちと言われる名店での贅沢な宴に、今宵はお招きいただきました。

松葉ガニ

なんて美しい蟹なんだろう

 まだ花の咲かない蕾のままの白く美しい蟹の刺身に、醤油を少し垂らしてほおばると口の中ではらりと身がほどけ、一気に口の中に日本海が広がる――。

 誇張ではなく、それほど新鮮で海を感じる蟹をいただいたんだと思います。

    かに吉の大将、山田達也さん

    本日浜坂湊で上がったベストの松葉蟹を前に。【かに吉】の大将、山田達也さんは、ゲストに自分の舞台を見てもらう気持ちでのぞんでいると言う

「醤油をもう少し垂らして残りをしゃぶってみてください」。言われるままにそうすると、今度は新鮮な卵かけご飯の風味に変わりました。「一匹の蟹でもいろんな表情をみせる。それを今日は感じていただければ」。大将はそう言って嬉しそうに笑いました。
 
 松葉蟹の季節を迎えた鳥取の【かに吉】の客はわれわれのグループ6人だけ。予約1年待ちと言われる名店での贅沢な宴に、今宵はお招きいただきました。

  • かに吉の外観

    鳥取駅前の商店街の2階が【かに吉】

  • かに吉の店内

    広い店内の真ん中のテーブルで

【かに吉】は鳥取駅前の商店街にあります。まったく気取らない外観からは、ここが松葉蟹料理の最高峰とは想像しにくいかもしれません。店内は30名が収容できるというほどに広く、われわれはその真ん中で大将の話を聞きながら絶品の松葉蟹をいただくというわけです。

ピュアな蟹味噌、そして焼き蟹

 最初に蟹味噌が少し出てきました。温めた酒で溶いたものを冷やしてあるのですが、非常にクリアな味。冬の乾いた喉に流し込む一杯のビールによく合います。口を整えたころに前段の刺身の登場です。ここで一気に冬の日本海に引き込まれていくのです。

    蟹味噌

    クリアな味の蟹味噌

 そして焼き蟹。脚とおなかの部分ですが、水分を飛ばし身の内部に綺麗なレアな部分が残るようにぎりぎりの火入れがされています。これは豪快にしゃぶりつくのがいいでしょう。テーブルの声が静かになります。みんな蟹に集中し、身を出してはちゅうちゅう音を立てて吸っています。

    蟹料理

    醤油をスポイトで垂らすと卵かけご飯の味わいに

「うちの蟹はまずこれでやってほしい」と出された日本酒は中島屋の本醸造。蟹の香りを残したまますっと喉を降りていくようです。

「脚は一本残しておいてください」。大将が言います。「冷めてくると食感が変わるんです」。確かに、甘みのある繊維質が際立ってくる感じです。

  • 蟹味噌シャーベット

    蟹味噌シャーベット

  • 蟹ツメのフライ

    蟹ツメのフライ

 箸休め的にどうぞ、と蟹味噌シャーベットが。「なかなかうまくつくれなかったんですが、ようやく落ち着いたものが出せるようになりました」と大将。少しほてった口内にやさしく、ハードリカーに合いそうです。

 そしてかわいい蟹ツメのフライが出てきました。繊細な野菜サラダが添えられ、洋食店の趣も。フライにすると繊維がはらはらと口の中でほぐれます。それを中島屋の本醸造で流し込みます。なんだかほっとしてきました。

一番船から上がったベスト・オブ・ベストを

「では、本日、浜で一番の最高のもの出します」。そう言って大将が持ってきたのは、美しく茹でられた蟹。身がつまって汁がしたたり落ちています。蟹味噌は色も香りも素晴らしく、おおお、と全員が声を上げます。

    蟹料理

    この日、浜で上がったばかりの浜坂港の松葉蟹

 脚の分厚い身を大将がほじくってくれ、それに濃厚な蟹味噌がかけられます。お酒は鳥取の弁天娘が出されます。フルーティな味わいがします。

「さあ、唇が汚れるくらいにしっかりしゃぶりついて食べてくださいよ」と大将。風味豊かな蟹味噌の濃厚ななかにみせる上質な軽やかさ。きれいな海の味です。それが蟹の白皙の身に絡み合い、なんともセクシーな醍醐味。

 一段落ついたころに大将は身と味噌を混ぜ始めました。われわれの会話は止まりました。これは禁断の味です。
 蟹酒も飲みますか、の誘いは断れません。

  • 蟹料理

    味噌の旨さは絶品だ

  • 蟹料理

    蟹味噌をからめていただく日本海の至宝

 毎朝、浜坂港で上がる一番の蟹をその日のうちに料理して出すという大将。今日のは一番船6隻から上がったものを競り落としたということです。タグを見せてもらうと、それぞれに港と船の名前が入っています。これがブランドの証明です。どこの港のどの船でどういう状態で、というのは、さながらワインの格付けのようでもあります。

「1000枚上がって、うちで使えるレベルのものは10枚、そこから厳選するから……」。蟹の値段が高価になるのも分かります。最近の蟹不足もそれに拍車をかけているのでしょう。本日用意されたのは水深300メートルあたりの6匹でした。

  • 甲羅酒

    雑味のない甲羅酒

  • 蟹トースト

    珍しい蟹トースト

 トーストが出てきました。蟹の身と味噌がはさまっていて、これもちょっと箸休め的にということですが、なかなかおもしろい。

鍋の雑炊は「魂炊」

「最後に鍋を楽しんでいただきます」。合わせるお酒は中島屋の純米吟醸。少し冷たいほうが鍋に合うと大将。この鍋では皿を9皿変えてお出ししますから、と言ったところに、またもや美しい松葉蟹の姿が。

「綺麗でしょう。これくらい綺麗なものはやはり美味しいです。私は相撲取りに似ているとよく思うんですが、お相撲さんも強い人ほど体が綺麗ですよね。さ、いきますよ」。

    山田達也シェフ

 野菜を入れ、蟹の脚と爪をさっと茹でてくれます。その蕾のようなレア感がなんともまた美味しい。脚をいただき、爪をいただき、地元の白菜、肉厚なしいたけ、甘さを湛えた太ネギ……。

「ありがたいですよ。こうやって私の舞台を見に来てくださってるようなものじゃないですか」と、皿を次々変えながら大将の鍋奉行は続きます。

    蟹鍋

    野菜を入れた9皿は蟹鍋の醍醐味

 春菊を敷いた上にお腹の身をほぐして約70度の出汁をかけたお皿でいったんはシメ。最後のご飯はもちろんこの鍋でつくる雑炊なのでしょうが、ここで大将はまたひとつ技をみせてくれました。 

 鍋にご飯と卵を入れ、掬うときに、ご飯、卵、出汁がそれぞれ3層になるように丁寧に盛り付けを行います。さながらミルフィーユといったところです。

「こうすると冷めなくて味のバリエーションが楽しめるんですよ。かきまぜないで食べてください」。ゆっくり一口ずつ丁寧に贅沢な雑炊をいただきました。わーっと蟹のエキスが体を満たしていくようです。

 もうひとついきましょうか、と、今度は少し水分をとばしリゾット風に料理。そこに蟹味噌があしらわれ、お腹はいっぱいになりました。いやあご馳走様でした。

    魂炊(たますい)、雑炊

    魂炊(たますい)と名付けられた雑炊。大将の思いのこもったシメの一皿

 松葉蟹のみでこれだけのバリエーションを堪能させていただけるとは。一匹の蟹のもつ可能性に改めて驚きました。
 
 大将は言います。「みんな蟹を商品として扱いますが、私はそう見ないんです。私は職人です。どんだけいいものを美味しく食べて喜んでいただけるか、それを追求するのが面白い。商品は金儲けのため、私は金儲けじゃなく、人儲けが好きなんです」。

 蟹の季節が過ぎるとしばらく充電。夏はまた日本海の豊富な海の幸で人儲けします、と嬉しそうに語る大将に、こちらの身も心もあったかくなりました。

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この記事を作った人

小西克博/ヒトサラ編集長

北極から南極まで世界を旅してきた編集者、紀行作家。

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